今年もそろそろ年賀状やグリーティングカードの季節。それにあやかって、というわけではありませんが、印刷の歴史に触れるつもりで「印刷博物館」へ。印刷の世界に改めて感心したのはもちろん、活版印刷の体験コースにも参加しました。活版印刷って、結構、魅力……、いや魔力があるんです。

凸版印刷1階の入口。印刷博物館は右手のエスカレーターを降りた地下にある。1階はギャラリーとショップ

活字を拾うって、たいへんだ

「MERRY CHRISTMAS」。たった14個の活字を拾うのも、なかなかたいへんな作業。活字の大きさは24ポイントという割と大きめのものなのに、それでもちょっとてこずってしまう。これが文章や本などとなると……、気が遠くなります。だけど実際に数十年前までは、こうして活字を拾う活版印刷が当たり前だったのです。

飯田橋駅から徒歩10分ほどのトッパン小石川ビルにある「印刷博物館」。その本展示室奥に「印刷の家」があり、ここで木曜日から日曜日の午後3時に、活版印刷体験コースが実施されています(詳細はHP参照)。インストラクターの指導のもと、カードや栞などを実際に制作しますが、その内容は季節によりさまざま。現在はグリーティングカードを作ることができます(12月28日まで)。

さて、活字を拾った後は「版」を作るわけですが、センターをそろえるのも、当然、手作業。今、どれだけラクな時代になったのか、ツーレツに実感できます。「パソコン入力で文句言っちゃいけないな」と反省(この原稿書いてるときだけかもしれないけど)。

最後に、好きなカードを選んで印刷機で印刷。手にぎゅっと力を込めて離すと、きれいな文字が印刷されています。ま、当たり前なのですが、ちょっと感動的。やっぱり自分の手で作るというのは、いいものです。活字拾いも、たいへんですが、「文字」の手触りがとても新鮮。なんだか「文字」の力を感じられた気がしました。

実際、活版印刷の魅力に取りつかれる人は少なくないとのこと。年間の活版印刷講座も設けられていますが、定員をはるかに上回る応募があるそうです。

アルファベットの活字。さかさまになって並んでいる。拾っていくのは思ったようにすんなりとはいかない

拾った活字を並べて「版」を作る、植字という作業。これを枠に固定し平らにする組みつけは、インストラクターの方にやってもらう

印刷機にセットしいよいよ印刷。上の丸い部分のインクがローラーにつく仕組みとなっている

出来上がったカード。今年はお手製のオリジナルカードを作ってみては?

19世紀前半、英国製のコロンビア印刷機。まるで芸術品のような品格が感じられる

かつての印刷所はこのような雰囲気。ずらりと並んだ活字を見ているだけでも、昔の職人さんたちのたいへんさとすごさがよくわかる

重要文化財や『解体新書』の本物も

「印刷博物館」は、凸版印刷株式会社が創立100年を迎えた2000年にオープンしました。その展示スペースは広々としていて、展示物も数多く、じっくりと見学するつもりなら半日はほしいところです。

プロローグ展示ゾーンは、印刷文化の歴史が一望できるスペース。レプリカではありますが、「ラスコーの洞窟壁画」にはじまり、「ハンムラビ法典碑」「ロゼッタストーン」など印刷前の時代、印刷黎明期の「百万塔陀羅尼」や「鯰絵」、そして、グーテンベルクによる活字が登場してからの時代と、人類と活字文化の流れが大壁面に展示されていて、かなりの迫力です。そして、現代のデジタル時代の印刷まで一度に俯瞰することができます。

総合展は「印刷との出会い」をはじめとした5つのブロックに分かれていて、多数の展示物を見ることができます。展示資料については、解説モニターで詳しく知ることができるのがこの博物館の大きな特徴。うれいしいことに、ちゃんとイスも置かれています。

印刷とは何か、印刷の果たしてきた役割は何か、その技術の変遷や表現の多様化など、あらゆる点から印刷について知ることができるようになっている展示は、当たり前のように触れている印刷物などの存在を、改めて考えさせてくれるはずですし、たくさんの発見があるはずです。

そのひとつひとつが興味深いのは言うまでもありませんが、ここにはコピーではないオリジナルが多数展示されていて驚きます。有名なところでは『解体新書』。教科書には出ていましたが、本物を見たことがある人は少ないでしょう。これを目当てに来館する人もいるそうです。翻訳がたいへんだったエピソードは有名ですが、実物を見ると、挿絵の人物の顔が日本人風に変えられていて、いろいろと配慮していたのだなと感心しつつ、思わず笑みがもれてしまいました。

徳川家康が朝鮮半島からの技術を用いて作らせたとされる「駿河版銅活字」は、国の重要文化財。1616(元和2)年にこの活字で作られた『群書治要』は、47巻からなる書物で、内容は帝王学のようなもの。こんな貴重なものにもここでは出合えるのです。

プロローグ展示ゾーンは、なかなか壮観。ひとつひとつゆっくりと眺めたい

広々とした総合展示スペースは、それぞれの展示がとても見やすい。さわったりしながら学べる展示もある

右側が『解体新書』。左はヨーロッパで発行されたもの。挿絵などを見比べるとおもしろい

フランスなどで作られた巨大なポスターも展示されている。錦絵などの制作過程も見ることができる

「グラフィックトライアル」にも注目!!

「印刷博物館」にはギャラリーもあり、こちらの入場は無料です。2011年1月23日までは、「世界のブックデザイン2009-10」が開催されていて、ドイツのライプツィヒ・ブックフェアで公開された「世界で最も美しい本」コンクールの入選図書など、世界7カ国の優れたデザインの本およそ240冊が展示されています。

来年5月からは、「トップクリエーターと凸版印刷がグラフィック表現の可能性を追求する印刷実験企画」である「グラフィックトライアル2011」展が開かれる予定。これは2006年から始まったもので、その内容はこちらのサイトで見ることができます。

現在すでに制作期間に入っている「グラフィックトライアル2011」。参加デザイナーは祖父江慎、佐藤可士和、名久井直子、山本剛久(凸版印刷)の4名。アートディレクター、ブックデザイナーとして活躍する、まさにトップランナーばかりです。これらのクリエーターの創作の様子は上記サイトのほか、スタッフブログTwitterでもレポートしています。来年の展覧会をより楽しむためにも、こちらを要チェックです。

ギャラリーもゆったりとしたスペース。印刷関連の図書スペースも併設されている

売店では0.95mm角のマイクロブックも販売されている(2万6250円)。ケースの左下の白い円の中に本があり、ルーペでのぞく

■印刷博物館

*住所:東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル

*開館時間:10~18時(入場は17時30分まで)

*休館日:月曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始、展示替え期間

*入場料:300円、学生200円、中高生100円、小学生以下無料