「結婚したい」と思っている女同士で話していると、高確率で遭遇する、ある価値観があります。それは、「好きな男と恋愛・結婚してもうまくいかない」「それほど夢中になれる男じゃなくても、心穏やかに過ごせる相手を選ばないと幸せになれない」……。そうした言葉に象徴される価値観です。

これらの言葉は、アドバイスや経験談という形で語られることが多いです。「以前は、自分から好きになった相手と交際していたが、振り回されるばかりで心が平和ではなかった。今の彼は、自分の好きなタイプではないが、誠実で安心できる」「そんな男やめときなよ、あなたはいつも恋愛で傷ついてるんだから、もっと穏やかで誠実な人を選んだほうがいいよ」などなど……。実際、私もそういう言葉をかけられたことがあります。

そういう言葉に込められた、「もう恋愛で失敗したくない」「恋愛で振り回されるのは懲り懲り。優しい男と安定した関係を築いて結婚し、そういった恋愛の苦しみとおさらばしたい」という思いには、もちろん深く深く共感します。ただ、これらの言葉に強い疑問を感じるのもまた、事実なのです。

「好きな人との結婚」は分不相応な幸せなのか?

恋愛で深く傷つくと、人はその恋愛のどこが間違いだったのか、失敗だったのかを考えます。その結果、「自分の『男を見る目』がおかしい」「自分が『好き』と感じる男とつきあうと、いつもつらい思いをする」というように、原因を「自分の男を選択する目」に求めてしまうことがあります。

その結果、「自分が『好きだ』と感じる男よりも、誠実だとか、裏切らないなど世間的に『良い』とされる属性を持った男とつきあったほうが幸せになれる」と、社会的に「いい男」だと評価されるような男性を選ぶほうがいいのだと思う女性も多いです。また、昔からよく言われることですが「自分が好きになった男と一緒になるより、自分のことを好きな男を一緒になったほうがいい」というような、「愛するよりも愛されたほうが幸せ」という考え方も根強くあります。

私は、これらの考え方の根底には、ひとつの哲学のようなものがあると感じます。それは『なにかを諦めて、分相応の相手で満足しなければ幸せになれない』というものです。「好きな男を追い求め、好みの男と一緒になって幸せな結婚生活を送る」という、「全部盛り」の状態の幸せをイメージすることは、30歳を過ぎた独身女性には、とても難しいのです。

三十路過ぎの独身女性の価値は

私を含め、30歳を過ぎた女性は婚活の市場では「我慢しろ」「妥協しろ」ということを常に言われます。はっきりとそう口にされることは少ないですが、要するに「(もう若さがないのだから)贅沢言ってると、結婚できないまま、さらにトシを取って、婚活市場での価値が暴落していくぞ」ということです。

若さが失われる、ということは、婚活の場面では「たくさん子供が産めないかもしれない」ということでもあるし、「女としての価値がなくなっていく」ということでもあります。その状態で「心の底から『この人だ!』と思える相手と出会い、結婚する」ということは、とても可能性が低いことのように思えるのです。出会えないでいるうちに、自分の婚活市場での価値はどんどん目減りしていくし、もしかしたら出会わないまま死んでいくかもしれない。「かなわないかもしれない夢」を追いかけている状態に近いです。

30歳を過ぎて、結婚したいと思っている女性は、常に何を諦めるか、という選択を迫られているように私は感じます。「本当に好きだと思える相手と、人生をともにする」という、ごく当たり前のことですら、手の届かない夢のように言われるのです。 そういう状態で、自分が誰かに愛されるに足る人間であること、トシを取ろうが取るまいが、ないがしろにされていいはずがないことを忘れずにいることは、とても難しいです。

「心から愛せる人と出会えたら結婚する」。たったこれだけのことが言えない状態、それが30歳を過ぎた独身女性の現状です。出産を焦っている女性は、とてもこんな悠長なことは言っていられない、と思うでしょう。うかうかしているうちに40代を迎えてしまいそうな私にとっても、そうです。婚活市場どころか、恋愛市場からも、退きたくなくても蹴落とされる場面が増えてくることでしょう。

「女は結婚に対し、打算的」「結婚のことしか考えてなくて引く」などの意見を耳にするたび、私は泣きたくなります。誰も好きで打算的になるわけではないし、好きで結婚を焦るわけではないのです。マイペースで、純粋に愛を求めて生きていければ、どんなにいいでしょう。結婚を焦る女を批判する資格があるのは、女を年齢で値踏みしない人だけだと、私は思います。

<著者プロフィール>
雨宮まみ
ライター。いわゆる男性向けエロ本の編集を経て、フリーのライターに。その「ちょっと普通じゃない曲がりくねった女道」を書いた自伝エッセイ『女子をこじらせて』(ポット出版)を昨年上梓。恋愛や女であることと素直に向き合えない「女子の自意識」をテーマに『音楽と人』『POPEYE』などで連載中。

イラスト: 野出木彩