宇宙へ向けて打ち上げられたロケットが、垂直に降りてきて、着陸する-そんなSFのような光景が、2015年1月10日の大西洋上で繰り広げられた。この日、米フロリダ州から打ち上げられた「ファルコン9」ロケットの第1段機体が、高度約80kmの上空からロケットエンジンや安定翼を使って機体を制御しつつ下降し、大西洋に浮かべられたプラットフォームの上に着地しようとしたのである。

残念ながら、着地そのものはうまくいかず、プラットフォームの上でロケットは破壊されてしまったが、プラットフォームに辿り着くことまではでき、ロケットの再使用化と、それによるロケットの打ち上げコストの削減という夢物語の実現に向けた、大きな一歩となった。

ドラゴン補給船を載せて離昇したファルコン9ロケット。この後第1段機体の回収試験に挑んだ (C)NASA

ファルコン9の第1段機体が降り立つ海上プラットフォーム(はしけ) (C)SpaceX

ファルコン9ロケット

ファルコン9を開発したのは、米国カリフォーニア州に本拠地を置くスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ社(略してスペースX社)という会社だ。設立は2002年とまだ若いが、すでに大手のロケット会社から脅威と認識されるほどの実力を持つ会社にまで成長している。創業者はイーロン・マスク氏という人物で、スタイリッシュな電気自動車で有名なテスラ・モーターズや、次世代交通システムと謳われているハイパーループなど、スペースX社以外にもいくつかの革新的な事業を起こしている。

マスク氏はインターネット決済サービスでおなじみのPayPal(正確にはその前身のX.com)の創業者でもあり、そのPayPalを売却して得た資金を基に立ち上げられたのがスペースX社だ。マスク氏はもともと宇宙が好きで、ファルコンというロケットの名前も、映画『スター・ウォーズ』に登場するミレニアム・ファルコン号にちなんだものだという。

同社はまず、「ファルコン1」という小型のロケットを開発し、打ち上げ試験を繰り返した。2006年3月から2008年8月にかけて行われた最初の3回は失敗に終わったが、2008年9月28日の4号機の打ち上げで成功を収め、続く2009年7月14日の5号機も成功している。

時ほぼ同じくして、同社は、米航空宇宙局(NASA)が立ち上げた国際宇宙ステーションへの補給物資や宇宙飛行士の輸送を民間企業に担わせる計画に名乗りを上げ、新たに大型ロケットの「ファルコン9」を開発すると表明した。ファルコン9はファルコン1がそのまま大きくなったような姿をしており、ロケットエンジンもファルコン1の第1段に使われていたものを9基装着するという手堅いものだった。

2010年7月4日に行われたファルコン9の1号機、また同社にとってわずか6機目に過ぎないロケットの打ち上げは、だが見事に成功した。その後5号機まで連続で成功し、6号機からは改良型のファルコン9に切り替えられた。名前は同じだが、姿かたちが変わり、打ち上げ能力も大きく増えており、ほとんど別物のロケットと言ってよい機体になっている。先代のファルコン9はv1.0、この改良型をv1.1とも呼ぶ。

ファルコン9 v1.0 (C)SpaceX

ファルコン9 v1.1。v1.0と比べると、全長が伸び、華奢な姿となっている (C)SpaceX

ファルコン9はv1.0とv1.1を合わせ、1号機から今日に至るまで14機が打ち上げられている。そのうちv1.0で一度、メインの積み荷であったドラゴン補給船の軌道投入には成功したものの、副ペイロードとして搭載していた通信衛星の投入に失敗する事故を起こしているが、それ以外は完璧な成功を続けてる。また国際宇宙ステーションへ向けた補給船の打ち上げのみならず、米国内外の商業衛星の打ち上げも担っており、現在も多くの注文を抱えている状況だ。

ファルコン9の最大の魅力は、その価格の安さにある。現時点での打ち上げ価格は6,120万ドル(現在のレートで約73億円)で、他のロケットが軒並み100億円以上することを考えると破格の安さだ。それでいて打ち上げは連続で成功し続けており、売り込み攻勢にも余念がない。ライバルとなる他の企業の人からも「脅威だ」、「認めたくないが、彼らはすごい。戦わざるを得なくなってしまった」といった声が聞かれるほどだ。設立からわずか10年の会社が、一躍業界のゲーム・チェンジャーになったのである。

