【連載】

カーエレクトロニクスの進化と未来

83 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(前編)

 

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今年のカーエレクトロニクス技術展におけるルネサス エレクトロニクスのブースには人垣が出来ていた。お目当ては、ルネサスならではの認識や判断が必要なIT系と、「走る」「止まる」「曲がる」を基本とする制御系の両方を使った、さまざまな車載システムだ。「IT系と制御系の両方を持つ半導体メーカーこそルネサスだ」。こう語る、ルネサスのクルマ事業総責任者の大村隆司執行役員常務(図1)にルネサスのクルマ戦略について聞いた。今回は戦略を中心に、次回は具体的な戦術を中心に紹介する。

図1 ルネサス エレクトロニクスの自動車事業担当の大村隆司執行役員常務

おそらく現時点ではルネサスは、クルマ用半導体のトップメーカーだろう。ただし、オランダのNXP Semiconductorによる米Freescale Semiconductorの買収が2015年12月に完了したため、2016年の業績ではこの新しい合弁会社が単純計算でもルネサスを抜くことは間違いない。しかし、ルネサスにはクルマ用半導体メーカーとしての絶対的な自信がある。これまでの実績1位だけではない。「品質の高さとOEM(クルマメーカー)やティアワンサプライヤから信頼されていることだ」と大村氏は言う。

顧客からの信頼は、ルネサスの顧客に対する恩返しから来ているという。今から5年前の東北大震災の時、茨城県にある那珂工場が破壊され(図2)、半導体の供給が止まった。その時に、半導体のユーザーである、「クルマメーカーの人たち応援に駆けつけてくれ、本当に助けられた。今度はこちらが恩返しする番だ」と大村氏は述懐する。この時にユーザーの懸命な救助活動に胸を打たれ、事業継続(BCP)の重要さをつくづく思い知らされた。これこそが、クルマ用マイコンメーカートップの責任だという。

図2 東北大震災で被災したルネサスの那珂工場 (出典:ルネサス エレクトロニクス)

この時以来、供給し続けなければならないという教訓を胸に刻み、ユーザーに協力に対し、ユーザーが望む近未来のシステムのカギとなるソリューションを提案することを心に決めた。ソリューション提案こそ、ユーザーへのイノベーション提案となる。というのは、顧客でさえ、2~3年先のシステムの詳細は知らない。大まかなイメージはできているが、詳細までは把握していない。ルネサスという半導体メーカーからの具体的な提案があって初めて、細かい修正を要求することができる。半導体メーカーのソリューション提案こそ、世界の勝ち組の手法であり、顧客にソリューション提案ができないと半導体メーカーとしてはリーダーになれない。

継続的な供給となると、現時点での生産製品だけではなく将来に渡るロードマップを描き提供することも意味する。マイコンとして最先端の40nmのフラッシュマイコンの供給が整い、次の28nm世代のマイコンも2015年のISSCC(International Solid-State Circuits Conference)で発表したように開発が完了している(図3)。16nm FinFETプロセスも当然ロードマップ上にある。

図3 フラッシュマイコンの微細化でリードするルネサス (出典:ルネサス エレクトロニクス)

さらに、クルマ用半導体事業のトップになって以来、マイコンだけではなく、BDCMOSやIGBTなどの高耐圧、パワーデバイスなども商談に上っている、数字としてはまだ出てこないが、2020年ごろには間違いなく、立ち上がるだろうという。「現在でも、震災後供給できずに顧客の数を減らしたが、売り上げは何とかキープしている」と大村氏は述べる。クルマ事業は受注から量産納入まで時間がかかるため、結果はすぐに出ないことはこの業界の常識だ。

品質の高さには昔からルネサスは定評がある。最近では欧米だけではなく、中国のOEM(クルマメーカー)からもマイコンはルネサスを使え、という声があったと大村氏は顔をほころばせる。クルマ事業の売り上げの半分は海外であり、欧米・中国・インドからも受注しているという。震災から戻ってきたユーザーも増えてきたという。

最近では、クルマのビジネスモデルが従来の、OEM→ティア1→ティア2→ティア3というような垂直構造から、水平構造やグローバル化が進んでいる。ティア1メーカー(ボッシュやデンソー、コンチネンタルなど)が多数の半導体メーカーから購入し、そこからいろいろなOEMへ供給するパターンと、半導体メーカーとティア1メーカーがOEMへ供給するパターンがあるという。ティア1へ半導体を収めることが決まっても、その先のOEMが使わなければ量産されない。このためルネサスは、OEMとの距離を短くし、OEMがティア1メーカーにルネサスのマイコンやIGBTを使うように指定してもらう。

