【連載】

カーエレクトロニクスの進化と未来

105 路面テストをシミュレーションしたSUBARU

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自動車の開発には年月がかかる。何とか短縮したいという思いをクルマメーカーが持っている。開発工程では、設計から始まり検証、試作製造、試験などの工程を通る。シミュレーションしにくい実路での走行テストを置き換えればかなりの工数削減になる。HILS(Hardware-in-the-Loop Simulation)と呼ばれるシミュレーション装置はエンジンや車両の挙動などを模擬するもので、道路地図上の障害物を避けながら走行するといった試験をするのに使われている。しかし、道路の路面状況を変えながらシミュレーションするテストはこれまでなかった。

実路テストは実機を作ってから行っている例が多いが、もしここで不具合が起きれば、設計のやり直しにつながりかねない。タイヤだけではなくサスペンションにも影響が出る可能性があるからだ。実路テストをシミュレーションできれば、開発の工数はぐんと減る。少なくとも開発の初期の工程で試験状況を把握できれば、少ないロスで時間短縮ができる。

SUBARUと堀場、VMCそしてNI

路面は晴天と風雨によって条件が変わる。さらに坂の角度や雨の量(水たまり)、凍結によっても路面状況は大きく異なる。風の向きや雨の状況をシミュレーションしようとしても、セットに時間がかかり、そう簡単ではなかった。

OEM(自動車メーカー)の1社であるSUBARU、堀場製作所、ソフト開発のバーチャルメカニクス(VMC)の3社は、実路テストのシミュレータを共同で開発、リアルタイムでさまざまな条件を変えながらテストできる環境を構築した。路面テストのシミュレータHILSを構成するカギとなったのは、National Instruments(NI)のテスト開発ソフトウエア「LabVIEW」とテスト用電子回路のPXIである。

図1 実路テストのシミュレータを作ったSUBARUの開発チーム。SUBARUの第二技術本部電動ユニット研究実験部 海口大輔氏(右)が中心となってチームを編成。左は堀場製作所のびわこ工場生産本部自動車計測システム設計部の阿部将氏

今回の実路テストで組んだ3社の内、堀場製作所は、エンジンのテストを行うエンジンベンチをSUBARUへ納入してきた実績を持つ。エンジンベンチは、エンジンの燃焼効率や燃焼状態の観察、排ガス評価などを行うエンジンの試験装置である。SUBARUが堀場に路面をテストする駆動系評価システムについて問い合わせたところ、すでに製品化していることがわかり、今回の開発チームに加わった。バーチャルメカニクスは「Carsim」というシミュレータを20年間、開発・改良してきて納入実績もあり、さらにLabVIEWも使ってHILSに組み込める実力を持つ。

路面モデルと車両のモデルを組み込む

まずは、バーチャルメカニクスのCarsimに、路面モデルとクルマのモデルを実装した。ここでは道路が濡れている、凍っている、通常のアスファルト、といった路面が次々に出てくるようなモデルを作成する。またクルマのモデルでは、摩擦係数のようなタイヤのパラメータや、車両の長さ、重量、空気抵抗など車両のパラメータを組み込んだ。

Carsimのモデルができると、モデルに対して、エンジンやEVなどクルマの動力パラメータを堀場のホイール負荷模擬ダイナモに送る。同時に、Carsimに戻し、Carsimは次の走行抵抗を求める。ホイール負荷模擬ダイナモで得られた計測値をさらにモデルに入れる、というループでリアルタイムに繰り返す。

CarsimモデルからPXIで測定データ収集のループ

ホイール負荷模擬ダイナモは、実際の車両を乗せて車輪を回している状態を実現するハードウェアシミュレータで、路面に相当し、クルマへの負荷を模擬する装置である。車輪は回っているが車両はその場所にとどまっている。このシミュレータで、静止状態から動き始め、慣性も含めて試験する。路面の状況をダイナモで模擬する。どの程度の負荷をかけるかはCarsimモデルのデータを変えることで調整する。

この状態をLabVIEWで計算式で表し、測定データをPXIで収集、LabVIEWで見る。こういった一連のループをリアルタイムで計算するためPXIを使っている。PXIには十分なCPUパワーがあり、高い周波数で更新するためのインタフェースもあるからだ。シミュレーションのモデルを読み出してループを回すわけだが、シミュレータから堀場のダイナモへ指令値を送り、測定データの収集をLabVIEWで制御する。その通信とCarsimシミュレーションと実行の3作業を高速に並列演算しなければならないが、PXIとダイナモではそれが実行できる。

雪道走行を代替

今回のシミュレーションによるOEMの効果は大きい。SUBARUは4WDを売りにしているメーカーであり、雪道に強いが、雪道での走行試験となると、そう簡単ではない。雪のある国や北海道へ出かけ路面試験を行うとしても、何種類もの路面の変化をテストするには何日も待つなり相当な日数がかかる。「意外と冬の期間は短いのです」とSUBARU 第二技術本部電動ユニット研究実験部の海口大輔氏は語る。実機による試験だけだと、試験できる環境を求めるための余計な時間もかかることになる。

