野球の時代は終わった

BCP(事業継続計画:Business Continuity Plan)とは、社会的危機が発生した後も事業を続けていくために策定しておくプランです。緊急連載「災害リスクに備えた企業コミュニケーションを考える」の最終回は、BCPを実戦するための組織論で締めくくります。

2010年、東京で開かれたBCPに関するセミナーで、「1年以内にBCPに着手したい」とアンケートに回答した企業が4%あったといいます。災害はいつやってくるかわからないことを改めて確認した今、4%の企業が東日本大震災の前にBCPに着手していたことを願うばかりです。

組織運営を「野球」と「サッカー」に置き換えた比較論があります。「野球型」は監督を頂点とした垂直方向の命令系統を軸とし、ピッチャー、キャッチャー、内外野と役割分担が明確な日本企業に多く見られる形態です。一方、試合が始まると監督の指示はそこそこに、現場の判断でポジションの前後左右が入れ替わり、選手の役割を固定化しないのが「サッカー型」です。それぞれに一長一短がありますが、BCPにおいてはサッカー型が求められます。

関東直下型地震が発生……その時

震災以前にBCPが注目されたのは、新型インフルエンザのパンデミック(爆発的流行)です。このときは中小企業庁が策定した「中小企業BCP策定運用指針 」にリーダーとサブリーダーという概念が織りこまれているように、主に「指揮系統」の保全に関する議論が中心でした。

いわば、監督代理を誰にするかという野球型の発想です。しかし電気、通信、交通が遮断された東日本大震災のような状況下では、そもそも監督の指示は現場に届かず、野球型では対応しきれなくなるのです。

監督からの指示が止まっても動ける組織がサッカー型です。こんな場面を想像してください。

首都圏にチェーン展開する居酒屋の仕入担当であるあなたは、関サバの買い付けで大分県に出張していました。そこに飛び込んできたのは、関東直下型地震が発生し、首都機能が壊滅状態になっているというニュースです。東京都心にある本社の電話は通じません。500本のさばを買い付けは終了していました。生ものは日持ちしませんし、首都圏に輸送できるかも不明……というかそんな心配をしている状況ではありません。

急場に強い「サッカー型BCP」

震災時に携帯電話が通じなくなるのは、もはや常識です。しかし、ネット回線が通じる地域では、テレビ電話の「スカイプ」に電子メール、ツイッターやSNSで連絡が取れます。また、東日本大震災の発生後、PHSのウィルコムは使用できたと言います。こうした情報伝達手段の「多重化」はBCPの基本で、グループウェアもその1つです。それは前回紹介した安否確認機能だけではありません。話を大分県に戻します。

大分県で途方に暮れているあなたのところに、同じく出張で札幌に出向いていた同僚から携帯に電話が入りました。密集するエリアを避け、空きスペースにいる選手を探してパスをだすサッカーのように、グループウェアに登録した予定表(カレンダー)から、「首都圏以外にいる同僚」を探して連絡してきたのです。自分の居場所という「情報」を伝達できるのはグループウェアならではです。

互いの無事と本部と連絡がとれない状況を確認したあと、同僚は「サバはどうした?」と訊ねます。返事に窮していると、同僚が提案します。

「関サバを売って義援金を送ろう!」

仕入れた関サバを仕入れ値+義援金でネット販売し、名前を売るというのです。卸元にも支払いができ、キャンセルで迷惑をかけることもなく商品を捌けば、事業を継続させる上で重要な「信用」を確保することができるというわけです。加えて義援金を贈れば被災者も喜び、ついでに売名もできれば、事業再開時には大きなプラスとなってかえってくることでしょう。

反対に壊滅した首都にある本部の指示を待ち続けて、サバを腐らせたうえにキャンセルを申し出たとすれば、事業が再開しても卸元は今後の取引に躊躇するかもしれません。緊急時の熟考は拙速に劣るのです。監督の指示を待たなければならない野球型がBCPに向かない理由です。

ネット販売に協力してくれる業者は札幌の同僚が探しました。「札幌テクノパーク」に代表されるように札幌にIT企業は多いのです。そして、一連の動きをグループウェア上にある「回覧板」に掲示したところ、被災を免れた同僚たちが次々と声を上げ、ツイッターやミクシィで外部に発信し、震災発生から12時間後にはすべてのサバは完売しました。

