経営者は3文字言葉がお嫌い

経営とITの整合を取っていく、効果のあるITを構築する、安定したITサービスを提供するなど、IT組織のやらねばならないことは明確である。しかし、経営者とIT組織の仕事のスタイルの違いなどの理由で、双方の心が離れていくような、また組織の足元を揺るがすような事件が発生することがある。

IT屋にしてみれば基本的な用語くらい知っておいてほしいものだけど、経営者にしてみればそれをわかりやすく説明するのがIT屋の仕事だろ!ということになってしまう…

よくあるのは、短気な経営者の存在によるものである。こう言うと「なんて失礼な!」と激怒される経営者、まさにその人だ。経営者は、常に判断を求められる職種なので、普通のITの人から見るとかなり短気に見える。3文字の略語で示す技術用語の乱発は、「だから何なんだ!!」と経営者の逆鱗にふれる確率大である。

この"短気な人"に説明するのは骨が折れるし、IT屋はIT(いわゆるコンピュータ)を触るのが商売ゆえ、うだうだ説明することは疎ましく感じる。

だが、IT組織のほうにも問題はないだろうか。IT組織の部屋に行って、朝から晩まで一心不乱に、無駄口もたたかずに、キーボードに向かっている異様な集団の姿を見ることができれば、むしろそちらが問題だろう。この状態のIT部門は、短気な経営者以上に危険な存在かもしれない。彼らはITに興味がある。これは当たり前だが、問題は、興味がないことについては徹底的に興味を示さない、また興味のあることはとことんまで"技術的に"かつ"論理的に"説明したがるということである。ひと言で言うと人の話を聞けないIT屋が増えているということになる。

これに対して、経営者は通常は現場の意見を聞こうとする。現場の社員が会社を支えてくれていることを知っているからだ。したがってどんなことにでも興味は示す。しかし、「技術的」に、そして「じっくりと」は聞きたくない。直感的にわかるような表現でずばっと答えてもらいたいからだ。これがIT屋から見ると短気に見える。

日本語どうしなのに言葉が通じない人々

典型的なやり取りをシミュレーションしてみよう。

社長: 今、いろいろなことでマスコミが騒いでいるが、我が社は大丈夫か?
IT: 先日、ファイアーウォールを設定して、ネットワークはだいたい大丈夫だと思います。あとPCの割り符ライセンスの配布をしたのですが、まだ全社員に徹底はできていないかと思います。割り符のセットアップについては、資源配布ソフトに入れていますが、リモートアクセスユーザーが多くて、配布中にタイムアウトしてしまいます。回線が細いことが問題です。
社長: ……結局、大丈夫なのか? ちゃんと答えろ!
IT: だいたいは大丈夫なはずですが、問題もあるということです。
社長: それじゃ答えになっておらん。なんだそれは! 1億も使って、まったく役に立っていないじゃないか!!
IT: …………!!!(もう絶対に喋ってやらないぞ!!!)

IT屋としては、どうせ細かいことを技術的に話してもわからないのだから、経営者にわかる程度の話にしたつもりなのに、それが逆にあいまい表現の嵐となっている。わかりにくいことをぐだぐだ言われ、肝心なことを聞けない経営者にとっては、怒り出すのに十分な素材だった。

情報システムに携わる人がすべてこうなるのではない。しかし最初に述べたように、ひたすらキーボードに向かっている連中ばかりの職場があれば、多かれ少なかれこのような状況になる可能性を秘めていると言える。情報システムの人は心して改善しなければならない。

システムは"心"で作られる

情報システムの人にずいぶん不利なことを書いたようであるが、経営者一人がまずいのならまだましである。トップは交代させることができたとしても、肝心の多くの社員が人の話を聞けないようでは危うい。

もっとも、人の話を聞かない経営者と人の話を聞けないIT屋だけではない。この世には、人の話を早とちりする輩も存在する。早とちりの典型は、説明をしているときに、話を遮りながら、「あー、なるほど、わかりました。その通りですよね。すぐにやります」と、勝手にわかったつもりになってしまう人のこと。勝手に理解し、勝手に行動するからタチが悪い。

こういう人は、何かが起こったときに「XXさんが言っていたからこうした」と言い訳するのも得意だ。また早とちりの人には、たとえ話が一番良くない。「もっと経営にインパクトのあるITの使い方が欲しいな」「そうですね。本当にその通りです。たとえば…ポータルを使った広告収入モデルも典型ですね」「そうだな。そういうのもあるね」---こういう話が経営者との間で交わされでもしようものなら、「社長は、広告収入を得られるITにしろと言っている」と周囲に伝えまわる。直接聞いていない社員は、あらぬ方向に突っ走る。同じような話は枚挙にいとまがない。

情報システムは多くの人ので支えられている。システムを作るための要件定義がきちんとできるのも、人の話をしっかり聞いているからである。また、使う人のために「どうやれば仕事が改善されるのだろうか」という前向きの心、「このままでは迷惑をかけるかもしれないから、もう一度確認しよう」と相手を思いやる心。心の持ち方で情報システムの品質はまったく変わってしまうものだ。

逆に言うと、「よくわからないけどこんなものでいいや」「まあ何とかなるだろ」「確認していないけど大丈夫でしょ」という心ない行動が連続するようなところでは、情報システムも一瞬のうちに瓦解するだろう。これを読まれているあなたのところはどうだろうか。足下がぐらぐらしてないだろうか?

「使うは天国、作るは地獄」というフレーズの通り、技術者が苦しんだ末に作り出した便利なシステムも、使う側は「便利だなー」で終わり。今度はそれ以下のものを認めなくなる。そうはいっても、一度凝り出すとそこから抜け出せない技術者は多い…

(イラスト ひのみえ)

執筆者プロフィール

中村 誠 NAKAMURA Makoto
日立コンサルティング シニアディレクター。 情報システム部門での開発/運用の実務経験、データベース、ネットワーク、PC等の導入、会社全体の情報システム基盤設計経験を通じたITに関するコンサルティングが得意分野。