東急電鉄の田園都市線は東京・渋谷と神奈川・中央林間を結ぶ。この形態になるまでは紆余曲折あって、現在の渋谷~中央林間間という路線は2000年に成立した。沿線は多摩田園都市というブランドで知られ、人気の住宅地だ。田園都市線は都心へのアクセス路線として君臨しているけれど、乗客が集中し、遅延が常態化していた。そこで東急電鉄は急行運転を取りやめてしまった。当時は奇策と話題になった。

東急田園都市線。多摩田園都市開発の軸として君臨している(写真はイメージ)

列車ダイヤを見る前に、田園都市線の歴史を知っておこう。現在の渋谷駅から二子玉川駅までの区間は、かつて玉電玉川線と呼ばれる路面電車だった。この路線は旅客輸送だけではなく、玉川で採取した砂利を都心の建設資材として輸送する目的があった。

二子玉川~溝の口間の前身は玉電の支線の溝ノ口線。この路線は第二次大戦中に軌道から鉄道に改築され、大井町線の一部となった。この大井町線を起点として、東急電鉄は溝の口駅から西へと延伸する。その沿線は多摩田園都市として大規模な住宅都市開発が行われた。路線名も大井町線から田園都市線に変更された。1977年に玉電玉川線区間が地下路線の新玉川線として開業すると、田園都市線の快速が新玉川線に直通した。

1979年、田園都市線は二子玉川園駅で分割され、全列車を新玉川線に直通させた。二子玉川園~大井町間は折返し運転となり、路線名も大井町線に戻された。田園都市線と新玉川線は一体となり、事実上はひとつの路線となっていた。2000年、新玉川線は田園都市線に編入され、二子玉川園駅は二子玉川駅に改称された。

田園都市線を軸とした多摩田園都市開発は順調だった。宅地開発のため、田園都市線各駅から多摩田園都市の隅々まで東急バスを運行して乗客を集めた。その効果は絶大で、唯一のアクセス路線である田園都市線に乗客が集中した。東急電鉄は列車の長編成化や運行間隔の短縮で対応したけれど、遅延が常態化した。そこで東急電鉄は急行運転を取りやめてしまったのだ。田園都市線だけではなく、多摩田園都市にとっても大事件だった。

ここまでの知識を前提に、現在の東急田園都市線のダイヤを見てみよう。

東急田園都市線の平日ダイヤ(2015年9月)

当連載では、画像サイズの制限があるので、いつもこの大きさで1日のダイヤを圧縮表示している。今回は久しぶりに「塗りつぶし状態」になった。田園都市線の運行本数の多さを実感できる。

ほぼ全体にわたる青い線は急行だ。停車駅は渋谷駅・三軒茶屋駅・二子玉川駅・溝の口駅・鷺沼駅・たまプラーザ駅・あざみ野駅・青葉台駅・長津田駅・中央林間駅。27駅のうち、半分以上の17駅を通過する。土休日ダイヤは南町田駅にも停車する。それでもかなりの俊足といえる。ちなみに、南町田駅には東急グループのショッピングセンターがある。

朝の通勤時間帯にある緑の線は準急だ。急行との違いは南町田駅の全列車停車と二子玉川~渋谷間の各駅に停車すること。二子玉川~渋谷間では、急行は三軒茶屋駅のみ停車するけれど、準急は各駅停車となる。ご覧の通り、圧縮してみると線というより面となっている。準急の緑色でべったりと塗りつぶされた。それだけ運行間隔が詰まっているというわけだ。

急行と準急の違いを見るために、二子玉川~渋谷間の通勤時間帯を拡大してみよう。

東急田園都市線の平日ダイヤ(二子玉川~渋谷間)

見やすくするために上り列車のみ表示した。早朝と日中は急行運転が実施されており、桜新町駅で急行が各駅停車を追い越す。桜新町駅のホームは待避線側だけ。急行はホームのない通過線を使う。通勤時間帯は急行が準急に変わり、この区間は各駅停車と所要時間が変わらないため、線がほぼ平行になり、運行間隔を狭くできた。列車全体の所要時間は遅いほうに合わせなくてはいけない。しかし運行本数が増えれば、多くの乗客を運べる。

準急と各駅停車で、一部の列車が池尻大橋駅で長時間停車しているように見えるけれど、おそらく時刻表が1分ごとの繰上げ表記になっているため、誤差が出ているのだろう。あるいは混雑した渋谷駅に進入する前の時間調整かもしれない。

このように、通勤時間帯に優等列車を減らし、平行ダイヤ化して列車の運行本数を増やすという手法は、通勤路線ではよくある事例だ。しかし、2007年に実施した東急電鉄の施策は、「通勤混雑緩和の最後の手段」「施策の転換」として大きな話題になった。なぜなら東急田園都市線にとって主役の急行運転を取りやめたからである。

多摩田園都市にとって、田園都市線の急行はグループ全体の事業の中心だ。若者に人気でJR山手線とも接続する渋谷駅。その渋谷へ「急行でスピーディに行ける」。これが多摩田園都市の住宅販売にとって大きなイメージアップになっていた。それは田園都市線のダイヤにも現れている。作成したダイヤでは、ほぼすべての時間帯で青く染まった。田園都市線のダイヤも工夫されていて、急行が停まらない駅の乗客も、鷺沼駅・二子玉川駅で各駅停車から急行に乗り継げた。

だから渋谷駅まで急ぐ人は、遅くとも二子玉川駅で急行に乗り換える。そして三軒茶屋駅・池尻大橋駅へ行く人は三軒茶屋駅まで急行を降りない。その結果、沿線全体の人口増と合わせて、二子玉川~三軒茶屋間の急行へ乗客が集中した。急行の乗降時間が長くなり、列車が遅延する事態となる。せっかく急行に乗っても、各駅停車と所要時間が変わらない。いや、急行の遅延が各駅停車にも影響し、連日のようにダイヤの乱れが常態化した。

そこで東急電鉄が実施した苦肉の策が、「朝ラッシュ時の急行取りやめ」だった。急行運転のブランドを捨てて、定時運行の実利を求めたというわけだ。この施策は効果的だったようで、当初10本だった準急は現在、20本に増えた。また上りだけでなく下りの準急も運行されるようになった。

急行運転は所要時間を短くするサービスだけど、鉄道のサービスの本命は定時運転と駅に取り残される乗客を減らすこと。東急電鉄は田園都市線で平行ダイヤの有効性を実証した。これは他の通勤路線のダイヤ作成にも大きな影響を与えたと思われる。