第1回では、H-IIAロケットが他のロケットと比べてさまざまな面でハンデを背負っており、それが徐々に解決されてきた経緯を紹介した。しかし、今後H-IIAが本格的に商業打ち上げ市場に食い込み、戦い続けていくためには、まだ課題が山積している。

種子島宇宙センターに残る課題

残る課題の多くは、種子島宇宙センターやその周辺の環境にある。

まず衛星の搬入の問題だ。大型の静止衛星は大型輸送機で運ばれることが多いが、種子島空港は滑走路が短いために着陸が困難で、鹿児島空港や北九州空港、中部国際空港(セントレア)で一旦降ろし、そこから船で種子島港まで運び、さらに陸路で宇宙センターへ運ぶという、非常に回りくどい輸送方法を採らざるを得ない。一方ギアナ宇宙センターなどは、輸送機用の滑走路から衛星の整備施設までが直結されており、衛星の搬入がしやすいように整えられている。

また、種子島宇宙センターから地球を南北に回る極軌道に人工衛星の打ち上げを行う場合、射点のすぐ南方にはホテルなどの建物があり、また第2段の燃焼中にはフィリピンの上空を通過することから、万が一飛行中にロケットが事故を起こした際、破片などが降り注ぐ恐れがあるため、直接極軌道に向けて打ち上げることができない。そこで、まずロケットを東に向けて打ち上げ、陸地から十分に離れたところで南に飛行経路を変える「ドッグレッグ・ターン」と呼ばれる方法が採られている。ドッグレッグ(犬の足)とは、その飛行経路が犬の足のように曲がっているところから名付けられている。しかしドッグレッグ・ターンを行う分、そのロケットが本来持つ能力より、打ち上げ能力は下がってしまう。

さらに、種子島宇宙センターの衛星整備施設は狭く、多くの衛星を保管することができない。各施設の老朽化も進んでおり、打ち上げのたびに補修が行われている状態にある。

また、日本の法律上、クレーンなどの免許を必要する機器を操作する場合、日本で発行されている免許を持っていない限り扱うことができず、海外の技術者が自分たちの衛星を自分で触れないという事態も生じている。

こうした課題を解決しなければ、H-IIAをはじめとする日本のロケットが、商業打ち上げにおいて他のロケットと対等の位置に立つことはできない。

新型基幹ロケットにバトンをどうつなぐか

三菱重工とJAXAは現在、H-IIAの後継機となる「新型基幹ロケット」の開発を進めている。2014年度中に予備設計が終わり、2015年度から基本設計が始まる計画で、またすでにエンジンの技術実証や、部品などの要素単位の試験が始まっている。初打ち上げは2020年の予定だ。

新型基幹ロケットの打ち上げ費用はH-IIAの約半額(55億円ほど)ほどと安価で、さらに射場での整備期間を短縮し、お客である衛星側の希望する時期に合わせて打ち上げることが可能となり、さらに振動が少なく衛星にとって乗り心地が良くなるなど、H-IIAよりもさらに国際競争力の高いロケットになるとされる。しかし、それは新型基幹ロケットが無事に完成し、さらに目論見通りの性能を持つことが証明されるまでは、捕らぬ狸の皮算用に過ぎない。

つまり新型基幹ロケットが10機か20機ほど連続成功し、信頼性が確立されるまでの間は、H-IIAを並行して運用を続けることが望ましい。まったく新しいロケットが、安心して衛星会社に使ってもらえるようになるまでには、それこそH-IIAが歩んできたように何十機も打ち上げなければならず、時間もかかる。もし並行運用をしないのであれば商業打ち上げに空白期間ができ、今H-IIAが奪いつつあるシェアが再び他のロケットに取られることになる。

今のところ三菱重工は、並行運用はしたいとしているが、どのようにするのかについては「検討中」としており、公式には答えは出されていない。

ただ、種子島宇宙センターの敷地は限られており、かといって種子島以外の場所に新しく発射場を造るのも予算などの面から難しいため、おそらくH-IIA用の施設を改修し、新型基幹ロケットと共用できるようにして並行運用することになろう。また、いずれ新型基幹ロケットの運用が軌道に乗れば、新型基幹ロケット専用にするため、さらに改修されることになるはずだ。

