経済ジャーナリスト夏目幸明がおくる連載。巷で気になるあの商品、サービスなどの裏側には、企業のどんな事情があるのか。そんな「気になる」に応え、かつタメになる話をお届けしていきます。

経営の神様といわれる松下電器(パナソニック)の創業者・松下幸之助氏の言葉を前にすると、背筋が伸びる思いになりますね

CMを見ると、よく企業のスローガンも目にします。アサヒグループホールディングスは「その感動を、わかちあう。」同社はこの言葉を「コーポレートブランドステートメント」と定めているようです。パナソニックは、ブランドスローガンが「A Better Life, A Better World」で、キャンペーンワードが「Wonders! by Panasonic」。コスモ石油は「ココロも満タンに」と「ずっと地球で暮らそう。」と2つの言葉をスローガンにしています。

企業により呼び方は様々ですが、多くの企業は社外向けに「我々はこんなことを実現する会社ですよ!」と伝えるスローガンを持っているわけです。

また、社内向けのスローガンを目にすることもあります。こちらも「経営理念」「企業理念」など呼びかたは様々ですが、共通点をあげるなら……いずれも高邁です。

アサヒグループの経営理念は「最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します。」というもの。さらに「行動理念」も制定されています。アサヒグループの「企業行動指針」を一部引用すると、そこには「環境と安全への配慮」「公正で透明性のある企業倫理」など様々な項目があって、「独創的でスピーディーな企業行動」という項目の中には「時代の変化を先取りし、常に前向きで、スピーディーな企業行動に努めます。」と社員のあるべき姿が記されています。

なんか、きれい事にも思えます。まず、具体的じゃない。さらに言えば「それができたら苦労しないよ」とも感じます。

しかし、取材で様々な経営者に会うと、みんな口を揃え、企業理念やスローガンは大事、と言うのです。なんででしょう?

社長さんたちはサッカーの監督に近い!?

簡単に言えば、経営理念は、国で言えば「憲法」にあたるものなのです。

経営はサッカーに近い、と言われます。野球であれば1球ごとに、次はバントだ、ヒットエンドランだ、と監督が選手に指示を出せますが、サッカーは監督が選手に「ここへパスを出せ」と指示を出せません。同様に、企業活動のほとんどの場面で、社員は経営幹部の指示を仰ぐのでなく、自分自身で「こうする」「これはやめる」と判断していくことになります。

だから「当社は何を目指す」と明確にわかっていなければ、現場は正確な判断ができません。サッカーに例えれば……同点で後半ロスタイムを迎え、フォワードは「勝ちを狙って攻める」と考え、ディフェンダーは「引き分けでいい、守る」と思っていたとします。これではチームが機能しません。ディフェンダーが引き分け狙いで時間稼ぎを始めたら、フォワードはさぞイライラするでしょう。

そして、企業の理念を社員に浸透させていくことこそが、経営者の腕の見せ所なのです。ではどうすれば、高邁な経営理念やスローガンを全社員に浸透させられるのでしょうか?

西武、東急、サントリー スローガンの意味は?

例を挙げましょう。例えば西武鉄道は、社外に向け「でかける人を、ほほえむ人へ。」というスローガンを掲げています。でも、そう言えば部下も動くほど、組織は簡単なものではありません。経営陣は「スマイル&スマイル室」という部署を設立しました。この部署の社員には「西武線沿線をより多くのお客さまの笑顔で満たす」、その実現に向け「前例にとらわれることなく、斬新な仕掛けを考える」という使命が与えられました。

その後、実際に「スマイル&スマイル室」の社員は今までなかった企画列車を走らせようとします。例えば、電車の中で生ビールが飲め、どこに着くかはわからない「ミステリービアトレイン」。生ビールを電車の中で出すのは、保健所の指導に従う必要もあり、かなりハードルが高いのです。でも西武鉄道・若林久社長の答えは「安全を犠牲にしないなら、どんどんチャレンジしよう!」でした。

同時に若林社長は“乗客を笑顔にする試み”をした社員をとにかく誉めたと言います。例えば、社長がミステリービアトレインの盛り上がりを視察したときです。参加者が記念撮影しているところを駅員が見つけ、記念に制帽を貸してあげました。乗客は大喜び、社長はこの姿を見て「素晴らしい!」と誉めました。するとほかの社員も安心して「そうか、こういったサービスをすべきなのか!」と考えるようになり、次第に「でかける人を、ほほえむ人へ。」というスローガンが浸透していくわけです。

ちょっと高邁すぎて、意識が高いスローガン。でもよく練られているのです。例えばサントリーの「水と生きる」。あまり知られていませんが、同社は千利休も認めた山崎の水など、日本の名水を使う権利を持っていたりします。「うちは水からこだわっているのですよ」という矜持が見えてきます。

ほかには、東急グループの「美しい時代へ」。平成以降、世の中は物質的に豊かになり、人は「何がほしいか」でなく「どう生きるか」を考えるようになりました。価値観が多様化したのです。しかし誰もが「美しさ」は求め続けるはず。一方、東急グループは百貨店、不動産、スポーツジム、学童保育など様々な企業を持っています。そこで、これらグループ企業の活動を通し、皆が「美しさ」を追求する応援をしよう! といった意味が込められています。

就活のときや、ほかの企業を訪ねるとき、スローガンや企業理念の意味を調べていくと、先方に喜んでもらえるかもしれませんね。

著者略歴

夏目幸明(なつめ・ゆきあき)
'72年、愛知県生まれ。早稲田大学卒業後、広告代理店入社。退職後、経済ジャーナリストに。現在は業務提携コンサルタントとして異業種の企業を結びつけ、新商品/新サービスの開発も行う。著書は「ニッポン「もの物語」--なぜ回転寿司は右からやってくるのか」など多数。