三菱重工業は2015年8月28日、同社飛島工場(愛知県海部郡飛島村)において、H-IIAロケット29号機のコア機体を公開した。ロケットはこの後、種子島宇宙センターで他の部品などと結合され、カナダのテレサット社の通信衛星「テルスター12ヴァンテージ」を載せ、11月24日に打ち上げられる予定となっている。

今回のH-IIAは、固体ロケット・ブースター(SRB-A)を4基装備する「204」型と呼ばれる構成で打ち上げられる。204型が使われたのは2006年の11号機以来のことで、実に9年ぶりとなる。

そしてもうひとつ、今回のH-IIAには「高度化」と呼ばれる改良が施されている。この高度化により、これまでH-IIAが抱えていた問題が解決され、世界のロケットとほぼ同じ地位に立つことができるようになった。

H-IIAが抱えていた問題とは何か。そしてそれを高度化でどう解決したのだろうか。

H-IIAロケット29号機のコア機体。手前が第1段機体、奥にあるのが第2段機体

第2段機体。白く塗られたタンクが特徴

三菱重工 防衛・宇宙ドメイン 宇宙事業部 H-IIA/H-IIBロケットプロジェクトマネージャ 秋山勝彦さん

三菱重工 執行役員フェロー 防衛・宇宙ドメイン 技師長 二村幸基さん

宇宙航空研究開発機構 第一宇宙技術部門基幹ロケット高度化チーム プロジェクトマネージャ 川上道生さん

H-IIAロケット

「H-IIA」ロケットは2001年にデビューし、日本の基幹ロケットとして、JAXAや政府の衛星、探査機などを打ち上げてきた。これまでに28機が打ち上げられ、そのうち27機が成功、また7号機以降は連続成功という成果を残している。

日本は先代の「H-II」で、悲願だった大型液体ロケットの国産化を実現したが、打ち上げコストが非常に高いという問題があった。そこで、性能はそのままに、設計の見直しや、部品の一部に輸入品を使うなどし、コストを約半分に抑えたH-IIAが開発された。

JAXAのウェブ・サイトでも、H-IIAは「技術水準・経済性ともに世界のトップレベル」と誇らしげに書かれている。たしかに、H-IIAに使われている技術の一部は、世界でもまだ数えるほどしか実用化されていない高度なもので、またここ最近の打ち上げでは、天候不良による延期はあったものの、ロケットや発射場の故障などによる延期はなく、システム全体として高い完成度を示している。

しかし、それでもH-IIAは、世界最高のロケットになることはできていない。衛星を運用する会社などから注文を受け、代金と引き換えに衛星を打ち上げる、つまり商売として衛星をロケットで打ち上げる「商業打ち上げ」の市場は、そのシェアのほとんどすべてを欧州のアリアンスペース社と米国のスペースX社のロケットが握っており、H-IIAの存在感は薄い。

2014年の商業打ち上げ受注数のグラフ。ほとんどを欧米の企業が占めている (C)経済産業省/内閣府

商業打ち上げの需要の多くは、通信衛星や放送衛星といった「静止衛星」と呼ばれる種類の衛星が占めている。つまり静止衛星を「安く」、そして「的確に」送り届けられるロケットこそが、商業打ち上げ市場で勝てるロケットということになるが、現在のH-IIAにはそのどちらの能力も不足しているのである。

たしかに、H-IIAはH-IIから安くなったとはいえ、世界的にはまだまだ高価だ。世界にはH-IIAとほぼ同じ打ち上げ能力で、価格は約半額という驚異的なロケットもある。運用を担う三菱重工では、打ち上げのたびに細かなコストダウン策をおこなってはいるものの、世界で売れるロケットにはまだ届いていない。三菱重工の二村さんも「世界で戦うためには価格が弱み。1円でも安くすることが目標になっている」と語る。

そしてもうひとつ、世界の他のロケットで打ち上げられる静止衛星が、H-IIAでは打ち上げられない、という問題がある。それには静止衛星が打ち上げられる「静止衛星」という軌道と、そしてH-IIAが打ち上げられる種子島宇宙センターの立地が関係している。

