シーメンスの事業部であるMentor, a Siemens business(メンター)が先日発表した包括的な自動運転ソリューション「DRS360」は、自動運転のレベル5までの完全自律走行に必要なレベルを満たすためのツールである。これまでの手法では、自動運転のSAE(Society of Automotive Engineers)レベルを1から5へ上げるに従い、センサの数が増え、センサ信号からECUまで処理する系が複雑になりコストがかさむ恐れが出てきた。メンターのツールはシステムコストを下げるためのツールである。今回は、その詳細を説明したい。

自動運転となると、視角情報はカメラ、物体検出はレーダー、距離を測る情報はLiDARなど、自動運転のレベルが上がれば上がるほど、センサ数が増えてくる。カメラやレーダーの数は4~5個にもなってくるとそれぞれのデータ処理に必要な部品コスト(BOM:Bill of Materials)が増えてくる上に、システムが複雑になり、設計に時間がかかるようになる。

例えば、アダプティブクルーズ制御と、白線逸脱検出の機能をつける場合をみてみよう(図1)。これまでのシステムでは、前方および周囲のクルマや物体を見つけるためのレーダーからのデータを処理し、アダプティブクルーズ制御装置(ACC)へ入力していた。白線逸脱の検出には前方のカメラ画像からデータ処理し、車線逸脱警報システム(LDW)へ送っていた。共にそれぞれのセンサからのデータを処理していた。このため、センサからの生データを処理するための遅れ(レイテンシ)が発生し、そのままACCやLDWでのデータ処理でも遅れが加わることになる。もちろん、そのためのBOMコストも加わる。

図1 従来のシステムはセンサごとに処理していた (資料提供:メンター)

これらのシステムはまだレベル2程度であるから、自動運転のためのセンサの数は少ない。しかし、これからレベルが3、4、そして完全自動の5まで上がっていくにつれ、システムがさらに複雑になり(図2)、BOMコストもかさむ。しかもレイテンシが最も遅いセンサ処理で決まるため、システム全体のレイテンシは遅くなりがちだ。

図2 自動運転のレベルが上がることにコストもかさむ (提供:メンター)

そこで、Mentorが提案するのは、さまざまなセンサからの生データ(ビッグアナログデータともいう)をそのまま集め、まとめて処理するセンサフュージョン(センサハブともいう)機能を設け、そこでデータを処理する。センサフュージョンのメリットは、これまでバラバラだったセンサデータ(センサ信号をデータ処理した後のデータ)をまとめるだけではなく、それぞれの関連を探し見つけることでこれまで以上に精度の良い(確度の高い)データを集めることができる。

センサハブ用の半導体チップはデンソーもBoschも最初のチップとしてはすでに開発しているが、レベル5に向けたチップ開発はこれから開発する必要がある。

メンターの提案するシステムでは、センサフュージョン処理の後、総合的なデータ処理と安全基準(ISO26262)への準拠の回路を経た後、車載制御へとそのデータを送る(図3)。レーダーやカメラなどのデータは生データ(RAWデータ)であり、センサフュージョン回路までの時間遅れは無視できる。しかもセンサごとのデータ処理ICは必要なくBOMコストを抑えられる。しかもセンサからの生データをまとめておき、さらにデータ間の関連を見つけることで、その分析アルゴリズムを開発しておけば、これまでよりも精度よく高速に処理できるようになる。

図3 メンターが提案する自動運転のための自動認識システム「DRS360」 (提供:メンター)

その高速化と、さまざまなセンサや要求されるシステムごとの仕様にもフレキシブルに対応できるFPGAをセンサフュージョンとしてメンターは採用した(図4)。FPGAの役割は2つある。1つは生データのそれぞれの処理であり、もう1つはそれぞれ処理した後のまとめの処理である。自動運転のいろいろなレベルに応じて、この部分は再構成できる。これがFPGAの特長でもある。

図4 FPGAをセンサフュージョンとし自動認識用のAIチップ(SoC)へとつなげる (提供:メンター)

まとめたデータから、クルマの前方、周囲、後方に何があるかを認識するためのAIチップが後段のSoCである。センサで検出した対象の物体を、ニューラルネットワークを使ったディープラーニングで素早く認識するためにAIを導入する。ここでもセンサが検出したデータの意味するものからしきい値で判断する訳だから、センサからのデータが多いほど意味の理解精度は高まることになる。最後にASIL D準拠(ISO26262)のマイコンで安全設計すると同時に検証も行う。

もし、センサフュージョン回路を通さずに処理していれば、各センサデータの意味理解や判断するための専用回路(AIチップ)がセンサごとに増えてしまう。これまでのクルマ前方物体の認識では、センサごとに行っていたデモをさまざまなでも会場で見たが、センサ数が増えるほど認識精度が上がるものの、システムが複雑になることから、自動運転のシステムの実用化は、当分無理という感じが常にあった。

メンターは、これら全体のシステムをDRS360として開発、OEM(クルマメーカー)やティア1サプライヤ(Boschやデンソーなど)に提案していく。DR360はハードウェアの開発ボードを提供するが、それだけにこだわらない。センサフュージョンのアルゴリズムはIPとして切り売りすることも考えている。つまり、DRS360はレベル5までカバーした自動運転用の認識処理を含めた開発のプラットフォームという概念である。

ハードウェアとしてのボードは、2017年下期には出す予定だが、自動運転のための認識アルゴリズムや仕様がユーザーごとに違っているため、ボードというハードウェアにはこだわらないとしている。ただし、メンターはティア1サプライヤになるつもりは決してない。あくまでもツールベンダーの立場は変えない。製品ポートフォリオが広がっただけと考えてよさそうだ。

半導体のEDAツールから出発した同社は、シリコンのEDAツールだけではなく組み込み系ツール、熱解析のCAEなどシステムに必要なツールのポートフォリオを揃えてきた。それらの集合体はそのままクルマの開発にも使える。さらにクルマ専用だがワイヤハーネスの設計ツールにも広げた。これらをまとめてMentor Automotiveというブランドで統一している。先日、SiemensがMentorの買収を完了したが、この先のブランドは未定となっている。