実はこの手法も利益率の高い海外半導体メーカーの勝ちパターンでもある。直接の顧客へアプローチするだけではなく、さらにその先のOEMに接近して信頼を勝ち取るのである。例えば携帯用半導体でも、直接の顧客である携帯電話機メーカーだけではなく、その上の通信業者(NTTやKDDI、ソフトバンクなど)にも近づく企業が好調だ。

もう1つ、ルネサスがクルマ用半導体に自信を持つことは、戦略がぶれないことだと、大村氏は述べる。すなわち、同村氏が自動車の責任者に就任した2013年から、継続して力を入れている分野は四つ。(1)エコカー・燃費向上、(2)安全性の向上、(3)メンテナンス性の向上、(4)クルマのIT化、である(図4)。この4つの中身はイノベーティブに変わっても、基本姿勢は変わらない。ぶれないことは顧客の信頼を勝ち取ることだともいう。

図4 ルネサスが進める4つのテーマ (出典:ルネサス エレクトロニクス)

顧客やOEMに対してソリューション提案してきたおかげで、ルネサスは将来のクルマのシステムをわかっていると思われていると感じているという。このカーエレクトロニクス展でのデモには、クラウドとつながった自動運転による駐車支援システムや、次世代統合コックピットのデモなどのソリューション提供することで、顧客目線で理解してもらうことを狙っている。

技術的にはルネサスはファブライトへシフトしているのになぜ16nm FinFETを開発するのか。「時代は水平分業に向かっていることは確かだ。だからすべての製品の開発をIDM(垂直統合型の半導体メーカー)としてやる訳ではない。ベースとなるCMOSのインテグレーションはTSMCで行うが、その上に集積するフラッシュメモリやSRAM、高速インタフェースなどのIPはルネサスが供給する。高速で面積が小さいのが当社の特長。IEDM(International Electron Device Meeting)で16nm FinFETのSRAMを発表したのはまさにこの技術である」と大村氏は答えている。実は、同社のSRAMやいくつかのIPは同じデザインルールで他社のIPよりも小さいと業界で言われている。

大村氏は「当社はパワートレインやボディ系、コックピットのダッシュボード周りはほとんどルネサスのマイコンが入っている。後はADASがしっかり取れれば盤石なマイコン・SoCの体制ができると思う」と自信を持つ。後編では、ルネサスがぶれないという4つのテーマと展示会でのデモに付いて紹介する。

