前回は、BS放送に新しく開局した無料チャンネル「Dlife」と、インターネット配信サービス「Hulu」の紹介をした。どちらも、米国ドラマがコンテンツの中心であり、米国ドラマファンにとってはコンテンツを手軽に利用できる環境が整ったといえる。以前であれば、レンタル店に足を運んでDVDを借りる必要があったが、観たい米国ドラマがDlifeで放送されていれば無料で観られるし、一気に全話を観たければ月額1,480円のHuluに加入すれば良いのだ。

唐突ですが、BS観てますか?

しかし、前回も触れたように、世間的にはDlifeもHuluもそれほど騒がれていない。なぜなら、BS放送やネット配信は地上波テレビ放送と比べて、まだまだ多くのハードルが残されているからだ。今回は、BS放送が抱える問題を筆者なりに提起してみたい。

まずはBSデジタル放送の世帯普及率をチェックしてみよう。民放のBSデジタル局6社が合同で行った2011年末の調査では、世帯普及率は72.3%だ。7割の家庭はBSデジタル放送を観られる環境が整っていることになる。思いのほか、と言っては失礼だがかなり高い普及率だ。

では、視聴率はどうなのだろうか?

こちらについては確たる資料がない。日本でもっとも大がかりな視聴率調査を行っているのは、ビデオリサーチという会社で、関東や近畿、中京などランダムに選ばれた600の協力世帯に測定装置を取り付けて計測している(この他の地域でも測定は行われている)。この測定装置では、BS放送のチャンネル別の視聴率も測定されている。しかし、なぜかビデオリサーチの視聴率報告では、BS放送の各チャンネルは一括して「その他の局」として合算されてしまっているのだ。

理由はよく分からないが、おそらくはBS放送の視聴率が低いためであると推測される。

では一体、BS放送の視聴率はどの程度なのだろうか。その一端を知ることができる資料がある。それは、NHK放送文化研究所が発表している「個人視聴率調査」だ。こちらはNHKが独自に行っている調査で、アンケート方式で視聴率を調べたもの。地上波だけでなくBSのテレビ放送の視聴率、ラジオ番組などの聴取率も掲載されている。さらに、NHKは地上波とBS放送で同じ番組を放送していることがあり、これを比べることで、BS放送がどのくらい視聴されているかが把握できるのだ。

【表1】NHKと民放(一括)の、1日あたりの視聴時間平均 【出典】NHK放送文化研究所「2011年11月全国個人視聴率調査」

まず、1日あたりのテレビ視聴時間が掲載されている(【表1】)。これによるとNHKは1時間2分視聴されており、そのうち衛星放送が視聴されている時間が占めるのは6分だった。これは約9.7%でしかない。また、民放を含めたテレビ視聴時間の合計は3時間53分で、このうち衛星放送は15分。これは全視聴時間の約6.3%という割合だ。

驚くことに、NHKラジオの聴取時間は14分、民放ラジオの聴取時間は17分で、合計31分に上る。衛星放送の視聴時間は、ラジオの半分程度でしかない。

【表2】同じく「2011年11月全国個人視聴率調査」より、地上波とBS放送の両方で放送されている番組の視聴率を比較。大河ドラマ、朝の連続テレビ小説ともに、BSで観ている人の割合は15%程度だ

さらに、NHKでは地上波とBS放送で同じ番組を放送している。大河ドラマと連続テレビ小説だ。もちろん、時間帯が違うので正確な比較はできないが、地上波とBS放送のおおよその比較はできるだろう(【表2】参照)。すると、同じ番組をBS放送で観ている人は、大河ドラマで13.9%、連続テレビ小説で15.6%ということになる。先ほどの視聴時間と合わせて考えると、BS放送を観ている割合は10%程度というところだろう。いずれにせよ、普及率が70%であることを考えると異常に少ない数字だ。

"非ファミコン世代"にはハードルの高いユーザーインタフェース

なぜ、BS放送の視聴率はここまで低いのだろうか。その原因のひとつはアクセスの悪さにある。テレビの見方の基本は、時計を見て時間を確かめた上で、新聞の番組表から観たい番組を見付け、リモコンのチャンネル番号を押すというものだ。読者諸氏の中には、「そんなテレビの見方はしていない。テレビの電源を入れて電子番組表を表示して、そこから番組を選んでいる」と、この"基本スタイル"に異論を唱える人もいるだろう。

しかし、電子番組表の利用には大きなハードルがある。それはカーソルキーを使わなければいけないということだ。比較的若い人にとって、右キーを押せば画面が右に移動し、下キーを押せば下に移動するという点で、カーソルキーはたいへん分かりやすいインタフェースだ。だが、これは"ファミコン世代"以降のことである。"ファミコン"(編集部注:任天堂「ファミリーコンピュータ」のこと)になじみがない世代にとっては、ファミコンの十字キーに似た、テレビリモコンのカーソルキーというのはよく分からない未知のインタフェースなのではないだろうか。

ファミコンの発売は1983年。1950年生まれの人は、この時点で33歳だ。つまり、1950年以前の人は若い段階でファミコンに親しんだ世代ではない。つまり、現在60歳以上の人たちにとって、テレビの番組表を起動し、カーソルキーを使って番組を選ぶというのは、かなり難解な作業といえるのではないだろうか? そのような難しい操作をするよりは、新聞の番組表を見てチャンネル番号のボタンを押すという、シンプルな操作法を好んでも当然だろう。

しかし、新聞に掲載されているBS放送の番組表は簡易版であることが多く、番組の内容がよく分からない。また、気に入った番組が見付かっても、チャンネル番号が「238」など3桁なので、どうしたらいいのか分かりづらいだろう。

【グラフ】世代別の1日あたりのテレビ視聴時間(平日、縦軸が時間)。女性は高齢になるほど視聴時間が増えるが、男性はファミコン世代以降、急激に視聴時間が伸びる。退職により、時間に余裕ができるせいだろう。しかしその世代は、電子番組表ではなく、新聞の番組表に頼っている人が圧倒的に多い 【出典】NHK放送文化研究所「2010年国民生活時間調査」

しかも、"高齢社会"となった現在の日本では、1950年以前生まれの"非ファミコン世代"は30%近い。さらに、この世代はテレビ視聴時間がきわめて長い。同じくNHK放送文化研究所の「日本人の生活時間調査2010」(【グラフ】)では、30代の男性ではテレビの視聴時間は2時間3分にすぎないが、60代では4時間29分、70代では5時間39分となっている(平日)。つまり、非ファミコン世代はファミコン世代のおおよそ2倍の時間もテレビを観ていることになる。

人口の30%を占める非ファミコン世代が他の世代の2倍の時間もテレビを観ているのだから、視聴率への影響はより大きなものになる(※)。この非ファミコン世代がテレビのインタフェースになじめず、BS放送をほぼ観ていない。これがBS放送の低い(であろう)視聴率の大きな原因になっていると推測される。


※ 当該部分について、掲載当初は別の記載をしておりましたが、正しいものではなかったため、訂正致しました。

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