2015年にパナソニックから発売された「創風機 Q」。直径約25センチのボーリングの球のようなかたちをした、これまで見たことのない扇風機で消費者を驚かせた。

翌2016年には、首振り機能を追加するスタンドが発売。2017年4月には、LEDによるイルミネーション機能を追加した第3世代となる新製品「F-BP25T」が発売となった。

パナソニック エコシステムズ 技術部 除加湿・ファン開発課の田井泰氏

市場に登場して以来毎年進化を続ける同商品について、パナソニック エコシステムズ 技術部 除加湿・ファン開発課の田井泰氏に、開発の経緯から製品化に至るプロセスなど、プロダクトとしてのデザインを軸にお話を伺った。

球状の扇風機は何故生まれたか

最初に、6つの穴が開いた球体という、これまでなかった扇風機のデザインはどういった経緯で生まれたのかを単刀直入に訊ねたところ、「デザイン先行ではなく、いかにコンパクトで効率的に、脈動のない風を静かに遠くまで届けられるかを追求してきた結果、辿り着いた形状」と田井氏は語った。

同製品が風を発生させる仕組みは、内蔵のターボファンを回転させることで背面の吸気口から取り込まれた空気が高圧化されて、噴出気流として風を送り出している。しかし、ターボファンによる風は全周に均一に発生する性質があるため、一方向に風を直進させるためには、円筒型の外装が必須になるのだという。内部はファンに対して同心円状に風路をつくることにより、風がスムーズに流れて静音性を保つことができるとのことだ。ターボファンで発生された風は、さらに"誘引気流技術"を組み合わせることで増幅されている。

「ユーザー自身が自由な使い方ができるように」と、"送風機"ではなく「創風機Q」という名称が用いられたというとおり、これまでにない扇風機の使い方をしたという意味でも革新的なデザインだ

「噴出気流が噴き出し口周辺の空気を誘引することで、内側の空気も誘引されて負圧となります。この誘引効果により風量が約7倍にまで増幅され、少ないファンの風で多くの風を発生させることができます。この誘引吸気のために必要な吸気口が、6つの穴を持つ球というデザインにつながりました」(田井氏)

ちなみに本製品の開発は、2012年ごろに社内で開催された「ヤングワーキング」というプログラムで出された、若手の技術担当者からの発案が発端になっているという。田井氏は「最終的な製品と最初のスケッチの形状はほとんど変わっていません。そのことからも分かるように、球状のフォルムははじめから奇抜なデザインを狙ったものではなく、誘引気流の特性を最大限発揮する構成を考えた、流体力学から導き出されたものなんです」と語る。

製品の内部構造。ターボファンと誘引気流技術を掛け合わせた仕組みであることがよくわかる

パナソニックでは、1988年度モデルの扇風機から"1/fゆらぎ"と呼ばれる独自の機能を搭載している。「扇風機は100年もの歴史がある中で、台座・支柱・モーター・羽根・ガードという構成は、現在まで変わっていません。各社は性能面や使い勝手、品質、デザイン、コスト面などで、長年改良を重ねてきましたが、"ストレスのない風"ということが課題にありました」と田井氏。

一般的なプロペラファンの扇風機というのは、1枚1枚のブレードで空気を切って前に押し出せて風を発生させる仕組み。田井氏によると、人工的に作り出した、いわば自然界には存在しない速い脈動の風であるため、人が浴び続けるとだるく感じてしまう性質があるのだという。そこで、“ターボファン”と“誘引気流”の技術を利用して脈動のない風をつくるだけでなく、実際に蓼科高原の風を計測解析し、自然現象にある心地いいと感じる自然のリズムをDCモーターで制御することで再現したのが"1/fゆらぎ"という独自の機能だ。本製品はプロペラファン以外の扇風機でこの機能を初めて搭載した商品でもある。

量産化に立ちはだかった成形の壁

一方、研究部門から引き継ぎ、実際に製品化するにあたっては、やはり一筋縄ではいかなかったとのこと。田井氏は具体的なエピソードとして次のように明かした。

操作部。5段階の風量の他に、パナソニック独自の"1/fゆらぎ"モードを搭載。球体で自由な角度で設置ができるため、ボタンの位置をどこにするかも議論の1つだったという

