イランの宇宙開発

イランの宇宙開発への取り組みは2000年ごろに始まったとされる。一般に言われているように、宇宙開発を大義名分としつつ、その裏には弾道ミサイルの技術を向上させる意図があったことは間違いなく、実際にサフィールがシャハーブ3の改造であることや、北朝鮮との技術交流を行っていることからも明らかだろうが、その一方で人工衛星の開発にも取り組んでいる。

また軍事目的の衛星ばかりに主眼が置かれているわけでもなく、例えば2004年にはイラン宇宙機関が設立されたが、通信・情報技術省の管轄下に置かれており、軍とは距離が取られている。イランにとってみれば、衛星通信や放送、油田の調査、災害や環境の監視などでも人工衛星は役に立つことから、軍事以外でも価値を見出していると見られる。また、衛星の開発には企業の他にイランの大学も参加しており、人材の育成にも力が入れられている。

イランはまず、ロシアと人工衛星に関する技術の交流を行い、人工衛星の開発や運用のノウハウを学んだ。その成果として、2005年10月28日には、ロシアが運用するコースマス3というロケットを使い、ロシアの企業によって製造された「スィーナー1」(Sinah-1)が打ち上げられている。これによりイランは人工衛星を保有する43番目の国となった。スィーナーとは、10世紀から11世紀にかけて活躍したペルシアの哲学者、医師のイブン・スィーナーに因んでいる。

イラン国産の人工衛星の開発も、このロシアとの協力が行われたのとほぼ同時期に始まっている。また2008年には、中国が打ち上げた「環境一号」という地球観測衛星にも共同ミッションという形で参画している。環境一号の開発や運用、打ち上げはすべて中国が担当しており、イランへは観測データの提供などが行われたようだ。さらに、イタリアの企業と共同で「メスバーフ」と呼ばれる通信衛星を開発したとされる。メスバーフはすでに完成しており、サフィールによる打ち上げを待っている状態にあるという。イランはこうして、人工衛星の開発技術を貪欲かつ着実に手にしていった。

こうした経緯を経て造られた、イランにとって最初の国産衛星である「オミード」(Omid)は、2008年8月17日にサフィール・ロケットによって打ち上げられた。当初イランは「人工衛星の打ち上げに成功した」と発表したが、その後になって「オミードを模した、ダミー衛星の打ち上げだった」、あるいは「衛星は搭載しておらず、衛星を打ち上げる能力を持ったロケットの試験打ち上げに成功した」という風に発表を変えるという奇妙なことが起きた。また米軍も、新しい人工衛星が乗ったことを検知できなかった。世界各国のメディアは、当初イランの発表をそのまま引用する形で「イランが衛星打ち上げに成功」と報じていたが、見出しや内容の修正に追われた。こうした混乱の背景には、まずペルシア語という言語の壁があり、英語などへの翻訳過程で誤解などが生じたであろうこと、またイランの報道機関が「ロケットを宇宙に向けて飛ばすこと」を「衛星の打ち上げに成功した」と同義に捉えていた節があることが原因としてあったようだ。

果たしてこの打ち上げが、本当に最初から衛星を軌道に乗せることを意図しない試験打ち上げだったのか、あるいは衛星の打ち上げ失敗を言い繕っているだけなのかは、今も謎に包まれている。

そして2009年2月2日、オミードの同型機を積んだサフィールが再び打ち上げられ、今度は無事に地球周回軌道へ投入された。今度は米軍のレーダーにも捉えられ、近地点高度245km、遠地点高度378km、軌道傾斜角55.5度の軌道に乗っていることが確認された。これによりイランは、ソヴィエト連邦、米国、フランス、日本、中国、英国、インド、イスラエルに続く、9カ国目の人工衛星を自力で打ち上げることに成功した国となった。オミードは「希望」を意味する。

オミードは質量25kgほどの、立方体からアンテナが四方八方に伸びた形をしている。内部にはいくつかの観測機器と、GPS受信機を搭載しているとされる。また太陽電池は装着されておらず、内蔵バッテリーのみで動くものと思われる。4月25日には大気圏に再突入し、消滅した。