実際の路面と、Carsimとの一致性だが、Carsimはモデル作りから20年の実績があり、車両の測定から得られるデータをモデルに合わせこむという作業をしてきたため、ほぼ完成されているという。一方向の1次元モデルのシミュレーションであるため、今回のようなリアルタイムでの計算に応じられるというメリットもある。逆にリアルタイムで回さないと意味がないため、このモデルは有効といえる。

試験時間は半減

このようにシミュレーションすることで、試験そのものは増えるが、実際にはテストコースへの移動時間やその調整、滞在時間などを考慮すると、従来と比べおよそ半分程度の時間で済むようになったと言えるだろうという。最終的にはもちろん実機試験を行う訳だが、その試験回数はシミュレーションとの相関を取り、試験回数を減らせる可能性はある。

今回のように測定、シミュレーション、モータ制御をリアルタイムでほぼ同時にできることは、これからも大きな意味があるという。従来は、測定だけ、シミュレーションだけ、モータ制御だけ、とそれぞれ連携できなかった。これがPXIを使うことでできるようになった。

今後、自動化を進めていきたいとする。ワークベンチのオペレータやPXIなどを操作する人達やドライバーやクルマに指令を与える人たちが今は必要なのだが、この仕事を1/4に減らし、自動化によって24時間テストできるようにしたいという。そうすると5日間連続でテストすることが可能になる。この自動化は、2018年の完成を目指した開発が今も進められている。

