【連載】

カーエレクトロニクスの進化と未来

84 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(後編)

 

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ルネサス エレクトロニクスのブースでは、チップの説明よりも、チップで何ができるかに重点が置かれていた。前編で強調したぶれないルネサスの4つのテーマ。(1) エコカー・燃費向上、(2)メンテナンス性の向上、(3)安全性の向上、(4)クルマのIT化(総合コックピット)について、紹介しよう。

エコカー・燃費向上のカギは高性能マイコン

今から10年後でも、従来の内燃エンジン車の方が、EV/ハイブリッド(HEV)や燃料電池車よりもずっと多いと予想されている。SiCだ、GaNだ、と新しいパワー半導体が登場してきても価格がIGBTの10倍も高いからまだ普及していない。だからこそ、内燃エンジンの燃費を極限まで追求し、いかに少ないガソリンで遠くまで走れるか、燃費を向上させCO2排出を減らすかを追求していく。このためには、最適なタイミングでの点火や燃料噴射のタイミングをマイコンできっちり制御していくことになる。

ルネサスはマイコン「RH-850」の性能を上げ、制御アルゴリズムを高速に計算できるように進化させ続けている。市販の55/65nmプロセスルールで264MHzのクロックで動かすマイコンと比べ、40nmでその1.7倍、28nmルールに微細化して400MHzで動かすと2.9倍にも性能は上がる(図1)。これにより、細かい分解能のタイミングでエンジンを制御できるため、燃費が良くなりガソリンの消費量が減ることになる。点火に必要な高耐圧ICの性能も上げ、0.18μmの市販品と比べ90nmに微細化した高耐圧ICは1.5倍の電流密度を上げることができる。面積当たりの電流を増やすことができるため、安い価格で電流を高速にスイッチできることになる。

図1 低燃費と低CO2排出を実現するマイコンと高耐圧IC (出典:ルネサス エレクトロニクス)

EV/HEVに使うモータ制御にもマイコンは大活躍する。クルマではできるだけ低コストで高性能を実現させることが不可欠。このために2台のモータを1個のマイコンで制御するほどの性能を実証している(図2)。モータ2台が必要なのは、HEV/EVの駆動用のモータと、回生ブレーキ用のモータ(正確には発電機(ダイナモ))を動かすために必要だからである。マイコン1個であってもドライバとパワー半導体はそれぞれのモータに必要だが、低コストでワイヤハーネスも少なくできれば大きなメリットとなる。将来、EVのコストがさらに下がり走行距離が伸びれば、4WB車を駆動する場合にも使える技術となる。

図2 マイコン1個で2台のモータを制御 (出典:ルネサス エレクトロニクス)

さらに電力効率の向上によりパワーインバータを小型にできるが、インバータの堆積を従来の4.9リットルから2.9リットル、さらには0.9リットルへと小型にしたデモも見せた。0.9リットルはモータの中にECUプリント回路基板を搭載してしまったもの(図3)。モータ専業メーカーの安川電機も1~2年前に試作した例を見せたが、マイコンメーカーがモータにインバータを集積して見せたのはこれが初めて。

図3 インバータ回路基板をモータの筐体に実装

モータ制御回路の効率を上げるためにマイコンからドライバIC、パワー半導体までを組んで実証しなければならないが、それを短期間で開発するためにまずはシミュレーションで確認することが重要。ルネサスはデバイスを作る前に、モデルベースでシミュレーションし、動作を確実にするという手法も開発している。

メンテナンスの向上

セキュリティを含めた安全分析、安全対策をサポートする制御プログラムを更新するサービスも提供する。クルマの持ち主はディーラーに行かなくてもプログラムのアップデートができる(図4)。このためのプログラムの更新、診断、修復をフラッシュマイコン+セキュリティ技術でメンテナンスできるようにして行く。それもOTA(Over the air)ネットワークなどを通じてフラッシュマイコンのプログラムを更新する。

図4 Over-the-airでプログラムを更新 (出典:ルネサス エレクトロニクス)