失点を避けることも大切

めでたし、めでたし……と、これは「ものがたり」。事業継続はここから本番です。

敵に攻め込まれ、味方が慌てているとき、野球と違い「タイム」をかけてゲームを中断できないサッカーでは、ボールを安全圏に蹴り出す「セーフティ・ファースト」が優先されます。もちろんこれはピッチ上の選手の判断です。震災時に「タイム」はかけられません。本部や上司の指示を待っているあいだに腐ったサバの代金は被災した会社が背負うことになるのです。事業継続の足枷となることは間違いありません。

社内の情報をネットにあげ、社員間で情報共有できる環境を準備しておけば、ピッチ上の選手が声を掛け合うように、サッカー型の情報共有が実現されるでしょう。「サッカー型情報共有」では、「横の連携」が何より大切です。

野球型よりもサッカー型が優れているというわけではありません。平時なら与えられた職務を忠実にまっとうする性質の日本人には野球型のほうが向いています。しかし、指揮官の声が届かない状況では、現場の判断で少なくとも失点を避けることができるサッカー型が向いているということです。欲を言えば、東日本大震災のような災害向けにサッカー型BCP、指揮命令は行き届く状況のパンデミック用に、野球型BCPを準備するのが理想的です。

緊急時もコミュニケーションがとれるdesknet's

前述した安否確認機能、スケジュール機能、回覧機能を標準で備えたグループウェアに、ネオジャパンのグループウェアは「desknet's」があります。desknet'sに安否確認機能が装備されたきっかけは、新型インフルエンザの流行です。社員が毎日必ず使うグループウェアを介して、安否確認が行えれば便利だろうということが狙いです。

desknet'sの安否確認機能は、災害時などに、個人が事前に登録しておいた連絡先に向けてメールを一斉配信して返答を求めるというもの。PCに加えて、携帯電話でメールを受信することもできます。配信を受けたら、安否状況の画面で、自分の状態を入力します。自由に入力できるコメント欄もあるので、簡単なメッセージを伝えることが可能。同僚の安否が気になったら、安否状況一覧を見ればすぐにわかるというわけです。

desknet'sの安否確認機能で社員に一斉配信される携帯電話向けのメール。メールの中のURLをクリックして、飛んだ先のサイトで必要事項を入力する

desknet'sの安否状況が確認できる一覧画面。お互いに連絡が取れなかったとしても、状況を把握することが可能

緊急連絡先を設定する画面。管理者と自分以外の人に連絡先を見られる心配はない

携帯電話用のメールアドレスはPC用のメールアドレスに比べて、端末の買い替えなどによって変更されることがあります。よって、「緊急連絡先として登録しておいたメールアドレスが使えない」なんてケースもあり得るでしょう。そこでdesknet'sでは、連絡先リストの有効性を確認するための機能も用意されています。

社内の複数の相手に情報を伝えることが出来る回覧・レポート機能も災害時の連絡手段として有効です。同機能では、コメントを作成者と閲覧者で共有できるので、複数のメンバーでの情報共有が簡単かつ迅速に行えます。

緊急連絡先を設定する画面。管理者と自分以外の人に連絡先を見られる心配はない

desknet'sには、小規模ユーザー向け「Standard Edition」、中規模ユーザー向け「Middle Edition」、大規模ユーザー向け「Enterprise Edition」と3つのエディションがあります。安否確認機能はすべてのエディションで利用できますが、Middle EditionとEnterprise Editionでは、グループ単位で防災管理者を設定し、グループ単位で安否確認することが可能です。これにより、拠点や部署ごとに管理者を任命した防災運用といったことも実現できます。

エピローグ

今回の連載の取材として、東日本大震災でBCPに成功したいくつかの企業に話を聞きました。どの企業も共通していたのは、原稿では紹介しきれないほど、さまざまな準備をしていたことです。そして、成功企業が異口同音に語るのは「日頃の練習の大切さ」です。

BCPを定めたら、それを実際に行動してシミュレーションをしているというのです。これは推測にすぎませんが、大きな揺れにさらされ、交通網が麻痺して、帰宅難民があふれかえった首都圏でパニックが起きなかったのは、関東圏では「関東大震災」に備えて小学生の頃から避難訓練を繰り返していたからかもしれません。

備えあれば憂いなし。この言葉を噛みしめながら筆を置こう……と思ったのですが、あと1つだけ。

「大規模停電BCP」もお忘れなく。計画停電経験者として、「電気がない生活」は想定外ではありませんので。