2011年6月15日には、2機目の衛星である「ラサド」(Rasad)が打ち上げられた。開発を手がけたのはイランの首都テヘランにあるマリク・アシュタル大学で、ラサドとは「観察者」を意味するという。ラサドは質量15.3kgで、150mの分解能を持つカメラを搭載しているとされる。公開されている写真を見る限りでは、前回のオミードから技術は着実に進歩しているようで、例えばオミッドは通信装置しか搭載しておらず、また電源はあらかじめ充電されたバッテリーのみに頼っていたが、ラサードは前述のようにカメラを搭載しており、衛星の外周には太陽電池が張り巡らされ、発電ができるようになっている。

また、衛星の上部には長く伸びたポールのような部品があり、衛星全体が長細いシルエットをしているが、これはおそらく重力傾度安定法を採用しているためだと思われる。重力傾度安定法というのは、潮汐力を使用した姿勢安定法で、衛星の地球に近い部分と遠い部分にかかる引力の差を利用し、衛星の姿勢を惑星の地表に対して常に垂直に保つことができるというものだ。ラサドのように衛星の形状が長細ければより効果的で、また衛星の片方が常に地表を向くため地球観測にも適しており、何より電力などを必要としないという利点がある。

米軍の観測によれば、ラサドは近地点高度249.1km、遠地点高度294.6km、傾斜角55.7度の軌道に投入された。しかし、この軌道ではある地点を、定期的かつ一定の条件下で観測することはできないため、地球観測衛星や偵察衛星として本格的に運用するのではなく、あくまでカメラ撮影やデータ通信などの試験を行うことを目的としていると思われる。ラサドは打ち上げから1カ月足らずの7月6日に大気圏に再突入し、消滅した。

2012年2月3日には、3機目の「ナヴィード」(Navid)の打ち上げが成功した。開発はイラン科学技術大学が手がけ、ナヴィードとは「約束」などを意味する。衛星は立方体をしており、周囲には太陽電池が張り巡らされている。質量は50kgほどで、地球観測を目的とした衛星であるとされ、分解能400mの白黒カメラが搭載されているという。米軍の観測によれば、軌道は近地点高度276km、遠地点高度375km、軌道傾斜角55.5度の軌道に投入された。設計寿命は1.5年と発表されていたが、2カ月ほどで大気圏に再突入し、消滅している。

今回打ち上げられたファジルは、この2012年のナヴィードに続く、イランにとって3年ぶり、4機目の衛星となるが、2012年の5月と9月にも衛星の打ち上げを試みたといわれている。イランは公式には発表していないが、この2つの時期に、ロケットの発射台が焼け焦げていることが衛星写真によって確認されており、何らかのロケットの打ち上げが行われたことは間違いないようだ。しかし軌道には何も乗っていないことから、打ち上げが失敗したか、あるいは衛星打ち上げを目的としないロケットの打ち上げであったかということになるが、いずれにしろ真相は謎に包まれている。

打ち上げを待つサフィール (C)IRAN Ministry of Defence

打ち上げ直前のサフィール (C)IRAN Ministry of Defence

イランはまた、衛星の打ち上げと並行して、地球周回軌道には乗らない、観測ロケットの打ち上げも行っている。使用されているロケットには、シャハーブ3をそのまま転用したような(つまりサフィールを寸詰まりにしたような)液体燃料ロケットと、まったく別系統の固体燃料ロケットの2種類が確認されている。積荷としてはネズミや亀などの生物が多く、2013年1月28日にはサルを乗せた打ち上げも行われている。

(次回は2月20日に掲載予定です)

参考

・http://www.globalsecurity.org/space/world/iran/
・http://space.skyrocket.de/doc_sdat/omid.htm
・http://space.skyrocket.de/doc_sdat/rasad-1.htm
・http://space.skyrocket.de/doc_sdat/navid-1.htm
・http://space.skyrocket.de/doc_sdat/fajr.htm