2015年5月6日の朝。数多くのロケットを宇宙に送り出してきた、米国フロリダ州のケイプ・カナヴェラル空軍ステーションの発射台に、少し変わった機体が鎮座していた。高さは7.2mほどと、ロケットにしては小さく、また卵のように丸っこい、かわいらしい姿をしている。

米東部夏時間9時ちょうど(日本時間22時ちょうど)、その機体の側面から炎が噴き出し、空高く舞い上がった。機体は大きな弧を描きながら大西洋に向けて飛行し、パラシュートを開いて海上に着水した。

この機体こそ、今や時代の寵児となっている、米スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ(スペースX)社が開発している新型の有人宇宙船「ドラゴンV2」である。飛行時間はわずか1分39秒と短いものであったが、新世代の宇宙船の姿を見せ付ける、印象的なものであった。

試験を待つドラゴンV2試験機 (C)SpaceX

脱出用のロケット・エンジンに点火し飛び立ったドラゴンV2 (C)SpaceX

ドラゴンV2

ドラゴンV2はスペースX社が開発中の有人宇宙船で、今のところ2016年に無人での初飛行を、2017年に有人飛行を目指している。正式名称はドラゴン・ヴァージョン2で、略してドラゴンV2、もしくはドラゴン2、またあるいはクルー・ドラゴン、ドラゴンライダーなどとも呼ばれている。最大7人の宇宙飛行士を乗せ、国際宇宙ステーション(ISS)との往復が可能なように造られており、またいずれは火星への飛行や、さらには火星の地表への着陸も可能になるという。

スペースX社はすでに、同じドラゴンという名前を持つ無人補給船を開発しており、これまでに8回、水や食料、実験機器などの補給物資をISSに送り届けている。米航空宇宙局(NASA)では、ISSへの物資の輸送を民間の会社に担わせる取り組みを続けており、ドラゴン補給船はそうした流れの中で開発され、物資の補給もNASAとの間で結ばれた商業契約に基づいて行われている。つまるところスペースX社は「宇宙の宅配会社」のような役目を担っている。

NASAではまた、物資だけではなく、宇宙飛行士の輸送も民間企業に担わせる取り組みも進めており、これまでに数社に開発資金を援助して、提案や設計、開発などを競わせ、その中から米航空宇宙大手のボーイング社の宇宙船「CST-100」と、そしてスペースX社のドラゴンV2が選ばれた。両社はさらに多くの開発資金をNASAから受け取り、現在も開発に取り組んでいる。順調に進めば、CST-100は2017年中に無人飛行と有人飛行を、一方のドラゴンV2は、2016年12月に無人飛行を、そして2017年に有人飛行を実施する予定だ。

ドラゴンV2の想像図 (C)SpaceX

国際宇宙ステーションにドッキングしようとするドラゴンV2 (C)SpaceX

打ち上げ中断システム

今回のドラゴンV2の飛行は、「打ち上げ中断システム」の試験を目的としたものだった。打ち上げ中断システム(Launch Abort System)、もう少し崩していうと脱出システムは、宇宙船を載せたロケットに問題が生じた際に、搭乗している宇宙飛行士を脱出させる役割を持つ。

例えば、発射台の上で打ち上げを待つロケットが突如爆発したとすると、その炎はすぐに宇宙船を包み込むことになり、とても宇宙飛行士が宇宙船のハッチから逃げ出すような暇はない。また飛行中にロケット・エンジンが止まったり爆発したりしても、やはり逃げ出す暇はない。そもそも飛行中の速度や高度を考えると、外に脱出すること自体がほぼ不可能だ。

そこで、米国最初の有人宇宙船「マーキュリー」や、月に行った「アポロ」、またソヴィエト・ロシアの「サユース」、そして昨年試験打ち上げに成功した、NASAが開発中の「オライオン」では、強力なロケット・エンジンを使って、宇宙船ごとロケットから引き剥がすという方法が採用されている。このシステムは宇宙船の先端に装着されており、その姿がまるで塔のように見えることから「アボート・タワー」や「エスケイプ・タワー」とも呼ばれている。その内部には固体のロケット燃料が充填されており、万が一の際には自動、もしくは手動で即座に点火され、打ち上げロケットから宇宙船を急速に引き剥がす。そして宇宙船は、そのまま通常の帰還と同じようにパラシュートを開いて地上や海上に着地する。ミッションは失敗だが、少なくとも宇宙飛行士の命は救うことができる。

