【コラム】

ストリートインタビュー

171 初代日本語ワープロを開発、今もワープロを使う大学院教授(4)

山田久美  [2005/03/07]
ID:98
氏名:森健一
年齢:66歳
職業:東芝テック相談役 兼 東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(MOT)教授 兼 科学技術振興機構研究主監
場所:飯田橋
携帯電話:NTTドコモ「N504i」
1カ月の携帯電話使用料金:数千円

「初代日本語ワープロ『JW-10』の製品化に成功した後、研究開発に関わった私以外のメンバーは青梅工場から研究所に戻りました。元々、私以外は"機械翻訳"の研究をやりたい人たちだったので、翻訳機の研究開発に復帰していったわけです。一方、私は青梅工場から事業部へ行き、製品企画課長になりました。そして、1978年から1980年までの2年、製品企画を行いました。その中で、JW-10の次のモデルについての話し合いが行われました。企画はA、B、Cの3つありましたが、開発チームが1チームしかなかったので、優先順位を決めなければいけませんでした。JW-10の価格が当時630万円だったのに対し、Aがポータブルワープロで想定価格15万円、Bが普及型のデスクトップモデルで想定価格100万円、CがBの高級型で想定価格200万円でした。Aは一般向け、BとCは企業向けでした。そして、営業部隊が選んだのがBでした。Bを2年で完成させ、製品化しました。

その頃、液晶モニタができそうだというニュースが伝わってきて、私はウズウズして居ても立ってもいられなくなりました。"次は是非、Aのポータブルワープロをやりたい!"と。営業部隊も賛同してくれました。そこで、青梅工場のチームと研究所のチームが一緒になり、研究・開発を開始しました。同時に、半導体チームには、仮名漢字変換のチップ、メモリーのチップ、伝送のチップの3つのチップの開発を依頼しました。そして、やっと軌道に乗るぞ! と思っていたら、東芝総合研究所の中にある情報システム研究所の所長になれということで、呼び戻されてしまいました。そして、その3カ月後、元のOA事業部の技術長が私のところにやってきて、"青梅工場のチームのメンバーを全員、Cという高級型の開発に動かしたい。ポータブルワープロからは手を引きたい"と言ってきたのです。

理由を聞くと、"ポータブルワープロの価格は10万~15万円。片や、高級型は200万円。ポータブルを10台売るのと高級型を1台売るのとで利益が同等なのであれば、営業部隊の努力を考えた場合、高級型を1台売る方が効率が良い"と言うわけです。それを聞いて、"僕がいなくなったら、すぐにそういうことを言い始めるのですか"と言って、私は怒りました。そして、"現在進めているポータブルワープロの試作と、依頼している半導体の試作に関する費用は全て情報システム研究所で持つ。その代わり研究成果はOA事業部には渡しませんよ、いいですね"と言いました。結局、その5カ月後に事業を全て引き取ることになり、我々だけでポータブルワープロの研究開発を行うことになったのです。

液晶モニタの試作品を使って作ったのが東芝RUPOの前身「TOSWORD」

そして、本来、計算機の部署に持って行くべき企画を、家電事業部に持って行ったところ、家電事業部が乗ってきたんですよ! そして、製品化したのが、最初の方でご紹介した1985年7月発売のポータブルワープロ1号機『東芝RUPO』なんです。それが、結果的には、爆発的に売れちゃったんですよ(笑)。

B、Cといったデスクトップモデルは企業向けに売っていたわけですが、一般向けのポータブルワープロの場合、売り方が全然違うんです。当時、家庭や事務所のほか学校などへの販売も考えていました。そのため、私は当初15万円と言っていた主張を変えて、"10万円にしよう"と言いました。"家庭向けに販売するには10万円以下でないと売れない"と考え、10万円を切る価格で市場投入することにしたのです。それが受けたんですね。実際、東芝RUPOの1号機には9万9,800円という値段をつけたのですが、世の中の反響はすごかったです。3つのLSIの生産が間に合わず、注文に応じ切れませんでした。中にはわざわざ青梅工場まで10万円を握り締めて買いに来る人まで現れて、"工場に来てもらってもねぇ"という感じでした(笑)。

また、売り方も色々と工夫しました。この"ワープロ"という一般の方々には見慣れない商品をどうやって売っていくかということで、ブレーンストーミングを徹夜でやっていた時のことです。総務部長が夜中の3時ごろに、突然、"ピアノメーカーの音楽教室方式でいこう!"と言い出したんですよ。どういうことかと言いますと、ピアノメーカーの最終目的はピアノを売ることです。そこで、まずピアノ教室を開き、お子さんにピアノを習いに来てもらうようにするわけです。また、発表会を開催して、"お子さんは、ピアノが大変お上手になられましたね。でも、これ以上上達されるためにはご家庭にピアノがあった方がよろしいのではないでしょうか"と言うわけです。それを聞いた親は、"うちの子はそんなに上手になりましたか!"と喜んで、10万円もするピアノを平気で買っちゃうというわけです。

これと同様のやり方でワープロを売ろうと思った場合、では、一体誰を対象にスクールを開けば良いかという議論になりました。ワープロを使って、一番その便利さがわかる人は誰かと考えたところ、"秘書"だという結論に達しました。それなら、ワープロスクールを作って、秘書の方に無料で習いに来てもらおうということになったのです。つまり、実際に秘書の方にスクールでワープロを使ってみてもらって、"こんなに便利なものがあるんだ!"ということを実感していただき、会社に帰って、"是非、うちの会社にもワープロを導入にしませんか"と言わせてはどうかというわけです。そこで、ワープロスクールを作ったんですよ。東芝が運営するスクールは全て無料としましたが、それ以外にも、民間のタイピストスクールというのがありましたので、そこの理事長を説得して、そこにもワープロスクールを作ってもらうようにしました。それもワープロが普及した要因のひとつですね。

また、その時、インストラクターを務めていただいた女性の方たちに、教える側の立場から、ワープロのマニュアルを見直してもらったんです。当時、マニュアルはぶ厚く、ユーザーではなく技術者の立場で書いたものだったので、非常に読みづらく、わかりづらいものだったんです。

インストラクターの方たちは、"まず、基本機能を覚えてもらうことが先決"と言い、"この機能の説明は後の方でいい"などと言いながら、マニュアルをどんどん書き直していってくれたんです。結果、わかりやすいシンプルなマニュアルが完成しました。そのマニュアルは、社内で、マニュアル大賞を獲得しましたよ。実際、裾野を広げていくためには、マニュアルのシンプル化は不可欠でした。いっそのこと、マニュアルをなくせないかとも提案したのですが、それは残念ながらできませんでした。その代わり、裏表1枚までマニュアルをシンプル化することに成功しました。その女性の方たちは、現在、色々な企業のマニュアルを書き直す仕事を請け負う会社を設立し、マニュアル作成のプロとして、バリバリ活躍しています」

(インタビュアー=山田久美)

*次回に続きます。

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