さらに、クルマを外部のハッカーから守るためのセキュリティにも力を注いでいる。情報系のシステムはセキュリティが入り込みやすい。このため、情報系から制御系(走る・止まる・曲がる)にデータを手渡す時に、認証方式などのセキュリティの壁を設けておく。

安全性の向上

交通事故を防ぐための安全性の向上も欠かせない。安全性を上げるためには、人やクルマをセンサによって認識し、その結果を制御系システムにつなげて、ブレーキを制御し、ハンドルや姿勢も制御する。認識や意味理解には演算リッチなSoC、ブレーキやハンドルなどの制御には制御命令主体のマイコンを使うが、両方が得意な半導体メーカーがルネサスだ、と執行役員常務の大村隆司氏は強調する。

制御用マイコン「RH-850/P1x-C」は、ISO 26262機能安全規格のASIL-Dレベルに適合しており、いろいろな診断機能を備えている(図5)。車載のセキュリティHSM(Hardware Security Module)にも対応しており、高性能で最大8MBという大容量フラッシュを内蔵し、4チャンネルCANやFlexRayなど合計20チャンネルもの接続インタフェースを持つ。それでいながら消費電力は0.9Wしかないため、熱設計が簡単で特別な放熱フィンは要らない。

図5 安全な機能を搭載したマイコン (出典:ルネサス エレクトロニクス)

自動運転の手前のADASシステムに向けた半導体、開発ツール、ソフトウェアプラットフォームも用意している。衝突防止用のレーダーシステム、4台のカメラによるサラウンドビューモニター、ADASそのものの認識を司るSoC、V2X通信ソリューションなどに向けたソリューションを提供する。例えば、レーダーやライダー(LIDAR)、カメラなどのセンサデータを集め、360度に渡り人や物体を認識する(図6)。そのためのソリューションも準備している。LIDARは、レーザーやLED光を360度回転させ、その反射を検出して距離を測り、クルマの周囲(クルマや人、自転車など)との距離を測る装置であり、メカニカルスキャン方式が主流だが、MEMSによるスキャン方式も提案されている。

図6 さまざまなセンサを付けたADASカー (出典:ルネサス エレクトロニクス)

図7 自動無人車庫入れをデモ (出典:ルネサス エレクトロニクス)

今回のカーエレクトロニクス展示会では、駐車場の空き情報をクラウドに蓄え、クルマに泊まるべき場所データを送り、自動運転でその場所に停まる、というデモを行った(図7)。動かない駐車場の情報をクラウドに上げておき、新しいクルマが駐車場にやってくると空き情報をクラウドからクルマに伝える。自動運転車はカメラを備え、駐車場に入ったら駐車場の情報にしたがう。

クルマのコンピュータ化

クルマの走行中は、データをクラウドに上げて計算するのではなく、クルマ内のコンピュータ能力を高めておく必要がある。クラウドとのやり取りだけに頼っていては、応答が遅くなる恐れがあるためだ。このためにITのコンピュータ能力を高めておく。そして、そのインタフェースとなるのがダッシュボード周りであり、ルネサスはそれをコックピットと呼んでいる(図8)。いわばドライブシミュレータのようなものだ。

図8 ルネサスの提案するダッシュボードを統合コックピットと呼んでいる (出典:ルネサス エレクトロニクス)

図9 AR(拡張現実)を採用して見えないシーンを再現 (出典:ルネサス エレクトロニクス)

今回の展示会で同社は、総合コックピットをフロントガラス前面にヘッドアップディスプレイ(HUD)を用いて表示させるというデモを行った(図9)。例えば霧などで前方がよく見えない場合、AR(拡張現実)を用いて、視界が短くてもHUDを通した景色は、まるで霧が晴れたように遠くまで見通せるようになっている。このIT化には、安全性を向上させるための認識と判断機能を高速に計算するSoCとして、R-Car H3を提案する。R-Car H3はカメラやレーダー、ライダーなどからのカメラ映像と、その情報から車を「走る、止める、曲がる」という操作を行う半導体も用意している。

