石川県珠洲(すず)市。ここはアナログ停波のモデル地区になっていて、昨年7月24日は1時間、実際にアナログ放送が停波され、今年1月22日から24日には、48時間の長時間アナログ停波が実施された。さらに、今年7月24日には、全国よりも1年早く、アナログ放送が完全停波する予定だ。

ところが、この先行アナログ停波が、もう少しのところで延期されかねない事態となった。参議院選挙の影響だ。当初は7月11日投票日だったが、その後鳩山前首相が辞任をし、国会の会期が延長されるかもしれない状態となった。すると、7月18日または7月25日が投票日となる可能性もあり、万が一25日になった場合、前日の24日にアナログ停波を行っても、ほとんど報道されなくなってしまうという懸念が浮上したからだ。珠洲市で停波リハーサルや先行停波が行われるのは、アナログ停波の問題点をあぶり出すという意味もあるが、そのアナウンス効果を狙って全国で地デジへの意識を高めてもらうためのもの。選挙の前日では、報道がかすんでしまってアナウンス効果がほとんどなくなってしまうという理由だ。結局は、11日投票となる見込みなので、予定通り24日にアナログ停波されるが、日本初のアナログ停波が、すんでのところで延期される危機だった。

ところで、このリハーサルと先行停波をつぶさに見ていくと、アナログ停波の問題点がよくわかる。この珠洲市(と能登町の一部)がモデル地区に選ばれたのは、国内でもっともアナログ停波がしやすい地域だからだ。対象地区には7500世帯が暮らしているが、ケーブルテレビ敷設率はほぼ100%、6割が実際にケーブルに加入しているため、アンテナ受信のみに頼っている世帯は3000世帯しかいない。リハーサル前の段階での地デジ化率は42%、つまり問題になる世帯は1740世帯なのだ。このような好条件がある上に、対策も過剰に手厚く行われた。まず、地域の電器店に業務委託をし、チラシを持参して、アンテナ受信世帯を戸別訪問、周知徹底をさせた。さらに、チューナーを無償貸与、無償設置。最高4台まで貸与され、期限は決められていないので、事実上の無償提供だ。合計4030台のチューナーが配布されたという。

リハーサルを問題ゼロで乗り切りたいという日本人特有のきめ細かさと努力があったわけだが、これではリハーサルにはならない。来年7月の全国一斉停波では、もちろん戸別訪問など行われないし、チューナーの無償貸与も原則NHK受信料の免除世帯に限られている。ここまで手厚くしたのでは、うまくいきすぎて問題点などあぶり出されてこないのだ。

しかし、それでも今年1月の長時間休止では、49件の電話の問い合わせがあった。その内容は、別表に掲げたが、使い方が分からない、設置方法がわからないというものが33件、これだけやっても地デジが視聴できないというものが4件あった。いずれも少ない件数で、そのほとんどはJEITAメンバー、デジサポメンバーなどが現場に向かい解決したが、実はこの数は決して小さくない。なにしろ、このリハーサルは7500世帯しか対象になっていないのだ。数が小さすぎるので、そのまま数をあてはめるのは誤差が大きすぎるが、全国5000万世帯に換算すると、使い方がわからないが22万世帯、地デジを視聴できないが2万6000世帯が、一斉に電話問い合わせをしてくることになる。これが2011年7月24日のアナログ停波前後に集中するのだから、地デジコールセンターの処理能力を完全に超えてしまうだろう。

リハーサル後のアンケート調査(917世帯から回収)では、結局地デジが視聴できなかった世帯が18世帯あり、これも全国5000万世帯に換算すると98万世帯になる。つまり、全国でアナログ停波を実施すると、約100万世帯が取り残されて、地デジが見られないということになると推測できるのだ。しかも、これが100万世帯で済むかどうかは極めて怪しい。全国停波では戸別訪問やチューナー複数台無料提供などの手厚い対策は行われず、なおかつ本人は地デジ化したいのにできない集合住宅の問題や、難視聴地域の問題があるからだ。たとえば、有名な難視聴地域である鎌倉市は、東京スカイツリーが完成すると難視聴が解消されると言われているが、東京スカイツリーが電波発射を始めるのは早くて2012年以降(詳細は未定)。いずれにせよ、2011年7月のアナログ停波には間に合わない。1、2年ほどの間のためにケーブルテレビや光テレビに加入するというのも住民としては納得がいかない負担になるだろうし、鎌倉市用の中継局を作るのだったら、スカイツリー開業以後は不要な中継局を作るなんて、そんな無駄遣いは納得がいかないという住民だってでてくるだろう。高度経済成長時代のように、公金を大量に投入して、大量に人を動員して、物量作戦でとにかく100%達成さえすれば、細かい問題はどうでもいいというわけにはいかなくなっている。きちんとした理由と説明がなければ、市民は納得しないし、動かないのだ。

さらに、平準化問題がそろそろ浮上してきている。あと1年で全国的なアナログ停波となるが、アンテナ工事、ケーブル工事、光ファイバー工事の人手が足りなくなりつつあり、直前になれば、数週間待ちはあたり前になり、工事代金も需要と供給の関係から高騰すると予測されている。本人は地デジ化をしたいのだが、工事代金が負担できない、日程的に間に合わないという世帯もでてくると考えられるのだ。以前、あるアンテナ工事業者に取材したときは「とても2011年7月までには工事が間に合わないと思う」と言っていた。受信状況が良好な地域であれば、未経験者でもある程度研修をするだけで、工事要員として働いてもらえるが、受信状況が悪い地域での作業や、集合住宅の工事をするには、高度な知識と経験が必要で、そのような優秀な人材を大量確保することはたいへん難しいという。しかも、アナログ停波してしばらくすれば、余剰人員となることは明らかなのだから、そうそう簡単に人員を増やすというわけにもいかないのだ。

今年の7月24日には、珠洲市で1年早くアナログ停波が行われ、関係者は「こんなにうまくいきました!。いよいよ地デジの時代です!」とPRすると思うが、その裏面には、こんな事情が潜んでいるということを覚えておいていただきたい。アナログ停波を延期するというオプションは、もう選択できないところまできてしまっている。無理でもなんでも、来年にはアナログを停波してしまうしかない。取り残される人は、ほんとうに100万世帯で済むのだろうか。

このコラムでは、地デジにまつわるみなさまの疑問を解決していきます。深刻な疑問からくだらない疑問まで、ぜひお寄せください。(なお、いただいた疑問に個々にお答えすることはできませんので、ご了承ください)。

珠洲市でリハーサル半年前から行われている周知活動。全国と比べると、チラシの全戸配布、戸別訪問などは行われていないし、地デジ説明会や防災行政無線での連絡などもここまで綿密ではないと思う。図版は総務省とデジタル放送推進協会が作成した「珠洲におけるアナログ放送終了第2次リハーサル実施結果報告」より引用

第2次リハーサル(48時間休止)時の問い合わせ内容。いずれも周知徹底がされていれば、電話をする必要はない内容。珠洲市の人が無関心ということではなく、みな仕事や生活があって、テレビのことだけにかまっていられないのだ。この49件の問い合わせを、全国5000万世帯に換算すると、32万6000件になる。地デジコールセンターの処理能力はだいじょうぶなのだろうか

フォローアップアンケートでも、2%の世帯が地デジを視聴できず、アナログ停波をすることを知らない。2%といえば、全国換算すれば100万世帯だ。手厚い対策をうった珠洲市でこれなのだから、全国ではこの数倍の取り残され世帯がでることは用意に予想できる