コピーライターとは、言葉で多くの人とコミュニケーションをとる仕事。であれば、コミュニケーションの第一人者ではないかという観点から、仕事で心がけていることを伺っていくのがこの連載。今回は、ルミネの広告で女心を表し多くの人の心をつかんだ、博報堂 尾形真理子さんにお話を伺った。

長所、短所ではなく「特徴」を捉える

尾形真理子さん
博報堂 クリエイティブデザイン局 コピーライター。ルミネ「わたしらしくをあたらしく」、資生堂インテグレート「ラブリーに生きろ♥」など、多くのコピーで人々の心をつかむ。また、広告業務の他に小説、コラムや歌詞も手がける。2015年より、博報堂の発行する季刊誌『広告』の編集長も兼任。

――実務的なところで。社内で仕事を割り振られることが多いんですか?

若い頃はほとんどそうですね。今はクライアントからの指名や、自分がチームを作ることの方が増えてきました。どちらにせよ、自分で環境を選べる部分と選べない部分はあります。選べない部分に関しては、「やだなぁ」と短絡的に思うとつまらないので、自分のなかで勝手に目標をつくることはしています。趣向性の違う方と仕事するなら、「好みでない仕事の仕方とはどういうものなのか、見てみよう」とか(笑)。

――逆転の発想ですね!

いやだと思うことも、特徴と捉えたら色々知ることはできるんですよね。例えば一般的に足が速い人がいいといわれているけど、足が遅いからこそ見えている景色があったりとか……速いも遅いも高いも低いも、メリットという言葉に置き換えるとつまらなくなるけど、特徴として見たら、自分のなかで学びが生まれることがたくさんあります。

何本コピーを書いて持っていっても決めてくれないクリエイティブ・ディレクターとか、いやなわけですよ(笑)。若い頃は、「なんで決めてくれないんだ」「優柔不断じゃないか」と思っていました。でもそれだと不満でしかないから、先に進まないんです。"決めない"とはどういうことなんだろう? と、知ることを目的にすると、見方が180度変わりました。

――それは具体的な経験ですか?

そうですね。自分の中でかなり印象深い出来事だったのですが、決めない人のことを知ったら、それは"待てる人"だったんです。決められないのではなかった。たくさん考えて、もっともっと可能性を探ることを許してくれて、こちらが提案するものや書くコピーの精度があがってくるのを待てる力がある。「なんてありがたいんだ!」と、驚いた経験でした。

「待つ」というのは、相手を信じてないとできないし、もっと言えば自分の答えを持っていないと怖くてできません。もちろん、ただただ決めない人もいます(笑)。そして単純にわたしが書けてないから、どうやっても選ぶコピーがないということも。それとはレベルの違う「待てる」能力に気づいて学ぶことができたのは、自分のなかで転換してみたおかげだと思います。

ルミネ2014年夏「似合ってるから 脱がせたくなる」

相手の行動を、ポジティブにひっくり返す

――自分の理想の反応とは違う相手の真意を知ることができたら、コミュニケーションとしても強いですね

コピーは、基本的には相手がいる言葉ですが、受けとる相手の反応を100%予測できるものではありません。「あのへんにボールを蹴りたいな」では届かない、もしくは無視されてしまいます。「あの走っている選手の3歩先の左足にアシストしたいな」というくらいの精度を求めてはじめてキャッチしてもらえます。それでもわたしにできるのはアシストまで。そのあとに蹴るのは受け手なんですよね。「なんで拾ってくれないんだ!」って相手に不満をもっても意味がないんです。

――なんで蹴ってくれないんだ! とか……

そこに怒っていたら続けられないから、自分のできることは精一杯やる。根性ではなく、自分が受け取れる限りのポジティブな解釈をすることかもしれないです。それはクライアントやスタッフに対しても同じで、「あの人が決めてくれない」「あの人は遅い」「あの人はどうだ」という不満を、どこまであきらめずに、ポジティブにひっくり返していけるか。どうやっても変わらないところもあるんですけどね。

ルミネ2015年春「恋は奇跡。愛は意思。」

――その思考は、どうやって身についていったんですか?

……やっぱり、失敗だとか怒られたりとか外されたりとか、経験が大きいと思います。

うまくいっているときの、プラスのコミュニケーションって簡単なんですよね。たぶん恋人の関係とかもそうで、関係が良好ならば何を言ってもコミュニケーションになる。「このほうれん草おいしいね」「いやそれ小松菜だよ」っていう会話ですら、すごく幸せ(笑)。だけど、それが険悪な状況だったらどうなるでしょうか? 自分から踏み出せる一歩を持っているか。マイナスな状況を改善できる能力が、コミュニケーション能力なんだと思います。

――マイナスな状況は多いですか?

クライアントと世の中の人に、そもそも関係があるものばかりではありません。企業がAという商品を出したい、売りたいと考えても、消費者から見ればBでもCでもいい。「これを買ってほしい」ときに、どう回路をつくれば関係が生まれるか、と考える仕事なんです。マイナスな状況で、いかにプラスを作れるか。それは広告の思考なのですが、結局自分のキャリアの思考にもなっていると感じます。"くせ"に近いですね。

コピーライターには、シニカルに聞こえるようで、意味はポジティブ、という発言をする人が多いです。マイナスな状況をどこかで前向きにとらえていて……それはおそらく、口説く仕事だから。口説く側が先にくじけてしまったりいじけてしまったりすれば、相手との関係は終わってしまいます。

――もともと相手はこっちを見てくれてないぞと、マイナスな現状を把握しつつプラスに変えようとしているのですね

……今日ここに来るまでに覚えている広告はありますか?

――ちょ、ちょっと……

いやでも、そういうものなんです(笑)。無視されるのが前提です。自分に差し出せるものがなければ、仕事が来るわけないというのも、同じことです。

※次回は4月27日更新予定

『広告』
1948年創刊。博報堂の社員が中心となって編集制作を担当している。397号~404号の編集長として尾形真理子さんが就任。「なぜか愛せる人々」をテーマに展開している。現在発売中の398号では特集テーマとして「3cmのいたずら心」を掲げている。インフォメーションサイトはこちら