もう多くの方は地デジ対応をされていると思う。NHKが発表した今年7月までの普及率速報値でも地デジ機材は8026万台。100%普及が約1億台だから、普及率は8割を超えたことになる(ただし、この数値はテレビとレコーダーを単純加算しているし、デジタルテレビをすでに持っていて、さらに買い替えたというケースを考慮していないということはあるが、その分を割り引いても、最低でも7割前後になってはいるだろう)。しかし、3割のまだ地デジ未対応の方、あるいは複数台テレビをもっていて、2台目、3台目がアナログの方は、そろそろ地デジ化を真剣に考えた方がいい。間際になると、さまざまな問題が起こってきて、地デジ難民になってしまう可能性があるからだ。

ひとつはエコポイントが今年の年末で終わってしまうことだ。もちろん、延長される可能性もゼロではないが、そこに期待するのはあまりに虫がいい話だろう。テレビの販売台数が落込むことは明らかで、メーカーとしては年末のボーナス商戦で高額の大型テレビを売り切り、エコポイント終了後の年明けからは、小型で低価格のパーソナルテレビの販売に力を入れていく可能性がある。アナログ停波前の駆け込み需要を狙うのであれば、多くの人が機能よりも価格を重視するだろうからだ。つまり、来年になると、テレビ購入には割高感がつきまとうようになり、なおかつ実質的な選択肢も少なくなる可能性がある。

もうひとつは、この連載でもお知らせしたテレビ廃棄問題だ。電子情報産業技術協会(JEITA)の試算では、廃棄されるテレビのリサイクル処理は十分可能だとなっているが、その試算方法に納得がいかない点があり、間際になると、テレビを捨てられない、収集までかなりの時間待たされるという事態が起こるのではないかと以前指摘しておいた。

さらにもうひとつ、不安なのが、アンテナ工事が間に合うのかという問題だ。テレビは販売店でその日に買えるが、アンテナ工事が数ヶ月先などという事態になったら、アナログ停波に間に合わないということにもなりかねない。販売店やアンテナ工事会社の人にインタビューをしてみると、ほぼ全員が「数値的な根拠があるわけではないが、実感としてアナログ停波までにアンテナ工事は間に合わない」と口を揃える。

このアンテナ工事問題に関しては、今年の4月に三菱総合研究所が「地デジ化に向けてのアンテナ工事量の需給予測」を発表している。結論は「ぎりぎり対応可能と予測できるものの、この4月以降、平準化して工事対応ができることが必須の条件となる」というもの。アナログ停波間際には、「平準化」など無理な話なのだから、停波直前には工事が間に合わず、アンテナ工事は停波後となるケースも出てくると考えられる。

この三菱総研のレポートは、さすが民間のシンクタンクだけあって、推定のしかたがきわめて納得がいく内容のものとなっている。詳しくはプレスリリースをご覧いただくとして、簡単に内容を紹介しよう。このレポートの特長は、必要工事人数を単純計算するのではなく、高い専門性が必要な工事と一般のアンテナ工事に分けて考えている点だ。戸建て住宅のアンテナ工事は、ある程度の知識があれば比較的容易だが、4階建て以上のマンションの工事や受信障害対策の共同アンテナなどの工事は、高い専門性が要求される。一般のアンテナ工事は、いわゆる「街の電気屋さん」でじゅうぶんまかなえるが、専門性を必要とする工事は専門の作業員も必要になるし、作業時間も長くなる。

また、工事の必要な施設数は「個別受信」「集合住宅」「共聴施設」「辺地共聴施設」の4つにわけたうえで、さらに専門性が必要かどうかに分類し、工事に必要な人日を推定している。非常に精密な分析で、さすが三菱総研と思わせる内容だが、それでも正確な統計がなく、推定の前提をいくつか使用している。ひとつは「地デジ未対応の個別受信世帯の1/3がアンテナ工事が必要」、もうひとつは「集合住宅では、地デジのみ、地デジ+衛星、ケーブル対応の割合が4:3:3」というもの。このあたりは、推定するしかしかたのない数値で、いずれも常識的に考えて大きく外れるものではないと思う。ただし、「個別受信世帯の1/3が工事が必要」という前提は、やや小さく見積もりすぎかもしれない。というのは、多くの消費者は自分でアンテナ工事が必要かどうかは判断できないので、アンテナの診断をほぼすべての人が行うからだ。工事ほど時間はかからないにしても、診断でも30分程度の時間は必要だし、従来のアンテナで問題なく受信できるとわかっても、老朽化していたり、受信強度が弱ければ、アンテナの交換をお願いする例もかなりあるのではないかと思う。

