燃料電池で走る将来の自動車。このエンジンに使われる燃料電池の劣化を検出する優れた方法を本田技研工業(ホンダ)が見出し、日本ナショナルインスツルメンツ(日本NI)の測定器とツールで実験検証を行った。ホンダはこの研究により、日本自動車技術会論文賞を受賞している。クルマは人の命を預かる乗り物だからこそ、燃料電池の劣化を検出し、対策を打つようにすることは欠かせない。これは、燃料電池のインピーダンスZを短時間で測定するという技術である。

燃料電池は発電機

クルマ用燃料電池は、基本的に水素と酸素を反応させ、そのエネルギーで電流を取り出すという原理で動作する。つまり電荷を貯めるものではなく発電する、発電機である。同様に電池といっても電気を溜めない「電池」はほかにもある。太陽電池だ。太陽電池は、光が当たるときだけ電流が流れるというフォトダイオードにすぎない。電池といっても言葉と中身が違うものが多いということをまず念頭に置いて、話を進めていく。

一般に水素と酸素を反応させると電流エネルギーの他に水ができる。発電によって生成される水の量を常時監視することによって、発電機、すなわち燃料電池の変化を知ることができる。通常の電池の劣化を評価するのに、電気化学インピーダンスを測定するという方法がある。この方法は燃料電池でも使えると考え、交流抵抗ともいうべきインピーダンスZを測定することにしたのがホンダだ。電池内に水が増えるとZは変化するはずである。

インピーダンスは一般に周波数依存性を持つため、周波数を変えながらインピーダンスを測ることが多い。インピーダンスには抵抗やコンデンサ、コイルなどの成分を含むため、複素数で表現することが多い。そこで、インピーダンスの実部(抵抗成分)と虚部(キャパシタンスやインダクタンス成分)をそれぞれ横軸、縦軸にとる「ナイキスト線図」を書くことでインピーダンスを表現できる(図1)。このために燃料電池の端子間のインピーダンスを、周波数を変えながら測定する。ここではパルス幅を変えた方形波の電流を印加し、その出力電力波形を見ることで短時間に時間と周波数で波形を知ることができる。

図1 ナイキスト線図は電池内部の様子をよく表している (出所:東陽テクニカ)

しかし実際にはそのパルス波形にはノイズが乗っており、そのナイキスト線図は図1のようにきれいには描けず、実際にはノイズだらけになってしまう。そうなるとナイキスト線図の傾向がわからない。ノイズを排除するため、従来は測定を何度も繰り返して平均値をとり、ノイズの影響を排除してきた。しかし、これでは測定に時間がどうしてもかかってしまう。実際には5~10分かかるという。これでは、即座の対応が取れなくなってしまう。

今回、ホンダは周波数を変えながらインピーダンスを測定するのに、日本NIの持つモジュール式測定器と、ソフトウェアプラットフォームである「LabVIEW」を用いた。日本NIは、オシロスコープやスペクトラムアナライザ(スペアナ)など測定器部分をモジュールにして、測定データをパソコンで見る、という基本コンセプトで測定器を開発してきた。従来の専用測定器だと、例えば時間波形はオシロスコープ、周波数波形はスペアナと2台用意しなければならないが、NIの測定器シャーシにオシロモジュールとスペアナモジュールを差し込むだけで、両方の機能を1つの箱で実現することができる。実験室は非常にコンパクトになる。

LabVIEWでは、測定器そのものをシミュレーションし、測定すべきナイキスト線図を出力グラフとしてディスプレイ上に表示できる。

従来の方法は時間を平均化していたが、ホンダは空間を平均化する、すなわちエルゴード性を利用してみようと考えた。空間を時間空間ではなく周波数空間に置き換え、例えば1000Hzで測定する場合、999Hzから1001Hzまでの周波数に分けそれぞれの周波数でのインピーダンスを測定しその平均を求める。それを、必要な周波数ごとに測定することでナイキスト線図を描く。パルス波形は一定のパルスではなく、パルス幅を変えながら測定しているため、これが周波数に相当する。このようにしてパルス列を連続的に動かすことで周波数も変えながらインピーダンスを測定する。

その結果、従来の時間を平均化する方法で描くナイキスト線図と今回のエルゴード性を利用したナイキスト線図がほぼ一致した。図2のプロットでは、従来法の赤いプロットと、今回の周波数を平均化する方法によるナイキスト線図の軌跡がほとんど一致している。つまり、エルゴード性が成り立つことがわかった。しかも結果を得るのにわずか3.1秒しかかからなかった。従来法だと10分もかかっていた。

図2 従来法と今回の方法でのナイキスト線図がほぼ一致 (提供:日本NI)

測定に利用したシステムは、図3に示すように、NIのPXIe-1082/PXIe-6358シャーシとLabVIEWを使い、燃料電池に負荷電流を与える信号源には菊水電子のPLZ164電源を使った。菊水のPLZ164は低電圧・大電流の燃料電池には適した負荷電源だと言われている。NIはゼロ電圧での電流測定のための信号源としては定評のある他社の信号源などを積極的に使う。NIのコンセプトは基本的にオープンプラットフォーム方式だからである。

図3 今回の測定に使ったシステム (提供:日本NI)

今回の測定システムは、ホンダがインピーダンス測定を短時間で行う新しいエルゴード性を利用したアルゴリズムを開発し、日本NIがそれを実験検証したものといえる。ホンダはLabVIEWを使うのは今回が初めてだったという。

NIの測定器は基本的にはオープン戦略で今回のような電子負荷電源は菊水を使う。いわばパートナーという位置づけである。NIはハードもソフトもプラットフォーム化してあらゆる分野の研究開発用の測定器としてそれぞれカスタマイズできる構成をとっている。PXIなどの測定モジュールは2000種類程度揃えている。また1000種類以上ものソフトウェアドライバもそろえているため、今回の菊水の電子負荷製品も組み込むことができている。