6つの穴を持つ形状を実現するための金型作成は至難の業。成形の際には、接合部分から少しでも風が漏れてしまうのは製品上NGのため、調整には並ならぬ苦労が費やされたとのことだ

「成形金型は外側に6方向、内側に6方向にスライドを設けなければ形状を実現できないため、高度な金型設計技術が必要で、金型メーカーと何度も検討・打ち合わせを繰り返しましたが、製造現場では、金型はできても成形ができないといった問題なども多くありました。例えば、誘引された空気の吸い込み口になっている6つの穴どうしの内部空間はファンの吹き出し口へ導く風路にもなっているので、接合部分から少しでも風が漏れてしまうと風圧が変わってしまいます。穴の部分は、スタンドの上で吹出し方向を変えるときなど、触れる場所にもなっているので、触った時のひっかかり具合や痛くないかなども含めて、かなり細かな嵌合調整が必要で、大変苦労しました」

空気の吸引口であると同時に、持ち手の役割も果たす穴の部分は、持った際の引っかかりや手なじみのよさなどさまざまな角度から調整が図られている

首振り機能を独立させた理由

冒頭で述べた通り、同製品は第2世代のモデルから首振りの機能が追加された。専用のスタンドをドッキングすることで360°回転できるようになるというものだが、本体と連結しなかったのには、次のような理由があるのだという。

「通常であれば本体と台を一体にするのがセオリーですが、球状のユニークな形を活かして、ユーザーがそれぞれ自由な使い方ができるのが製品のコンセプトでもあるので、あえて分離する構造を採用しました。営業部門からも、既存ユーザーでも使えるように別売品にしたいという要望もありました」

首振りスタンドのコードは、本体が動作していることを電気的に感知するためのものとしてあえて追加されているパーツだ

Qを首振りスタンドに置いた状態

ところが、独立して動く首振りスタンドを採用すると、上に他の物が置かれて別の用途に使われてしまう可能性があり、それが課題として生じたとのこと。そこで取られた方策は、創風機が動作していることを電気的に監視する方法。これにより本体が動作していることを認識して、スタンド単体では動作しない仕様にしたそうだ。

"新たな風と生活スタイルを想像する"

第3世代の新モデルでは、吸い込み口と吹き出し口から、ブルーとオレンジの2色LEDライトを発光する機能が加わった。新機能の狙いと、この2色を採用した理由を訊ねてみた。

「創風機 Qの新たな使い方の提案として、"風+光"による空間演出という価値の創出というのが狙いです。LEDは照明器具ではなく、イルミネーションという位置付けなので、運転中のみ点灯する仕組みになっています。LEDのカラーについては、リビングや寝室など"癒し"を求める空間にマッチする色を目指して検討しました。緑や紫といった色も候補にはありましたが、夏は扇風機、冬はサーキュレーションとして使用できる機能とも併せて議論を重ねた結果、涼しい印象を与える寒色系のブルーと、温かみのある印象を与える暖色系のオレンジの2色を採用しました」

本体のカラー展開はクリスタルレッド、シャンパンゴールド、パールホワイトの3色。LEDイルミネーションの色はブルーとオレンジの2色に統一されているが、本体色が異なるだけで雰囲気も大きく変わる。どの本体にも適したLED色や明るさの選択も試行錯誤の上、社内アンケートにより決定したとのことだ

カラーバリエーションとしては、パールホワイト、クリスタルレッド、シャンパンゴールドの3色を展開する本製品。5月には、本体がシルバー、首振りスタンドがレッドという『宇宙戦艦ヤマト』を彷彿させるコラボレーションモデルも限定で発売されている。

田井氏は今後も「"創風機"の名に込めた"新たな風と生活スタイルを想像する"というコンセプトに沿ったバージョンアップや新製品の開発を考えていきたい」と語る。これまでになかった扇風機の登場で市場にインパクトを与えた同製品の次期製品も楽しみだ。