打ち上げが成功し、脱出システムが不要になれば、そのまま積んでいても単なる重荷でしかないため、投棄される。映画『アポロ13』でも、トム・ハンクスさん演じるジム・ラヴェル船長がスイッチを押してアボート・タワーを分離し、「もう必要ない!」と言う場面がある。

マーキュリー宇宙船のアボート・タワー (C)NASA

アポロ宇宙船のアボート・タワー (C)NASA

これまで、脱出システムが試験以外で、つまり実際の脱出目的で使用されたのは、1983年9月26日のサユースT宇宙船の事故のときのみだ。このときは打ち上げ準備中の事故でロケットから火災が発生し、爆発したものの、そのわずか2秒前に脱出システムが起動、2人の宇宙飛行士を乗せたサユースTは爆発から辛くも逃れることができ、宇宙飛行士の命を救った。

ただ、脱出システムは万能というわけではなく、あくまでも脱出できる可能性を高めることしかできない。サユースTの脱出劇でも、宇宙飛行士は命こそ助かったものの、ひどい打撲を負ったと記録されている。大事には至らなかったそうだが、打ち所が悪ければ宇宙飛行士としての道を絶たれることもあっただろう。また、アポロ宇宙船の脱出システムは、サターンVロケットとの組み合わせにおいては「あくまで気休め」のようなものであったという証言があり、特にロケットの離昇から2分半の間は、脱出システムによって無事に脱出することは、ほぼ不可能であったという。

ちなみに、アボート・タワー形式の脱出システムはすべての宇宙船に搭載されたわけではない。ソ連最初の宇宙船である「ヴァストーク」や、米国の2人乗り宇宙船「ジェミニ」では、戦闘機のように座席だけが射出されるシステムが使われた。

ソ連の「ヴァスホート」宇宙船にいたっては、脱出システム自体がなかった。これはヴァスホートが、1人乗りのヴァストークを無理やり3人乗りに改造した宇宙船であり、脱出システムを搭載する余裕がなかったためだ。

また、米国のスペース・シャトルも脱出する術は限られていた。例えば打ち上げ時には、そのまま滑空してケネディ宇宙センターの滑走路に降りるとか、あるいは大西洋を越えた欧州やアフリカ大陸にある滑走路に降りるとか、あるいはそのままいったん軌道に乗り、適当なタイミングで帰還するといった策が用意されていた。しかし、打ち上げ直後の固体ロケット・ブースターが燃焼している段階では脱出する手段は一切なかった。1986年のスペース・シャトル「チャレンジャー」の事故は、まさにこの固体ロケット・ブースターが燃焼している段階で起きている。

帰還時には、機体側面のハッチから外に飛び出してパラシュートで降りる(つまり機体を放棄する)という脱出方法は用意されていたが、これは大気圏を再突入後に水平飛行をしている段階という、ごく限られた条件下でしか使えない方法だった。ちなみに、この脱出方法は、クリント・イーストウッドさんが監督・主演を務めた映画『スペース・カウボーイ』で描かれており、見たことのある人も多いかもしれない。

ジェミニ宇宙船の射出座席 (C)NASA

スペース・シャトルからの脱出の訓練をする宇宙飛行士。写真左に見えるポールにリングを引っ掛け、そのガイドによって外に脱出する。 (C)NASA

これまでの有人宇宙開発は、こうしたあまり安全ではない宇宙船と、宇宙飛行士の勇気と覚悟、そして犠牲によって創られてきた。もちろん、絶対に安全な宇宙船を造ることは不可能ではあるが、しかし今後も有人宇宙開発を継続し、いつかは他の惑星の探査や移住にまで挑もうとするのなら、少なくともこれまでより格段に安全な宇宙船は必要不可欠となる。

今回初飛行したドラゴンV2が装備する脱出システムは、これまでどんな宇宙船にも採用されたことのないもので、史上最も先進的で、そしておそらく最も安全なものである。

(次回は5月20日に掲載予定です)

参考

・http://www.spacex.com/news/2015/05/06/
crew-dragon-completes-pad-abort-test
・http://www.spacex.com/news/2014/05/30/dragon-v2-spacexs-
next-generation-manned-spacecraft
・http://spaceflightnow.com/2015/05/07/photos-spacexs-passenger-
spaceship-flies-on-first-test-run/
・http://www.nasaspaceflight.com/2015/05/dragon-2-pad-
abort-leap-key-spacex-test/
・http://klabs.org/history/apollo_experience_reports/tn-
d7083_apollo_launch_escape_propulsion.pdf