2015年3月30日、中華人民共和国の四川省にある西昌衛星発射センターから、「長征三号乙」ロケットが打ち上げられた。ロケットの先端には、中国の全地球衛星航法システム「北斗」を構成する人工衛星が搭載されていた。

北斗は米国のGPSなどに対抗する中国独自の衛星航法システムで、現在はまだ中国周辺のアジア・太平洋地域でしか利用できないが、2020年ごろにはGPSと同じく、地球上のどこでも測位ができるようになる予定で、今回打ち上げられた衛星は、まさにその嚆矢となるものであった。

この打ち上げではまた、北斗などの人工衛星を目的の軌道まで送り届ける、「遠征一号」と呼ばれる上段が初めて使用された。

今回は北斗と遠征一号について、全3回に分けて紹介する。

北斗衛星17号機を搭載した長征三号丙ロケットの打ち上げ (C)The State Council of the PRC

「遠征一号」上段 (C)中国航天報

中国版GPSこと「北斗」

カーナビや携帯電話の道案内機能や、デジカメで撮影した写真の位置情報など、人工衛星を使った航法・測位システムは、すでに私たちの生活にとって必要不可欠なものになっている。

現在この衛星航法システムは、米国が運用している「GPS」を筆頭に、ソヴィエト・ロシアのGLONASSがある。また欧州では「ガリレオ」の構築に向けて衛星の打ち上げが進んでおり、インドでも同国の周辺のみを対象にした「IRNSS」の打ち上げが行われている。そして日本も、米国のGPSを補完する目的で「みちびき」の構築を目指している。

そして中国もまた、GPSなどと対抗する、独自の全地球衛星航法システムの構築を進めている。それが「北斗」だ。

北斗とは有名な星座「北斗七星」のことで、中国では古代から、北斗七星を天帝の乗り物と見立てるなど深く親しまれている。また天測航法、つまり天体を観測することで自分の位置を測っていた船乗りたちにとっては、北斗七星は北極星(ポラリス)を見つける手がかりとなる星座としても有名で、衛星航法システムにとってはまさにうってつけの名前だ。また、中国国外へのサーヴィス展開を意識してか、「COMPASS」(コンパス)という英語の名称も付けられている。

北斗のシンボルマーク。北斗七星が描かれている。 (C)BeiDou Navigation Satellite System

中国が衛星航法システムに目をつけたのは意外に早く、1960年代のことであったとされる。衛星航法システムの原理自体は当時すでに確立されていたが、60年代というと、GPSを構築した当の米国ですらまだ研究の段階にあり、GPS衛星の開発や打ち上げが始まったのは70年代になってからのことだ。当然、人工衛星も満足に打ち上げていない当時の中国にとっては到底手が出る技術ではなく、基礎研究のみで終わったとされる。

1980年代に入り、中国は静止軌道に人工衛星を打ち上げられる「長征三号」ロケットの開発に成功したことで、衛星航法システムの構築がようやく実現可能となった。1983年、2機の静止衛星を使った実証実験を行うことが提案され、1988年に打ち上げられた通信衛星「東方紅二号A」の2号機と3号機で実現。これにより、衛星を使った航法システムの構築が実際に可能であることが実証できたとされる。

この成果を下敷きに、中国政府は1994年、「北斗衛星航法実験システム」を構築する決定を下した。「北斗」という名前はこのときに付けられている。このシステムは「双星定位」と呼ばれ、前述の実証実験と同じく、衛星2機で航法を行うというものだった。衛星の製造に当たっては、中国が開発に成功した静止衛星バス「東方紅三号」が用いられた。

そして2000年に1号機と2号機が打ち上げられ、2003年には予備機として3号機が打ち上げられた。2007年には4号機も打ち上げられたが、打ち上げ直後に故障したとされる。ただ、後に問題は解決され、予定通りの軌道に入ったとされるが、打ち上げから2年ほどで運用を終えている。

この北斗実験衛星の衛星はすべて静止軌道に投入され、まず1号機と2号機の2機の衛星から出される信号を地上で受信し、その位置を割り出す実験が行われた。その後試験的に、また中国国内限定ではあるものの、航法サーヴィスが開始された。

