第1回では、知的財産を軽視することに起因する誤解、第2回では、知的財産の利益を「自社事業のマーケットをコントロールできる事業活動上の利益」ではなく「具体的な金銭的利益」と考えてしまう誤解、そして第3回では、知的財産が自社に存在しないという誤解について説明した。

今回は次のような誤解を取り扱う。

「わが社は知的財産の件数が大企業のように多くはないので、必要に応じて、弁理士や弁護士の先生ら外部の専門家に任せておけば良い」

このように考えている企業は非常に多い。しかし、これは完全なる誤解であり、日本の中小企業の最も大きな課題を示している誤解なのである。

「必要に応じて」を誰が判断するか

実はこの考え方には大きな間違いがある。どこに間違いがあるか、お気付きであろうか。間違いに気付くためには、2つの大きなポイントがある。

そのポイントとは、

  1. 「必要に応じて」を誰がいつ的確に判断するのか
  2. 知的財産を「お任せ」して良いのか

の2点である。

まず第1のポイントを見てみよう。

「必要に応じて」を誰がいつ的確に判断するのかについては、経営者がきちんと判断しているという反論があるかもしれない。例えば、社内で社員から発明の報告がでてきた場合、特許事務所に電話して出願を依頼しているので「必要に応じて」専門家を利用している。また、このような特許出願は年に数回にすぎないから、常時知的財産の担当者を置いておく必要はなく、その結果、固定費である人件費も節約できて全く問題がない、という反論などである。

しかし、特許出願を依頼する前には本来、特許出願をすべきか、あるいは特許出願しないでむしろノウハウ(営業秘密)に留めておくべきかという判断が重要になる(第1回参照)。

すなわち、出願を外部の専門家に依頼するということは実は既にノウハウ(営業秘密)としての保護よりも特許権を取得することによるメリットの方が大きいという、専門的かつ経営的な判断を行っていることになるのだが、このような判断は知的財産に詳しい人材が社内にいないと難しい。

特許出願するかノウハウとして自社にとどめるかといった判断は、ライバル社の動向などを見極めるなど、高度な経営的知識が必要とされるため、単に外部の専門家に任せればいいというのは大きな誤解である。

特許請求の範囲決定は、専門家だけでは無理

また、こうした判断を適切に行えたとしても、特許権というのは、考え出したアイデア全体について独占できるわけではない。というのも、特許権というものは、考え出したアイデアのうち、特許出願書類の特許請求の範囲という場所に「書かれた文字」の範囲のみ、権利が与えられるものだからである。

実はここに特許出願の難しさが潜んでいる。

例えば、自社がバンパーを製造する会社で、バンパーが鉄のバンパーだけだった時代に「ゴムなら弾力があるので、ゴムをバンパーに使えば、軽い接触事故でも大丈夫じゃないか?」と考え、試作品としてゴムのバンパーを作ったとする。その試作品がよくできていたので特許出願書類に「ゴムのバンパー…」と書いて特許を取得したとしよう。だがこのような場合、他社が「ウレタン性のバンパー」を販売することに関して文句は言えないのである。

分かりやすく説明しよう。確かに、このアイデアの本質は「弾力のあるバンパー」であったかもしれない。だが、特許出願書類の「特許請求の範囲」に「ゴムのバンパー」としか書いていない以上、「ウレタンのバンパー」には権利が及ばないのである。

上記の説明で、考え出したアイデア全体ではなく、あくまでも「特許出願書類に書かれた文字」にしか権利が及ばないという意味がご理解いただけたであろうか。そして、このように、適切な「文字」を選択して書くプロフェッショナルこそ、弁理士という専門家なのだ。

しかし、いくらプロでも、出願を依頼した企業の今後の事業展開やライバル企業をはじめとする業界動向を知らなければ、専門家としての能力の発揮は限定的となる。

したがって、特許出願の際にそのような情報を伝えないまま、外部の専門家に「お任せ」することなどは到底無理なのである。特許出願書類の内容をこのような観点から確認・チェックし、外部の専門家に必要な情報を適切に伝える社内の人間の存在は、必要不可欠なのである。

「リスクマネジメント」としての知的財産業務

更に、特許に関連する仕事はこのような「出願」だけではない。自社が特許権を取得できる可能性があるということは、ライバル企業も同じくらいの確率で特許権を取得できる可能性がある。

そうしたことを考えると、ライバル企業がどのような権利を出願しているかを随時チェックするという「リスクマネジメント」としての仕事(他社権利調査とかウォッチングという)が非常に重要となる。このような仕事は、定期的かつ継続的に行う必要があるが、そもそもこのような仕事を「必要に応じて」外部にお願いすることは、事実上不可能なのである。

また、「知的財産」は何も「特許」に限らない。自社の社名について商標を出願する必要性(第3回参照)などの判断を知的財産の知識なしに「必要に応じて」外部に依頼することもまた、不可能なのである。

さらに最近、「産地偽装」など各種の偽装が社会的問題となっているが、この「偽」問題こそ、知的財産の問題そのものなのである。あまり知られていないが、「産地」を偽装する行為は不正競争防止法という知的財産法の違反事件(虚偽表示)に他ならない(ミートホープも船場吉兆も不正競争防止法違反で強制捜査されている)。

したがって、このような問題が起こる前の段階で、きちんとした知的財産担当者がいれば、防げた可能性がある。

こうして見てくると、特許などの知的財産に関して、「必要に応じて」のみ「専門家に任せる」といった考えは、適切ではないことがお分かりになっていただけたのではないだろうか。

次回も引き続き、知的財産に関する人的資源の問題についてとりあげる。

(イラスト 牧瀬洋)