旅客機のように運用できるロケット

だが、スペースX社では、ただでさえ安いファルコン9を、さらに安くすることを目論んでいる。それを可能にする鍵は「再使用化」だ。

現在運用されているすべてのロケットは、すべて「使い捨て」で打ち上げられている。一度打ち上げると、分離した第1段機体などを、海や無人の平原などに捨てているのだ。もし、それを回収し、再び打ち上げに使うことができれば、ロケットを新たに造る必要はないから、ロケットの整備と、再補給する推進剤に掛かる費用だけで済むことになる、という理屈だ。

イーロン・マスク氏はもともと、2009年ごろからロケット再使用化の構想を語っていた。そして2011年9月には、ファルコン9を再使用するという内容の、より具体的な構想を発表している。この再使用型のファルコン9はファルコン9-Rと呼ばれており、RとはReusable(再使用可能)の頭文字から取られている。

打ち上げ後、着陸したファルコン9-Rの第1段 (C)SpaceX

打ち上げ後、着陸したファルコン9-Rの第2段 (C)SpaceX

マスク氏によれば、ファルコン9-Rが実用化されれば、コストは今の100分の1にまで下がるという。つまり約60万ドル(現在のレートで約7000万円)だ。もし実現すれば、宇宙輸送の世界に革命が起こるだろう。だが、そんなことが本当に可能なのだろうか。

マスク氏が2013年に行った講演によれば、ロケットのコストのうち、推進剤の費用が占める割合はわずか0.2%、また材料費も多く見積もっても2.0%ほどしかないという。つまり、ロケットのコストのほとんどは、ロケットを建造する行為-材料を切り出したり、曲げたり、溶接したり、部品を組み立てたりなど-から発生しているということになる。マスク氏はこうした状況を「silly(愚か)」と呼び、これを無くすことができれば、ロケットのコストはグッと下げられる、と語っている。

また、もちろん2回目以降の打ち上げでは、ロケットの建造費の代わりに整備費が新たに掛かってくることになるが、それは建造費を上回るほどのものにはならないという。マスク氏はその例として旅客機を挙げている。

だが、ここで「スペースシャトルと何が違うのか」という疑問が生じる。スペースシャトルも、同じ考え方で、飛行機のように運用できるロケットを目指して開発された。しかし、実際は再使用するために必要なコストが膨れ上がり、当初の目標を達成することはできなかった。

これについて、マスク氏が2014年にSpaceflight now誌に語ったところによれば「スペースシャトルは不運だった。もともとの設計は良かったと思うが、要求の変化によって、効率的に再利用することができない機体になってしまった」という。

この話の背景には、スペースシャトルは当初、もっと小型でシンプルなシステムが検討されていたが、大きな衛星を打ち上げたいといった様々な要求が絡んで、あのように大型で、かつ複雑なシステムになった、ということがある。

またマスク氏は「私たちが考えている要求事項を固持し続けることができれば、迅速に再打ち上げができる、完全再使用ロケットは開発できると考えている」とも述べ、スペースシャトルと同じ轍は踏まないことを強く表明している。

実際、スペースシャトルとファルコン9-Rには大きな違いがいくつもある。例えば、スペースシャトルは地球周回軌道からオービターが帰ってくるが、ファルコン9-Rは高度80kmから第1段機体が帰ってくるだけで、必要な減速量や、大気との抵抗で受ける加熱はずっと小さい。またスペースシャトルの固体ロケットブースターは、大西洋に着水させて船で回収し、洗浄して推進剤を再度詰めて再度打ち上げられていたが、ファルコン9-Rの第1段機体は陸上の発射台の近く、もしくは整備や補給施設、発射台をも兼ねた海上のプラットフォームに降ろすことが考えられており、輸送や整備はずっと簡単になる。

だが、本当に目論み通り事が進むかは、まだ意見が分かれるところだ。専門家や評論家の反応はまちまちで、おおむね半信半疑か、あるいは否定的といったところだ。あるロケット企業の人からは「とてもうまく行くとは思えない」という声を聞いている。

それでもスペースX社は、そうした否定的な声を吹き飛ばすかのように、あるいはその帆に期待の風をはらませるかのように、ロケットの再使用化の実現に向けて動き始めた。

(次回は1月20日に掲載予定です)

参考

・http://www.spacex.com/falcon9
・http://spaceflightnow.com/falcon9/009/140419reusability/#.VLSQznv2TdE
・http://www.space.com/21386-spacex-reusable-rockets-cost.html
・http://allthingsd.com/20130529/coming-up-tech-renaissance-man-elon-musk-at-d11/
・http://news.discovery.com/space/private-spaceflight/spacex-grasshopper-prototype-sets-new-record-130311.htm