【連載】

列車ダイヤを楽しもう

69 ひたちなか海浜鉄道「箱ダイヤ」で描く鉄道演劇の舞台裏

 

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列車ダイヤは列車の動きを示している。縦軸が時刻、横軸が距離で、列車は斜めの線で描かれる。しかし鉄道会社にはもうひとつ、「箱ダイヤ」と呼ばれる図表がある。こちらは縦軸が駅、横軸が時刻、正確には手順となる。線は縦と横を組み合わせた四角い線だ。四角だから箱ダイヤ。箱ダイヤは列車ではなく、乗務員の動きや車両の動きを示す。ひとつの線が業務のひとまとまりを示し、それを「仕業」という。

単線の列車ダイヤ。黒い線は列車を示す。乗務員は実際には赤い動きとなる

たとえば、列車ダイヤで上の図のように表された路線があるとする。これは列車の動きを示しているけれど、乗務員はいつも列車と行動を共にするわけではない。列車は走り続けられても、乗務員は休憩が必要だ。トイレや食事の時間も設定しないといけない。長距離路線では、運転士も車掌も受け持ちの区間があって、その境目で交代するわけだ。主要駅では乗務員交代の様子を見かける。

ある乗務員の箱ダイヤ。出社した駅から乗務して、受け持ち区間を乗務した後、出社駅に戻る様子を示している

この乗務員の動きを示す図が箱ダイヤだ。鉄道会社は列車ダイヤと同時に箱ダイヤをいくつも作成し、仕業を設定する。乗務員は仕業に合わせてスケジュールを組んで仕事をしている。同様に、鉄道車両も仕業が作られる。機関車や電車を効率よく使い、走行距離を管理して点検の実施時期などを計画する。

箱ダイヤは一般に公開されないし、もちろん時刻表にも乗っていない。鉄道ファンの中で、ひとつの路線の全駅を乗降りしようとする人が、箱ダイヤで行程を組んだりする程度だ。しかし今回、良い題材が現れた。11月7・8・14・15日に開催された鉄道演劇『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』だ。劇団「シアターキューブリック」が手がける鉄道演劇で、いままでに銚子電気鉄道、樽見鉄道、高松琴平電気鉄道(ことでん)の公演を成功させてきた。今月はひたちなか海浜鉄道湊線が舞台だ。茨城県のローカル鉄道で、JR常磐線勝田駅と太平洋岸の阿字ヶ浦駅を結ぶ14.3kmの単線非電化路線である。

ひたちなか海浜鉄道湊線の休日ダイヤ(2015年11月)。単線のローカル線だ

鉄道演劇は、走行中の列車の中で公演される。役者は動く車両の中で演技し、観客も同じ車両の座席で楽しむ。観客は「他の乗客」というエキストラ役でもあり、舞台に入り込んだ不思議な感覚になる。物語については別の機会に紹介するとして、この演劇では、役者たちの動きが重要だ。往路が前半、復路が後半。全区間を乗り通す役者もいれば、途中の駅から登場する役や、片道しか乗らない役もある。

そして、1日3回の公演がある。観客は単純に往復するだけだ。しかし、公演時間が重なっている。役者は往路・復路を組み合わせて、ひとつの物語を完成させる。その複雑な動きについて、乗務員管理の手法と同じ箱ダイヤで解いていこう。

『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』公演列車を色分けしてみた

まず、ひたちなか海浜鉄道の公演列車を色分けしてみた。演劇は定期列車に舞台となる車両を増結するため、ダイヤの変更はない。赤が第1回、橙が第2回、緑が第3回公演だ。観客は同じ色の列車で往復する。たとえば第1回の観客は、勝田駅9時32分の列車に乗って前半を楽しみ、阿字ヶ浦駅に9時59分に着く。ここから幕間の時間になって、駅周辺を散策する。その後、阿字ヶ浦駅12時39分発の列車で後半を楽しみ、13時6分に勝田駅に到着して終幕となる。

しかし、役者は観客とは異なるスケジュールで動く。終点でとんぼ返りして、また勝田駅から前半を演じて阿字ヶ浦駅にやってくる。途中駅で乗車する役者、降りる役者もいる。つまり役者たちはつねに動いている。観劇しない乗客も、期せずして役者の「回送」と乗り合わせているわけだ。