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インデックス

連載目次
第106回 ルネサスの自動車向け戦略が明らかに - Renesas Autonomyに込めた真意とは?
第105回 路面テストをシミュレーションしたSUBARU
第104回 到来目前のコネクテッドカー時代 - e-Callのテストシステムを日本NIが構築
第103回 内燃エンジン車を捨てる選択をしたVolvoの決断 - すべてのクルマを電動化
第102回 自動車産業の構造変化を見逃さずコネクテッドカーに注力するWind River
第101回 レベル5の自動運転に対応した設計ツール - メンターが提供を開始
第100回 ADAS/自動運転車の開発・検証するMathWorksのプラットフォーム
第99回 燃料電池の劣化を短時間で検出するインピーダンス法を開発
第98回 EVのバッテリマネージメントICを無線でつなぐ
第97回 進化するEV向けワイヤレス給電技術
第96回 ポルシェの新型パナメーラはコネクテッドカー
第95回 自動車分野に新ブランドで攻勢をかけるMentor(後編)
第94回 自動車分野に新ブランドで攻勢をかけるMentor(前編)
第93回 コネクテッドカー時代に不可欠なセキュリティチップをInfineonが開発中
第92回 自動運転に向けてAI利用を進めるNVIDIA
第91回 冗長構成に向いたARMのCortex-R52安全管理プロセッサ
第90回 GNSS+GPSの測位チップで、測位精度を向上させたu-blox
第89回 ADAS/自動運転のシミュレーションデータからビッグデータ解析まで可能に
第88回 酔っ払い運転をテクノロジーで防ぐ
第87回 クルマにも大容量ストレージが搭載される時代が到来
第86回 ゴムまりのようなタイヤのコンセプトカーをGoodyearが提案
第85回 車内での音声認識を確実にするNuanceの騒音抑制技術
第84回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(後編)
第83回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(前編)
第82回 クルマの全体最適化を容易にするメンターのソフトウェア
第81回 クルマのコンピューティング機能を高めたR-Carシリーズの狙い
第80回 衝突防止レーダー時代が到来
第79回 東京モーターショーで高成長を確信したクルマ用半導体の未来
第78回 ビデオと音声を同期しながらEthernetで通信できる - Connected OSの背景
第77回 ルネサスのV2Xチップ、欧米で実証実験
第76回 ビデオ映像を1ms以下の遅延でイーサネット伝送できるルネサスのSoC
第75回 自動運転のクルマを目指し、さまざまな手を打つZMP
第74回 どっこい、鉛蓄電池も進化する
第73回 ADASの進化にはプログラマブルSoCで対応
第72回 クルマのナンバープレートが消える日
第71回 Infineon、HEV/EV用のIGBTモジュールの次世代版を開発中
第70回 車内ワイヤレスネットワークによりハーネス除去を目指す英国ベンチャー
第69回 クルマの安全性向上と共に増えるFPGAの実装
第68回 ルネサス、ソリューション提案を本格化-未来のクルマのロードマップを示す
第67回 コネクテッドカーをよりセキュアにするNXP
第66回 ルネサスの制御マイコンRH850はソフト開発の負担を軽減
第65回 欧州のクリーン化で世界を攻めるInfineon
第64回 画像合成・認識・視点変換・座標変換を搭載したADASチップをルネサスが実現
第63回 クルマ用組み込みシステムのすべてを設計できるMentorのツール
第62回 後発組としてニッチを狙うMaxim
第61回 新自動車用マイコン「Traveo」で富士通の強みを発揮するSpansion
第60回 トヨタグループが開発を進めるSiCパワー半導体とは何か?
第59回 小型モータ駆動用のパワー半導体に特化するON Semiconductor
第58回 ダイナミックレンジ120dBの1280×1080画素CMOSセンサチップ - OmniVision
第57回 カメラの映像処理がクルマの安全技術を握る
第56回 SIM-Driveが研究開発から実用化フェーズにギアチェンジ
第55回 プラグインハイブリッドに有利な欧州のCO2規制
第54回 Maxim、カーエレを市場/製品/製造/品質/供給の各戦略から攻め切る
第53回 車車間、車路間通信規格802.11pチップをNXPがSDRで実現
第52回 ボディ制御ECUをハード/ソフト同時設計できるツール - ルネサスとSynopsys
第51回 バッテリ状態をスマホで可視化できるユニットをパナソニックが発売
第50回 携帯電話で培った低消費電力とエコシステムを生かすARMのCPUコア
第49回 FSL、外から360度クルマが見える映像を合成するチップを開発
第48回 加速感を重視したスポーツカー仕様のSIM-Driveの第3号車
第47回 カーエレの頭脳から近未来のクルマを予測する
第46回 ニッケル水素電池でアイドリングストップの回生エネルギー能力を引き出す
第45回 APEV、EVプラットフォーム戦略をベースに学生向けデザインコンテストを開始
第44回 カーレースのデータを次世代安全システムに生かすフリースケール
第43回 通信ネットワークのクルマ応用を推進するNXP
第42回 鉛蓄電池を大事に使おう
第41回 メルセデス・ベンツのクルマに見る衝突防止システム
第40回 シャーシの基本設計を見直し、480kmの走行距離を実現したTeslaの新型EV
第39回 海外企業としてはじめてデンソーから技術開発賞を受賞したInfineon
第38回 専用チップにより一段と高まるクルマの音声認識レベル
第37回 富士通がカーエレのソリューションビジネスに本格参入を宣言
第36回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(後編)
第35回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(前編)
第34回 クルマ用のイーサネット規格は安全性見地から標準化と相互運用性で
第33回 居住性追求もやはり"燃費"が良いインホイールモータ - SIM-Driveの第2号車
第32回 小さなモータ駆動用マイコンで大きな自動車市場を攻めるFreescale
第31回 インホイールモータ応用を狙うSiCインバータを三菱電機が開発
第30回 エネルギーハーベスティングによるタイヤ空気圧モニタリングシステム -IMEC
第29回 モータ駆動用インバータを1/10に小型化できるSiCトランジスタ
第28回 インホイール・モーター車の実用化を早めるSIM-DriveとDassaultの提携
第27回 ソフトウェア無線技術を生かしカーワイヤレス分野を着実に伸ばすNXP
第26回 中国BYD、独自のトップダウン式垂直統合システムで急成長
第25回 携帯端末用マルチプロセッサ、カーインフォテイメントにも威力を発揮
第24回 車載用SoCをハイエンドからローエンドまで広くカバーするルネサス
第23回 ルネサス、車載向け「V850」マイコンシリーズが90nmを採用し第4世代に突入
第22回 クルマのインテリアデザインの革命児になるか、有機ELライティング
第21回 電気自動車普及協議会が設立 - 注意すべき点はEVのガラパゴス化
第20回 電気自動車とスマートグリッド構築の実験をナノオプトが開始
第19回 トヨタと米電気自動車ベンチャーの提携の先にあるもの
第18回 エンタメ系半導体でシェアをじわじわ獲得 - NXPがソフトウェア無線を推進
第17回 クルマの中でもホームエンタテインメントと同じ環境を構築 - Roviの戦略
第16回 電気自動車はクルマのデザインを見直す時代に - 差別化はデザインで
第15回 EVの航続距離を伸ばすインホイール・モーター技術 - SIM-Driveが開発を加速
第14回 Freescale、SiGeのBiCMOSプロセスで77GHzのミリ波レーダーを開発
第13回 エコブームに乗り電気自動車が相次いで発売される
第12回 より大容量のリチウムイオン電池開発を極秘に進める自動車メーカー
第11回 電気自動車のエンジンはずばりリチウムイオン電池だが、充電方法にも大革命
第10回 電気自動車に向くモーター駆動用パワーデバイスはSiのIGBTか、SiCのFETか
第9回 電気自動車の実用化に向け、その問題点と解決策を探る
第8回 パッケージの上からチップIDがわかるX線装置と記録インクを東レが開発
第7回 半導体の産地偽装に対処する強い味方、チップやECUのトレーサビリティ
第6回 カーナビ用OSにHMIツールなどを付加 - 進化を続けるMicrosoftのクルマ戦略
第5回 ハイブリッドカー専用のパワーモジュール - Infineonが開発中、150℃保証
第4回 画像認識プロセッサの品種拡大で最高車種から低価格車種まで狙うNECエレ
第3回 "より安全に"を加速するFreescale - 横滑り防止にはセンサで対応
第2回 最先端65nm技術を使ったルネサスの車載半導体から見える自動車の近未来
第1回 エレクトロニクス化をひたすらつっ走る自動車

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