ルネサスはこれらを提案するための基板プラットフォームを開発した。このことで、ADASやIT関係の機能を実現するためのソフトウェアを作りやすくなる。ルネサスは、クルマをもっと賢く制御するためのソフトウェア開発をはじめ、さまざまなツールやIP、さらにはハードウェアの実装、サービスなどで協業する仲間を集めている。参加企業にとってもビジネスチャンスが広がる。ルネサスがR-Carコンソーシアムと呼ぶ、エコシステムがそれだ。すでに170社以上参加しており、参加企業が増えている。ちなみにこの1年で30社以上増えたとしている。

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インデックス

連載目次
第91回 冗長構成に向いたARMのCortex-R52安全管理プロセッサ
第90回 GNSS+GPSの測位チップで、測位精度を向上させたu-blox
第89回 ADAS/自動運転のシミュレーションデータからビッグデータ解析まで可能に
第88回 酔っ払い運転をテクノロジーで防ぐ
第87回 クルマにも大容量ストレージが搭載される時代が到来
第86回 ゴムまりのようなタイヤのコンセプトカーをGoodyearが提案
第85回 車内での音声認識を確実にするNuanceの騒音抑制技術
第84回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(後編)
第83回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(前編)
第82回 クルマの全体最適化を容易にするメンターのソフトウェア
第81回 クルマのコンピューティング機能を高めたR-Carシリーズの狙い
第80回 衝突防止レーダー時代が到来
第79回 東京モーターショーで高成長を確信したクルマ用半導体の未来
第78回 ビデオと音声を同期しながらEthernetで通信できる - Connected OSの背景
第77回 ルネサスのV2Xチップ、欧米で実証実験
第76回 ビデオ映像を1ms以下の遅延でイーサネット伝送できるルネサスのSoC
第75回 自動運転のクルマを目指し、さまざまな手を打つZMP
第74回 どっこい、鉛蓄電池も進化する
第73回 ADASの進化にはプログラマブルSoCで対応
第72回 クルマのナンバープレートが消える日
第71回 Infineon、HEV/EV用のIGBTモジュールの次世代版を開発中
第70回 車内ワイヤレスネットワークによりハーネス除去を目指す英国ベンチャー
第69回 クルマの安全性向上と共に増えるFPGAの実装
第68回 ルネサス、ソリューション提案を本格化-未来のクルマのロードマップを示す
第67回 コネクテッドカーをよりセキュアにするNXP
第66回 ルネサスの制御マイコンRH850はソフト開発の負担を軽減
第65回 欧州のクリーン化で世界を攻めるInfineon
第64回 画像合成・認識・視点変換・座標変換を搭載したADASチップをルネサスが実現
第63回 クルマ用組み込みシステムのすべてを設計できるMentorのツール
第62回 後発組としてニッチを狙うMaxim
第61回 新自動車用マイコン「Traveo」で富士通の強みを発揮するSpansion
第60回 トヨタグループが開発を進めるSiCパワー半導体とは何か?
第59回 小型モータ駆動用のパワー半導体に特化するON Semiconductor
第58回 ダイナミックレンジ120dBの1280×1080画素CMOSセンサチップ - OmniVision
第57回 カメラの映像処理がクルマの安全技術を握る
第56回 SIM-Driveが研究開発から実用化フェーズにギアチェンジ
第55回 プラグインハイブリッドに有利な欧州のCO2規制
第54回 Maxim、カーエレを市場/製品/製造/品質/供給の各戦略から攻め切る
第53回 車車間、車路間通信規格802.11pチップをNXPがSDRで実現
第52回 ボディ制御ECUをハード/ソフト同時設計できるツール - ルネサスとSynopsys
第51回 バッテリ状態をスマホで可視化できるユニットをパナソニックが発売
第50回 携帯電話で培った低消費電力とエコシステムを生かすARMのCPUコア
第49回 FSL、外から360度クルマが見える映像を合成するチップを開発
第48回 加速感を重視したスポーツカー仕様のSIM-Driveの第3号車