さて、『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』の役者は6名。それぞれをA・B・C・D・E・Fとすると、役者A・B・Cは全線往復する。役者Dは金上駅から乗車し、阿字ヶ浦駅まで乗る。しかし復路は殿山駅から乗り、日工前駅で降りる。役者Eは往路が那珂湊駅から乗って阿字ヶ浦まで、復路は殿山駅から那珂湊駅まで。役者Fは往路だけ、磯崎駅から阿字ヶ浦駅までだ。それぞれの動きを箱ダイヤで表してみよう。

役者A・B・Cと役者Dの箱ダイヤ

各色の線が演技中。黒い線は移動を示す。往復の全区間を演じる役者A・B・Cは列車に乗りっぱなしだ。前半を演じてとんぼ返り、また前半、前半と演じ、後半、後半、後半を演じる。第3回の前半の折返しが第1回の後半で、ここは休みなし。役者はとんぼ返りだけど、劇中では2時間半が経過している。時差を考慮した演技が求められる。

役者D・Eは途中駅から乗り、途中駅で降りる。降りた後、次の場面で乗車する駅までの移動となる。うっかり降りる駅を間違えてしまったら、すべての回が台無しだ。タクシーでリカバリーするのだろうか? 劇場とは違った緊張感があるだろう。

役者E・Fの箱ダイヤ

役者Fは演じる区間は短く、乗車区間も短い。ただし、この役どころは終点の阿字ヶ浦駅でも演技が続くため、乗ってきた列車でとんぼ返りできない。次の列車に乗り、次の公演列車を待つ。なるほど、なぜこの役者さんが磯崎駅から乗るかといえば、那珂湊駅まで行ってしまうと、公演列車とすれ違ってしまい、乗れないからだ。

劇場の演劇は、退場した役者たちが舞台の袖で次の出番を待つ。鉄道演劇の場合は、出番が途切れた役者が、列車を迎えに行かなくてはいけない。シナリオも演出も、列車ダイヤの知識が必要だ。

観客に列車ダイヤの知識は要らないけれど、観劇した後、箱ダイヤを作って役者の動きを分析してみるとおもしろい。『ひたちなか海浜鉄道スリーナイン』は本日(11月15日)が千秋楽。次回公演はどの路線になるだろう? 鉄道路線によってダイヤも違う。次回の「物語と列車ダイヤのコラボレーション」が楽しみだ。

