年末が近づくと「今年は誰が優勝するのか」とそわそわしてしまう、漫才コンテストの最高峰「M-1グランプリ」。通算8回目となる2008年大会決勝に向け、本連載「お笑い芸人一本釣り」の第8回に登場するのは、結成8年目のナイツ。巷で急上昇中の人気と実力、末広がりで縁起のいい「8」を連ねる運を兼ね備え、優勝候補の一角と目される彼らの生の声を前編・後編に分けてお送りする。前編の今回は、ヤホーで検索しても出てこないナイツ結成秘話とお笑い芸人を目指した原点を探ってみた。

塙宣之(左)と土屋伸之

――おふたりが出会ったきっかけは?

塙宣之(以下、塙) : 「大学の落語研究会で一緒でした。僕が1コ上の先輩で」

土屋伸之(以下、土屋) : 「僕はもともと客として落研のライブに通っていたんです。当時、公認会計士を目指して1日10時間くらい勉強していて、唯一の息抜きがそれでした。でも2年になると勉強についていけなくなって。それでやることが無くなって、落研に入部しました」

塙 : 「部員が100人近くいて、大学の落研大会で日本一になるような本格サークルでした。2000年 のNHK新人演芸大賞を取ったエレキコミックとか、面白い先輩もいっぱいいましたね」

土屋 : 「落語研究会とは名ばかりで、みんな古典落語もやらずに、コントや漫才ばかりやってましたけどね」

塙 : 「でも部員は多くても、本気でお笑い芸人になろうとする奴はあまりいなかったですね。僕も先輩と、今と同じ『ナイツ』の名前でコンビを組んでましたけど、仕事としてやるのは難しいかなと思って先輩とは解散しました」

土屋 : 「それで塙さんが僕を誘ってくれたんです。一緒に漫才やらないか、って」

――お互いどういうところに惹かれましたか?

塙 : 「土屋くんはツッコミをやったことはなかったけど、練習すれば何とかなると思ったし、それよりは面白いと思う感覚が同じ人を探してましたから。落研でやってた合同コントを見ていても、彼は器用にやってましたしね」

土屋 : 「塙さんは落研の部長で、ボケの代表的な存在でした。単独ライブとか色んなことを企画して、みんなを巻き込んでいくタイプ。今も漫才協会の理事という重大な任務に就いて、エネルギーや行動力がすごい。そんな塙さんに誘われたんだったら、自信はないけど、とにかくついて行こうと」

――新生ナイツ結成後はどんな活動を?

塙 : 「実は僕、自分で誘っておきながら、直後に交通事故に遭ったんですよ。松葉杖をつきながら事務所のオーディションには受かりましたが、骨折が完治するまで随分かかりました。なので今の『ナイツ』として本格的に活動できたのは、土屋くんに声をかけてから1年も後ですね」

土屋 : 「僕は塙さんが骨折している間、事務所に司会をやらないかと言われまして。栃木にある『ファミリー牧場』に3ヶ月間住み込みで、子供たちを相手にビンゴ大会の司会なんかをやる仕事でした」

塙 : 「それでいくらもらったんだっけ?」

土屋 : 「1日4ステージで30日間、120ステージ。せめて30万円はもらえるのかなと。そしたら、8万円でした(笑)。東京でバイトした方が稼げるって思いましたね。そのときようやく自分の立場が分かりました。ああ、芸人ってこういうもんなんだなって」

――そもそも芸人を目指したきっかけは?

塙 : 「ダウンタウンさんに憧れましたね。テレビでやるボケって普通、引っ張らないんですよ。でも松本さんは同じボケを6回くらい繰り返してた。ほんとに笑いました。こんなに面白い人がいるのかと思いましたね」

土屋 : 「僕はウッチャンナンチャンの南原さんが好きでした。何かの番組でジェットコースターに乗っていて、リアクションに死ぬほど笑った記憶があります。でも特別にお笑い芸人になりたいとか、そういう気持ちはありませんでした。塙さんに誘われてからですね、職業としてアリなのかなと思うようになったのは」

塙 : 「それでいうと僕は子供の頃からお笑い芸人になりたかったです。幼稚園の頃、ウ○コを漏らしたんですね。みんなに『ウ○コ、ウ○コ』ってイジメられました。小4のときも、しばらく忘れてたのに、過去を知ってる奴がまた『ウ○コ、ウ○コ』と言い出して。イヤだなあと思って帰って家でテレビを見ていたら、加トケン(加トちゃんケンちゃんごきげんテレビ)がウ○コをネタにしてた。『これだ!』って思いましたね(笑)」

土屋 : 「というと?」

塙 : 「自分でウ○コの歌を作って、歌ってやったんです。『オレはウ○コだ、何が悪い』って開き直って。するとそれまで根暗でイジメられていたのが逆に、超面白い奴って思われるようになったんですよ。お笑いは無敵だな、と思いましたね」

土屋 : 「確か千葉から佐賀に引っ越したときも」

塙 : 「そう。転校してもみんなの前でいきなりウ○コの歌を歌って、5年5組を制覇した(笑)。中学に入っても、元ジャイアンツのモスビーの物真似をやってクラスを制覇した。小4で逆転して以来、常に自分は面白い奴じゃないといけないという使命感があるんです」

次回の後編では、彼らの芸風の確立から今後の野望についてをお送りする。

『M-1グランプリ2008』決勝進出も決定! ブレイクのきっかけは何だったのか - ナイツ(後編)

ナイツ プロフィール

塙宣之●1978年3月27日生まれ。千葉県出身のA型。言い間違い、覚え間違いを畳み掛けるボケ担当。毎日ブログにネタをしたためる。2007年、漫才協会の最年少理事に就任。お笑い芸人の「はなわ」は実兄。
土屋伸之●1978年10月12日生まれ。東京都出身のAB型。塙の言い間違いボケを訂正していくツッコミ担当。公認会計士を目指すも、塙が部長を務める大学の落語研究会に入部。母親は元演歌歌手。ナイツ公式サイト『ナイツスタジアム