潤和会記念病院は「Lotus Notes 6.02」上で動作する電子カルテのシステム移行をきっかけに、院内のグループウェアをGoogle Appsへリプレースした。今回、病院という業界ではまだ珍しいクラウドサービスへの移行が行われたきっかけや導入後の様子などについて聞いた。

潤和会記念病院

電子カルテシステムの移行をきっかけにクラウド化

潤和リハビリテーション振興財団の中心となる潤和会記念病院では、これまでLotus Notes 6.02上で動作する電子カルテのシステムを使用していた。しかし、同院は2010年3月にこの電子カルテを別のクライアント・サーバ型システムへと移行し、Lotus Notesが残る形になったという。

潤和リハビリテーション振興財団 財団本部 経営企画部 IT推進室 主任の服部正樹氏は、「Lotus Notes上の電子カルテ機能以外では、メールやカレンダーが利用されていましたが、独自のデータベースを構築して活用している部署は限られていまし た。しかも、電子カルテは業務上必須のツールでしたが、メールやカレンダーは必ずしも必要ではなかったため、活用していない職員も多かったのです。Lotus Notesをバージョンアップして継続利用するほどのメリットがないことから、もっと手軽に使えるグループウェアを導入することになりました」と、リプレースの経緯について語る。

Google Apps以外の候補としては、オンプレミスの病院向けグループウェア「CoMedix」やMicrosoftの「SharePoint/Exchange」が挙がった。しかし、病院建物が川沿いに立地しているため、以前より台風による水害の危機にさらされており、サー バルームに浸水する一歩手前で機器を退避させた経験もあるため、新規に導入するシステムはできるだけ院内に設備を置かない形態が望ましかったという。一方、Microsoft製品はラ イセンス体系が複雑で、サーバも含めてどの製品をどれだけ導入すれば良いか判断できなかったこともマ イナス要因になったという。

その点、Google Appsは1ユーザー当たり年間6,000円で済む。サーバの保守や運用管理など、算出しにくいコストが含まれるオンプレミス環境のCoMedixと比べて料金体系が明瞭で、なおかつ低価格というメリットもある。また、互いに連携するさまざまなサービスが1つのアカウントで利用できる、ユーザー数の増減が容易に行える、そしてデータをGoogleが管理する高セキュリティのサーバへ預けられることなどもポイントとなっている。

服部氏は「以前から、『重要なデータは、院内の職員が情報システムを管理するよりも、外部に置いて専門のスキルを持った業者が管理するほうが安全』『バックアップを院外に置いて万が一の事態に備える』という意見がありましたが、なかなか実行するまでに至りませんでした。しかし今回、社内システムをLotus Notesからリプレースするにあたり、クラウドサービスを使った新たな環境を実現できたのです」と語る。

こうした背景より、潤和会記念病院は電子カルテシステムの移行から約半年後、2010年10月にGoogle Appsを導入した。

医療業界でも徐々に注目が集まるクラウドサービス

病院でクラウドサービスを利用するのは珍しい例だが、服部氏は次のように語る。

「昔から、『院内ネットワークはインターネットとは物理的に分断すべき』と言われてきた業界なので、クラウドサービスの利用はまだ少ない状況です。しかしながら近年では、病院間や病院と診療所間での患者情報の連携が重要視されていたり、情報収集や患者サービス向上の一環としてなど、病院でもインターネットの活用が期待されています。ただし、電子カルテ自体をクラウド化するにはまだまだセキュリティ面での敷居が高く、容易ではありません。そうしたなか、当院ではあくまでも電子カルテとは直接関係のないグループウェアシステムであれば、外部へ委託しても問題ないという結論に達したのです」

3月11日に発生した東日本大震災以来、医療業界でもクラウドが注目を集めているそうだ。実際、院外に保存してあったバックアップのおかげでデータが助かったケースもあるという。

「ガイドライン上で厳しい条件が課せられている患者情報は別として、グループウェアは専門家に管理してもらうほうが安全ですし、コスト面でも大きなメリットがあります。また、当院のシステム管理は私を含めて3人と比較的恵まれていますが、なかには専任のシステム管理者を置けない病院も多いです。当然、院内にサーバを抱えていれば保守やアップグレードも必要ですから、クラウドサービスの利用はそうした負荷軽減の役割も担ってくれます」と、服部氏は病院におけるクラウド利用のメリットを語ってくれた。

メールやポータルサイトで実現した円滑な情報共有

移行後の反応について、服部氏は「最初はGmailのスレッド表示など、使い勝手の面で戸惑う様子も見られました。しかしそれもすぐに慣れ、今では使いやすくなったと好評です。実際、Lotus Notesの時と比べてメールを活用する人が増え、情報連絡が容易になりましたね。また、ドクターを含めてもともと個人でGmailを使用していた人も多く、移行の面で特に問題となる部分はありませんでした」と語る。

メールやカレンダー以外での主な利用方法は、Googleサイトで構築した院内のポータルサイトだ。ポータルサイト内には、お知らせや緊急連絡用の掲示板を設置。医療安全管理関係や看護師同士の情報連絡などが頻繁に行われているという。さらに、職員向けに標準的な治療手順などをまとめたドキュメント「診療ガイドライン」、病院機能評価用として各評価項目に対する資料の掲載ページもアップしているそうだ。

また、PC起動後にポータルサイトのトップ画面を表示させたり、IDやパスワードを入力せず自動ログインできるカード認証を導入したりといった、利便性を向上する工夫もアクセス数の上昇に大きく貢献している。

そのほか、服部氏は情報システム管理者の観点から「Google Appsを導入してから、実際にサーバの面倒を見たり、トラブル時の診断・解決を行ったりすることに時間を取られなくなりました。そのおかげで、Google Appsを使ったコミュニケーション手段の円滑化や業務改善など、情報システム担当者としての本来の取り組みができるようになっています」と語ってくれた。

潤和会記念病院は現在、約750のGoogle Appsアカウントを利用している。「最初は予備を含めて750アカウントでしたが、院内アンケートで今まで不要と回答していた介護職員などからも『そんなに便利ならぜひ使ってみたい』という声が上がるようになり、あっという間に飽和状態となりました。このようにシステムを有効活用してもらえるのは、管理者として嬉しい限りです。そこで今年の10月から、予備も含めてアカウント数を800近くまで増やす予定もあります」と語る服部氏。

一般に、病院はコミュニケーションに関するIT化が遅れている業界といえる。こうしたなか、クラウドサービスという新たな可能性に取り組んだ潤和会記念病院の事例は、今後の医療業界を変える第一歩と言えるだろう。