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インデックス

連載目次
第73回 JR在来線最長距離の山陰本線、特急街道と閑散路線が混在
第72回 北海道新幹線のダイヤを東北新幹線の現行ダイヤに重ねてみた
第71回 『スター・ウォーズ』列車の南海本線、平日朝に準急3本だけの謎
第70回 エヴァンゲリオン新幹線「500 TYPE EVA」じっくり見られる駅はどこ?
第69回 ひたちなか海浜鉄道「箱ダイヤ」で描く鉄道演劇の舞台裏
第68回 「房総横断鉄道」トロッコ列車と国鉄型キハは乗り継げる?
第67回 さよならAE100形 - 京成本線2015年12月ダイヤ改正「前」ダイヤ
第66回 根室本線 - JR北海道の減便報道の中、最長鈍行2429Dの運命は…
第65回 廃止報道のJR三江線、開業3年後と現在のダイヤを比較してみた
第64回 時刻表になったGoogleロゴマークをもとにダイヤを描いてみた
第63回 東京メトロ副都心線・東急東横線・みなとみらい線 - 通勤時間帯の直通特急
第62回 東急田園都市線 - 通勤時間帯の急行を廃止、平行ダイヤのお手本を見せた
第61回 単線と複線の非電化路線、関東鉄道常総線の復旧ダイヤ
第60回 和田岬線・札沼線・木次線 - 閑散路線のダイヤ事情は?
第59回 JR常磐線 - 特急銀座と不通区間の明暗、早期の全線再開を願って
第58回 ロングラン特急「しなの」の旅路 - 中央西線・篠ノ井線・信越本線
第57回 E353系も走る中央東線、「スーパーあずさ」高速化の課題は?
第56回 土砂流出から復旧した石北本線 - 特急も走るけど秘境駅もある
第55回 氷見線・城端線のダイヤに観光列車「べるもんた」を加えよう
第54回 横浜市営地下鉄ブルーラインで快速運転始まる - 追い越しはどこ?
第53回 路面電車にもダイヤはある - 都電荒川線・東急世田谷線
第52回 大井川鐵道「トーマス号」「ジェームス号」共演を撮ろう
第51回 JR只見線、過去のダイヤで知る「代行バス区間の価値」
第50回 JR留萌本線に廃止報道 - ゴオサントオと現在のダイヤを比較した
第49回 静岡鉄道は下りが「急行」上りは「通勤急行」停車駅も違う
第48回 JR伊東線・伊豆急行線「リゾート21」を追跡
第47回 JR呉線、快速「安芸路ライナー」追い越しは上り列車だけ
第46回 祝・開業! 仙石東北ラインのダイヤを作ってみよう
第45回 復刻版時刻表で伝説の特急「あじあ」号のダイヤを再現してみた
第44回 東武野田線、複線区間のありがたさと「スカイツリートレイン」の行方
第43回 京急本線のダイヤはステンドグラスのような美しさ
第42回 全長384kmの紀勢本線、JR東海とJR西日本の「本気度」が見える
第41回 JR山口線の快速「SLやまぐち号」下りはのんびり、上りはスイスイ!?
第40回 南海高野線は快速急行がお得!? 特急「こうや」を追ってみた
第39回 小田急ロマンスカーVSE、新宿~小田原間ノンストップ便を追跡する
第38回 JR横浜線 - 「東京メガループ」形成する通勤路線、特急列車も走る
第37回 津軽海峡線 - 新幹線開業前の青函トンネルは旅客列車28本、貨物列車50本
第36回 JR北陸本線から第3セクター鉄道へ - 金沢~直江津間を比較してみた
第35回 JR日高本線、災害で不通に - かつて急行列車が3往復もあった
第34回 JR九州のジレンマとは? 鹿児島本線・関門トンネルのダイヤ
第33回 工業地帯の鶴見線は通勤重視、しかし意外にも休日は…
第32回 JR南武線平日ダイヤ - 快速も走る、貨物列車も走る
第31回 北陸新幹線の臨時列車は初めから設定済み、まだ増やせる!?
第30回 北近畿タンゴ鉄道の観光列車「くろまつ号」の動きを推理する!
第29回 4月から「京都丹後鉄道」に! 北近畿タンゴ鉄道はどんな路線?
第28回 西の雄、近鉄大阪線は特急ラッシュ!? 日中は普通列車がない区間がある
第27回 東武伊勢崎線、大手私鉄最長複々線のデッドヒートを観察しよう
第26回 東武伊勢崎線の七変化 - 段階的な混雑区間から単線ローカル区間まで
第25回 北陸新幹線のダイヤを描く - 列車を追い越す回数は?
第24回 富士急行「フジサン特急」を有名撮影スポットで待ち構える!
第23回 大阪環状線は複雑怪奇、快速も特急も走っている
第22回 JR京浜東北・根岸線、ダイヤに浮かび上がる「2つの都心」
第21回 JR山手線、早朝の「田町駅始発」列車の謎
第20回 特急「はくたか」在来線最速160km/h! ほくほく線の黄金時代
第19回 42.1kmを6時間かけて走る超スロー列車「龍馬おもてなし号」
第18回 箱根登山鉄道「アレグラ号」同士のすれ違いはどこで?
第17回 秋田新幹線「こまち」、普通列車を追い越すのはどの列車?
第16回 東急池上線の「消える増発列車」はどこへ?
第15回 JR四国「予土線3兄弟」の動きを追ってみよう!
第14回 東海道新幹線、開業時のダイヤはまるでローカル線!?
第13回 「特急銀座」来春で店じまい!? 北陸本線のダイヤを眺める
第12回 気仙沼線がBRTで大増発できた理由
第11回 通勤時間帯の時間調整、なぜ行われる?
第10回 乗れなくても見に行きたい! 「きかんしゃトーマス号」を待ち伏せる
第9回 東海道新幹線に「速いこだま」「遅いこだま」がある!?
第8回 江ノ島電鉄、シンプルなダイヤに隠れた2つの謎を解く
第7回 「特急」新設で、相模鉄道のダイヤはどう変わったか?
第6回 「トワイライトエクスプレス」2度のすれ違いをダイヤで再現
第5回 140周年を迎えたJR神戸線の今昔 - ネットダイヤと暴かれた秘密
第4回 通勤ラッシュ時間帯に急行・快速が走らないのはなぜ?
第3回 東京駅発「のぞみ」を追跡! 「すれ違い」「追い越し」は何回ある?
第2回 明治17年、急行が誕生し複線化も進んだ頃のダイヤを再現する
第1回 日本の鉄道開業時の列車ダイヤを再現してみた

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