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インデックス

連載目次
第89回 ADAS/自動運転のシミュレーションデータからビッグデータ解析まで可能に
第88回 酔っ払い運転をテクノロジーで防ぐ
第87回 クルマにも大容量ストレージが搭載される時代が到来
第86回 ゴムまりのようなタイヤのコンセプトカーをGoodyearが提案
第85回 車内での音声認識を確実にするNuanceの騒音抑制技術
第84回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(後編)
第83回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(前編)
第82回 クルマの全体最適化を容易にするメンターのソフトウェア
第81回 クルマのコンピューティング機能を高めたR-Carシリーズの狙い
第80回 衝突防止レーダー時代が到来
第79回 東京モーターショーで高成長を確信したクルマ用半導体の未来
第78回 ビデオと音声を同期しながらEthernetで通信できる - Connected OSの背景
第77回 ルネサスのV2Xチップ、欧米で実証実験
第76回 ビデオ映像を1ms以下の遅延でイーサネット伝送できるルネサスのSoC
第75回 自動運転のクルマを目指し、さまざまな手を打つZMP
第74回 どっこい、鉛蓄電池も進化する
第73回 ADASの進化にはプログラマブルSoCで対応
第72回 クルマのナンバープレートが消える日
第71回 Infineon、HEV/EV用のIGBTモジュールの次世代版を開発中
第70回 車内ワイヤレスネットワークによりハーネス除去を目指す英国ベンチャー
第69回 クルマの安全性向上と共に増えるFPGAの実装
第68回 ルネサス、ソリューション提案を本格化-未来のクルマのロードマップを示す
第67回 コネクテッドカーをよりセキュアにするNXP
第66回 ルネサスの制御マイコンRH850はソフト開発の負担を軽減
第65回 欧州のクリーン化で世界を攻めるInfineon
第64回 画像合成・認識・視点変換・座標変換を搭載したADASチップをルネサスが実現
第63回 クルマ用組み込みシステムのすべてを設計できるMentorのツール
第62回 後発組としてニッチを狙うMaxim
第61回 新自動車用マイコン「Traveo」で富士通の強みを発揮するSpansion
第60回 トヨタグループが開発を進めるSiCパワー半導体とは何か?
第59回 小型モータ駆動用のパワー半導体に特化するON Semiconductor
第58回 ダイナミックレンジ120dBの1280×1080画素CMOSセンサチップ - OmniVision
第57回 カメラの映像処理がクルマの安全技術を握る
第56回 SIM-Driveが研究開発から実用化フェーズにギアチェンジ
第55回 プラグインハイブリッドに有利な欧州のCO2規制
第54回 Maxim、カーエレを市場/製品/製造/品質/供給の各戦略から攻め切る
第53回 車車間、車路間通信規格802.11pチップをNXPがSDRで実現
第52回 ボディ制御ECUをハード/ソフト同時設計できるツール - ルネサスとSynopsys
第51回 バッテリ状態をスマホで可視化できるユニットをパナソニックが発売
第50回 携帯電話で培った低消費電力とエコシステムを生かすARMのCPUコア
第49回 FSL、外から360度クルマが見える映像を合成するチップを開発
第48回 加速感を重視したスポーツカー仕様のSIM-Driveの第3号車
第47回 カーエレの頭脳から近未来のクルマを予測する
第46回 ニッケル水素電池でアイドリングストップの回生エネルギー能力を引き出す
第45回 APEV、EVプラットフォーム戦略をベースに学生向けデザインコンテストを開始
第44回 カーレースのデータを次世代安全システムに生かすフリースケール
第43回 通信ネットワークのクルマ応用を推進するNXP
第42回 鉛蓄電池を大事に使おう
第41回 メルセデス・ベンツのクルマに見る衝突防止システム
第40回 シャーシの基本設計を見直し、480kmの走行距離を実現したTeslaの新型EV
第39回 海外企業としてはじめてデンソーから技術開発賞を受賞したInfineon
第38回 専用チップにより一段と高まるクルマの音声認識レベル
第37回 富士通がカーエレのソリューションビジネスに本格参入を宣言
第36回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(後編)
第35回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(前編)
第34回 クルマ用のイーサネット規格は安全性見地から標準化と相互運用性で
第33回 居住性追求もやはり"燃費"が良いインホイールモータ - SIM-Driveの第2号車
第32回 小さなモータ駆動用マイコンで大きな自動車市場を攻めるFreescale
第31回 インホイールモータ応用を狙うSiCインバータを三菱電機が開発
第30回 エネルギーハーベスティングによるタイヤ空気圧モニタリングシステム -IMEC
第29回 モータ駆動用インバータを1/10に小型化できるSiCトランジスタ
第28回 インホイール・モーター車の実用化を早めるSIM-DriveとDassaultの提携
第27回 ソフトウェア無線技術を生かしカーワイヤレス分野を着実に伸ばすNXP
第26回 中国BYD、独自のトップダウン式垂直統合システムで急成長
第25回 携帯端末用マルチプロセッサ、カーインフォテイメントにも威力を発揮
第24回 車載用SoCをハイエンドからローエンドまで広くカバーするルネサス
第23回 ルネサス、車載向け「V850」マイコンシリーズが90nmを採用し第4世代に突入
第22回 クルマのインテリアデザインの革命児になるか、有機ELライティング
第21回 電気自動車普及協議会が設立 - 注意すべき点はEVのガラパゴス化
第20回 電気自動車とスマートグリッド構築の実験をナノオプトが開始
第19回 トヨタと米電気自動車ベンチャーの提携の先にあるもの
第18回 エンタメ系半導体でシェアをじわじわ獲得 - NXPがソフトウェア無線を推進
第17回 クルマの中でもホームエンタテインメントと同じ環境を構築 - Roviの戦略
第16回 電気自動車はクルマのデザインを見直す時代に - 差別化はデザインで
第15回 EVの航続距離を伸ばすインホイール・モーター技術 - SIM-Driveが開発を加速
第14回 Freescale、SiGeのBiCMOSプロセスで77GHzのミリ波レーダーを開発
第13回 エコブームに乗り電気自動車が相次いで発売される
第12回 より大容量のリチウムイオン電池開発を極秘に進める自動車メーカー
第11回 電気自動車のエンジンはずばりリチウムイオン電池だが、充電方法にも大革命
第10回 電気自動車に向くモーター駆動用パワーデバイスはSiのIGBTか、SiCのFETか
第9回 電気自動車の実用化に向け、その問題点と解決策を探る
第8回 パッケージの上からチップIDがわかるX線装置と記録インクを東レが開発
第7回 半導体の産地偽装に対処する強い味方、チップやECUのトレーサビリティ
第6回 カーナビ用OSにHMIツールなどを付加 - 進化を続けるMicrosoftのクルマ戦略
第5回 ハイブリッドカー専用のパワーモジュール - Infineonが開発中、150℃保証
第4回 画像認識プロセッサの品種拡大で最高車種から低価格車種まで狙うNECエレ
第3回 "より安全に"を加速するFreescale - 横滑り防止にはセンサで対応
第2回 最先端65nm技術を使ったルネサスの車載半導体から見える自動車の近未来
第1回 エレクトロニクス化をひたすらつっ走る自動車

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