新型基幹ロケット (C)JAXA

一寸先は闇

ところで、新型基幹ロケットが登場する予定の2020年ごろには、海外でも新型ロケットが続々と登場する予定だ。

欧州ではアリアン5の後継機になる「アリアン6」の開発が始まっている。アリアン6は中型の静止衛星1機、もしくは地球低軌道や太陽同期軌道への打ち上げに適した「A62」という構成と、中型の静止衛星を2機、あるいは大型と中型の静止衛星で2機の同時打ち上げが可能な「A64」という、大きく2種類の機体が用意される予定だ。計画では、A62は6500万ユーロ、一方のA64が8500万ユーロ(衛星2機同時打ち上げの場合、衛星1機あたりはおよそこの半額となる)だから、価格面では新型基幹ロケットと良い勝負となる。

ロシアでは「アンガラー」というロケットの開発が進められており、現在までに2機の試験打ち上げが行われている。ロシアは現在プロトーンMを商業打ち上げに使っているが、近年打ち上げ失敗が続いており、信頼性は失われつつある。だがアンガラーで復権を果たすことができれば、新型基幹ロケットのライヴァルのひとつとなるだろう。

インドの新型ロケット「GSLV Mk-III」は、2014年12月18日に初飛行した。まだ第3段エンジンが未完成であったため、人工衛星を軌道には乗せない飛行ではあったが、実力の片鱗を見せ付けた。インドのメディアの報道によれば、この初打ち上げ費用は約15億5000万インド・ルピー(現在のレートで約29億円)とされる。第3段はダミーだったが、その分のコストを上乗せすることを考えても驚異的な安さだ。

さらに中国も新型ロケットの開発を進めている。どの程度の価格になるかはまだ不明で、また現在中国は、国際武器取引規制(ITAR)により、事実上海外の商業衛星の打ち上げができないが、無視できる相手ではない。

そしておそらく最大のライヴァルとなるのは、米国のスペースX社の「ファルコン9」だ。ファルコン9はH-IIAなどとほぼ同じ打ち上げ能力を持つが、打ち上げ費用はH-IIAの約半額ときわめて安価である。現在までに打ち上げられたのはたった11機と、信頼性はまだ未知数であるにもかかわらず、この安さが手伝って多くの商業打ち上げを受注しており、すでにプロトーンMを凌駕したほどだ。もしファルコン9がこれからも20機、30機と打ち上げ成功を続けることができれば、いずれは市場全体をも飲み込むことになるかもしれない。

さらにファルコン9には、ロケットの機体を再使用することで、打ち上げ費用をさらに安価に、今の100分の1にまで引き下げるという腹案もある。今のところは、まだ再使用するための試験を行っている段階で、そもそも再使用ができたからといって確実に打ち上げ費用が安くなるという保証もないが、もし目論見が当たれば、他のどんなロケットも太刀打ちできなくなるだろう。

打ち上げを終え、地球に帰還したファルコン9の第1段機体の想像図 (C)SpaceX

ファルコン9の第1段機体の再使用化はすでに試験が始まっている (C)SpaceX

すでに欧州では、こうした動きに触発されて、ロケットの機体やエンジンの再使用化に向けた開発を本格的に進めることにしたと報じられている。インドや中国でも再使用ロケットの開発は進められている。また、JAXAと三菱重工でも、観測ロケットではあるものの再使用可能なロケットの開発が進められており、現在はJAXAの角田宇宙センターで、再使用できるロケットエンジンの実証試験が行われているという。

今回のハリーファサットの受注は、商業打ち上げ市場への本格的な参入に向けて、H-IIAが着実に前へ進んでいることを示している。いくつか課題は残っているものの、市場で戦うためのスタートラインには立てたと言っても良いだろう。だが、一寸先は闇であり、今後H-IIAが本格的に商業打ち上げ市場に食い込んで戦っていくためには、これからも険しい道のりを歩み続けていかなければならない。

参考

・https://www.mhi.co.jp/technology/review/pdf/514/514038.pdf
・http://www.jaxa.jp/press/2013/09/20130904_rocket_j.pdf
・http://www.jaxa.jp/press/2014/03/20140325_rocket_j.html
・http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/059/shiryo/
__icsFiles/afieldfile/2014/10/01/1351678_5.pdf
・http://spacenews.com/with-eye-on-spacex-cnes-begins-work-on-reusable-rocket-stage/