高い専門性が必要な工事が行える作業員は、日本CATV技術協会関係者約1万7000人が、1週間に4.7日稼動し、年間稼働率80%と計算。一般の工事は、家電販売店5万4000店、全日本電気工事組合連合会会員4万1000社が、それぞれ1人日の工事が可能として、やはり週4.7日稼動し、年間稼働率80%と計算。一般のアンテナ工事は、アルバイトに補助をさせることも十分可能なので、もう少し処理能力があるように思えるが、これもまずまず妥当な推定だろう。

このような推定をしていくと、高い専門性が必要な工事が395万人日が必要なところ、供給能力が400万人日、一般的な工事が914万人日必要なところ、供給能力が1000万人日ということになり、ほんとうにぎりぎり間に合うことになる。

ただし、この結果は、三菱総研のレポートでも指摘されているように、「平準化されていれば」という前提がつく。毎日ほぼ同じ工事件数であれば間に合うが、工事が少なかったり、多くなったりすると、アナログ停波に間に合わないということになる。特に、注意したいのが一般のアンテナ工事で、家電販売店や電気工事組合連合会員は、アンテナだけではなく、エアコン工事や洗濯機、冷蔵庫などの設置も請け負っているということ。アナログ停波直前の6月、7月はエアコンの工事をする時期でもあり、猛暑となったら、エアコン工事を優先せざるを得なくなり、アンテナ工事が後回しになる可能性もある。

来年になると、エコポイント制度が終了し、1月から3月ぐらいまではアンテナ工事の件数も少なめになるだろう。しかし、4月は引っ越しシーズンであり、家電販売店はなにかと忙しくなる。また、アナログ停波3ヶ月前ということで、アナログ終了最終作戦としてさまざまな告知、ローラー作戦が行われるだろう。年内に地デジテレビを買いそびれた人は、エコポイント終了後には割高感があって、テレビを買い控えるかもしれないが、4月ごろから「そうもいっていられない」とお尻に火がついた状態になる。あるいは、この時点でアナログテレビがまだ見れる人も、外付けの地デジチューナーを買い始めるだろう。チューナーであってもアンテナ工事は必要なのだから、4月以降家電量販店の工事担当者は忙しくなる。さらに5月をすぎると、エアコンの工事が始まっていく。

また、この連載でも何回も紹介しているが、アナログ停波は7月24日だが、7月1日からはほとんどのアナログ番組がまっとうには視聴できなくなる(テロップ全面表示、ミニ告知番組に差し替えなど)。このことは意外に知られていないので、7月になって「あ、ぜんぜんテレビ見れないじゃん」と焦って、テレビやチューナー購入に走る人が多数出ると思う。こうなると、アンテナ工事は長期間の順番待ちか、あるいは急ぐのであれば別料金をという話になっていくだろう。つまり、結論としては、最悪でも来年の3月までに地デジ対策をしておいた方がいいということになる。

また、分譲マンションにお住まいの方で、地デジ対策がまだの人は、工事費用をどう分担するか、地デジのみにするのか衛星放送やケーブルテレビも入れるのか、複数の業者に見積りをとるなど、やるべきことが山積みだ。しかも、世帯数の大きなマンションとなると、各世帯の同意の問題、莫大な工事料金、場合によっては屋内配線の改修という工事規模など、難しい問題も考えられる。集合住宅の方は、年内に工事着手段階まで詰めておかないと、アナログ停波に間に合わなくなる可能性がある。時間が迫れば迫るほど、「うちはケーブルテレビを個人で入れた」「光ファイバーで地デジを見れるようにした」「屋内アンテナで見れている」という世帯が増えていき、そのような世帯は当然「うちに不要なアンテナ工事代金を負担するのは理屈に合わない」と主張することになり、アンテナレスマンションとならざるをえないことも考えられる。

結論としては、戸建て住宅の方は来年3月、集合住宅の方は年内が地デジ対策のデッドラインで、それをすぎると、一時的な地デジ難民になってしまう可能性が出てくるということだ。ゆめゆめ、地デジ難民にならないように準備は早めにすることに超したことはない。あるいはこの際、テレビを排して、地デジ解放人になるかだ。

このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。

三菱総研が需給予測をする上で使用した基礎データ。本文で触れたいくつかの推定を入れた他は、ほとんどすべてが根拠のある統計を使用しており、信頼度はかなり高いと考えられる。表は、三菱総合研究所「地デジ化に向けてのアンテナ工事量の需給予測」より、一部改変(見やすさを重視するため)して転載

同じく三菱総研が結論した需給予測。ぎりぎり間に合うが、工事の多い少ないの波があると間に合わなくなってくる可能性がある。同レポートより転載