静止軌道と静止トランスファー軌道

静止軌道というのは、地球の赤道の上空約3万5800kmのところにある軌道で、そこに投入された衛星は地球の自転の動きと一致しているかのように動くため、地球から衛星、あるいは衛星から地球を見ると、相手が静止しているかのように見えることから、"静止"軌道と呼ばれている。

相手が静止している(ように見える)ということは、衛星から通信や放送の電波を発信するときに、また地球で受信するときに、アンテナを動かさなくても良い。自宅に衛星放送用のアンテナが設置されている方もおられるだろうが、そのアンテナが常に南の空の一方向を向けて固定されているのは、その先に常に静止衛星がいるからである。

静止軌道の概念図 (C)JAXA

この静止軌道に向けて衛星を打ち上げる場合、いくつかの複雑な手順を踏まなくてはならない。

たとえば、H-IIAで静止衛星を打ち上げる場合、まず種子島宇宙センターから飛び立ったロケットは、南東の方向に機体を向け、高度を上げつつ、速度も稼いでいく。やがてロケットは地球をまわる軌道に乗る。その後も飛行を続けると、軌道の中で最も地球から離れた地点の高度が、静止軌道の高度と同じ3万5800kmに接する。また、ほぼ同じタイミングで赤道上空に差し掛かる。そこでロケットのエンジンを切り、衛星を分離する。

このとき、軌道の中で最も地球から離れた地点の高度(遠地点)は3万5800kmだが、地球に最も近い地点(近地点)の高度は数百kmしかない、大きな楕円を描くような軌道になっている。さらに、北緯30度の種子島から南東に飛行したことで、軌道の傾き(軌道傾斜角)が赤道からずれた(傾いた)軌道になっている。つまりこの時点では、まだ静止軌道ではない。この静止軌道の一歩手前にあたる軌道のことを「静止トランスファー軌道」と呼ぶ。

このあと、静止トランスファー軌道から静止軌道に乗り移るために、近地点の高度を上げ、さらに軌道傾斜角を赤道と同じに合わせるのは、人工衛星側の仕事になる。そのため衛星には強力なエンジンが必要になるし、燃料も必要になり、衛星にとって少なくない負担になっている。

さらにH-IIAの場合、種子島の緯度の関係で、軌道傾斜角が大きな静止トランスファー軌道にしか衛星を打ち上げられず、衛星側の負担が他のロケットよりも大きくなってしまうという欠点があった。数字にすると、H-IIAで打ち上げられた衛星が静止軌道に乗り移るためには秒速約1830m分の加速が必要になるが、他のロケットだと秒速約1500mほどで済んでしまうのだ。

種子島から静止衛星を打ち上げた場合の必要な増速量 (C)JAXA/内閣府

このことはH-IIAにとって大きな足かせとなっていた。たとえば他のロケットで打ち上げることを前提にして造られた衛星は、そのままH-IIAで打ち上げることができず、足らない秒速330m分の燃料を追加で積むなどの改修が必要になる。それにはお金もかかるし、衛星の質量も増えるため、衛星にとってはさらに負担となる。

また、同じ質量の衛星でも、H-IIAではなく他のロケットで打ち上げることで燃料を少なくできるため、その分機器をたくさん積めるなどの利点が生まれることになる。衛星会社がどちらを好むかは言うまでもない。

こうした事情から、H-IIAと他のロケットとの間には大きな格差が生じていた。H-IIAを世界水準のロケットにするためには、どうにかしてこの秒速330m分の格差を埋めなくてはならなかった。

(続く)

参考

・http://www.jaxa.jp/press/2015/09/20150918_h2af29_j.html
・https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/514/514053.pdf
・http://www8.cao.go.jp/space/comittee/yusou-dai7/siryou3.pdf
・http://h2a.mhi.co.jp/service/manual/pdf/manual.pdf
・http://www.jaxa.jp/press/2012/01/20120125_sac_h2a_j.pdf