しかし、衛星航法で数m単位の正確な位置を出すためには、最低でも4機の衛星を、それぞれ異なる軌道に配置することが必要である。この時点では2機の衛星が、緯度が違うだけの静止軌道から信号を出していただけであり、測位の精度は100mほどと、とても使い物になるものではなかった。その後、3号機と4号機が追加されたが、それでも最高で20mほどだったという。もっとも、この精度の問題は、衛星を数さえ打ち上げれば解決する話であり、4機で打ち止めにしたということは、中国にとってはサーヴィス開始はついでのことであり、本当のところはあくまで「実験機止まり」という位置付けだったのだろう。

実際、このあと中国は本格的な衛星航法システムの構築を目指し、続々と新型機の打ち上げを始めた。

北斗衛星航法実験システムの想像図 (C)CNSA

北斗実験衛星の想像図 (C)BeiDou Navigation Satellite System

北斗二号

本格的な衛星航法システムを構成する新型の北斗衛星は、2007年から打ち上げが始まった。この新型機は、公式には「北斗」とか「北斗衛星」としか呼ばれていない。したがって新型機の1号機は「北斗航法衛星1号機」という、まるでそれ以前に北斗という衛星がなかったかのような名前になっている。もちろんこの衛星からが本番であるから間違いというわけではないのだが、これでは非常に紛らわしいことから、非公式ながら実験機シリーズを「北斗一号」、そしてこの本番機シリーズを「北斗二号」と呼ぶのが通例となっている。

まず軌道上実証機となる1号機が2007年4月14日に打ち上げられたのを皮切りに、2012年10月25日までに全16機が打ち上げられた。打ち上げそのものはすべて成功したが、北斗衛星2号機はロケットから分離された後に故障し、予定していた静止軌道への到達ができなかったと伝えられている。その他の15機に関しては問題なく稼動しているようだ。

衛星が投入された軌道は、静止軌道、傾斜対地同期軌道、そして中軌道の、大きく3種類に分かれている。静止軌道は通信衛星などでもおなじみの、地球の赤道上約3万5800kmにある軌道だ。傾斜対地同期軌道は、その静止軌道を赤道上から55度傾けた軌道で、別名「準天頂軌道」とも呼ばれる。中軌道は高度2万1500km、赤道からの傾きが56度の軌道で、地球の周囲を120度ずつ、3つの軌道面に分けて、それぞれに10機程度が投入される。北斗二号の全16機のうち、静止軌道には6機、傾斜対地同期軌道に5機、そして中軌道に5機が打ち上げられている。

北斗二号の開発では、実験衛星と同じく東方紅三号バスが用いられた。ただ、造られた衛星には大きく2種類があるとされる。まず傾斜対地同期軌道と中軌道に打ち上げられた衛星は、打ち上げに使われたロケットが同じであるため、基本的に同型機だと推察される。一方、静止軌道への打ち上げには、より強力な打ち上げ能力を持つロケットが使用されたことから、傾斜対地同期軌道や中軌道に打ち上げられた衛星よりも、1.5倍ほど大型であると推察される。

静止衛星用の北斗二号 (C)CAST

傾斜対地同期軌道、中軌道用の北斗二号 (C)CAST

2012年10月25日に16号機が打ち上げられ、軌道上での試験を経て運用に就いた後、中国は同年12月27日をもって、アジア・太平洋地域を対象にした航法サーヴィスの開始を宣言した。測位の精度は実験衛星よりも大きく向上し、民間向けで10m、軍向けには10cmの精度が出せるという。ただ後者は、もしくは前者も、おそらく地上に置かれた基準点など使って補正した際の値だと思われる。

このアジア・太平洋地域を対象にしたサーヴィス開始の後、北斗の打ち上げはしばらく行われなかった。だが2015年3月30日、全地球規模でのサーヴィス展開に向け、第3世代機にあたる「北斗三号」の1号機、正式名称「北斗衛星17号」が打ち上げられた。

(次回は4月30日に掲載予定です)

参考

・http://www.globalsecurity.org/space/world/china/beidou.htm
・http://www.beidou.gov.cn/2015/04/01/20150401b4b91ddc2
13a45129a665ea3272b5aed.html ・http://www.beidou.gov.cn/2011/12/06/20111206e06b16a3b
d8846459b969277a3317e5b.html ・http://www.beidou.gov.cn/2011/12/06/20111206b2f67bec7a
a64d10a794b52f1db3c0a6.html ・http://www.janes.com/article/50385/china-pursues-global-
satellite-navigation-capabilities-with-expanded-
beidou-2-compass-constellation