第47回 カーエレの頭脳から近未来のクルマを予測する
第46回 ニッケル水素電池でアイドリングストップの回生エネルギー能力を引き出す
第45回 APEV、EVプラットフォーム戦略をベースに学生向けデザインコンテストを開始
第44回 カーレースのデータを次世代安全システムに生かすフリースケール
第43回 通信ネットワークのクルマ応用を推進するNXP
第42回 鉛蓄電池を大事に使おう
第41回 メルセデス・ベンツのクルマに見る衝突防止システム
第40回 シャーシの基本設計を見直し、480kmの走行距離を実現したTeslaの新型EV
第39回 海外企業としてはじめてデンソーから技術開発賞を受賞したInfineon
第38回 専用チップにより一段と高まるクルマの音声認識レベル
第37回 富士通がカーエレのソリューションビジネスに本格参入を宣言
第36回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(後編)
第35回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(前編)
第34回 クルマ用のイーサネット規格は安全性見地から標準化と相互運用性で
第33回 居住性追求もやはり"燃費"が良いインホイールモータ - SIM-Driveの第2号車
第32回 小さなモータ駆動用マイコンで大きな自動車市場を攻めるFreescale
第31回 インホイールモータ応用を狙うSiCインバータを三菱電機が開発
第30回 エネルギーハーベスティングによるタイヤ空気圧モニタリングシステム -IMEC
第29回 モータ駆動用インバータを1/10に小型化できるSiCトランジスタ
第28回 インホイール・モーター車の実用化を早めるSIM-DriveとDassaultの提携
第27回 ソフトウェア無線技術を生かしカーワイヤレス分野を着実に伸ばすNXP
第26回 中国BYD、独自のトップダウン式垂直統合システムで急成長
第25回 携帯端末用マルチプロセッサ、カーインフォテイメントにも威力を発揮
第24回 車載用SoCをハイエンドからローエンドまで広くカバーするルネサス
第23回 ルネサス、車載向け「V850」マイコンシリーズが90nmを採用し第4世代に突入
第22回 クルマのインテリアデザインの革命児になるか、有機ELライティング
第21回 電気自動車普及協議会が設立 - 注意すべき点はEVのガラパゴス化
第20回 電気自動車とスマートグリッド構築の実験をナノオプトが開始
第19回 トヨタと米電気自動車ベンチャーの提携の先にあるもの
第18回 エンタメ系半導体でシェアをじわじわ獲得 - NXPがソフトウェア無線を推進
第17回 クルマの中でもホームエンタテインメントと同じ環境を構築 - Roviの戦略
第16回 電気自動車はクルマのデザインを見直す時代に - 差別化はデザインで
第15回 EVの航続距離を伸ばすインホイール・モーター技術 - SIM-Driveが開発を加速
第14回 Freescale、SiGeのBiCMOSプロセスで77GHzのミリ波レーダーを開発
第13回 エコブームに乗り電気自動車が相次いで発売される
第12回 より大容量のリチウムイオン電池開発を極秘に進める自動車メーカー
第11回 電気自動車のエンジンはずばりリチウムイオン電池だが、充電方法にも大革命
第10回 電気自動車に向くモーター駆動用パワーデバイスはSiのIGBTか、SiCのFETか
第9回 電気自動車の実用化に向け、その問題点と解決策を探る
第8回 パッケージの上からチップIDがわかるX線装置と記録インクを東レが開発
第7回 半導体の産地偽装に対処する強い味方、チップやECUのトレーサビリティ
第6回 カーナビ用OSにHMIツールなどを付加 - 進化を続けるMicrosoftのクルマ戦略
第5回 ハイブリッドカー専用のパワーモジュール - Infineonが開発中、150℃保証
第4回 画像認識プロセッサの品種拡大で最高車種から低価格車種まで狙うNECエレ
第3回 "より安全に"を加速するFreescale - 横滑り防止にはセンサで対応
第2回 最先端65nm技術を使ったルネサスの車載半導体から見える自動車の近未来
第1回 エレクトロニクス化をひたすらつっ走る自動車

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