クルマ全体のエレクトロニクスをまるで眺望するかのように設計できるツールが現れた。クルマや航空機、宇宙船のように巨大なシステムを設計する場合に、全体を眺望できれば個々のサブシステムの設計はよりしやすくなる。同時に、サブシステムの設計者全員がシステム全体を鳥瞰でき、自分はシステム全体のどこを設計しているのか、一目で理解できるようになる。こういった巨大システムの設計に便利なツールCapital System製品を2種類、米Mentor Graphics(日本法人はメンター・グラフィックス・ジャパン)がリリースした。

最近では、巨大なシステムの中で動く個別のシステムはサブシステムとは言わず、やはりシステムと呼ぶ。System of Systemsという言葉で表現している。クルマでは、エアコンやインテリア照明、エンジン点火装置、排気装置、エンジン冷却装置、ギアボックス、トランスミッション、パワーウィンドウ、パワーステアリング、ブレーキ、ABS(横滑り防止)、アクティブセイフティ、エアバッグ、航行コントロール、適応型の航行コントロール、電源、バッテリ管理などさまざまなシステムをECU(電子制御ユニット)が担う。クルマ全体で数十~数百モノECUをどのように配置し、それをワイヤハーネスでどうつなげるか。Mentorの新製品はこれを一目で見られるツールである。

クルマでは、個々のシステムがプリント回路基板(PCB)ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク情報、電気配線システムからできている(図1)。個々のシステムの機能や特長を記述するのに、パワーポイントやエクセル、あるいはワードなどさまざまなアプリケーションソフトを使っているため、ハードウェアの記述とソフトウェアやネットワーク情報の記述データの交換程度しかできない。

図1 ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク情報など現場の記述はいろいろなアプリで統一とれていない (出典:Mentor Graphics)

そこで、今回の新製品(図2)は、データ駆動型のソフトウェアともいうべきもので、全体に適用できるだけではなく、ハード、ソフトなど個々のテクノロジーにも使え、さまざまなECUシステムをエレガントに接続する。

図2 Capital Systemのコンセプトは抽象化してまず鳥瞰すること (出典:Mentor Graphics)

新製品の1つ「Capital System Capture」は図2の左上の図のように、全体の機能や特長を記述し、大まかな接続情報も加える。このツールを使って製品を記述すると、いろいろなソースから集められた機能設計の抽象化を作り出し見える化できる。信号を通して機能や配線を捉え、このあと機能レベルを実行するためのガイダンスを提供する。これらの機能はハードウェアとソフトウェア、ネットワーク情報(IOマルチプレクサ)、電気の量を表わしている。

このソフトのメリットは何か。ハードとソフト、ネットワーク、電気配線など各専門の設計者のコラボレーションを育成できる。コンセプトの段階から、これらのチームとのやり取りをスピーディにできる。システム設計者のために設計を再利用できる。

もう1つの新製品「Capital System Architect」は図3のように、記述された機能や特長をクルマの上にマッピングする。クルマのどこにパワートレインやシャーシ、ボディ、ADASシステムなどを配置し、それらをつなぐか、を一目で見えるように鳥瞰図を書く。Capital System Architectは、いろいろな機能のモデルを集め、それらをロジックのプラットフォームに落としていく。その結果、ロジックと物理的な中身を構築するごとに修正しながら出力するような形に合成する。そして、ユーザーが定義したルールと制約条件を使って制御していく。設計の狙いが正しく行われているか、作りつけのDRC(デザインルールチェック)を使って検証する。その出力は、個々の工程での設計プロセスとツール(ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク情報、配電用ロジック)を実現するための提案形式になっている。このようにして鳥瞰してそれぞれのシステム設計者にまるで落とし込むように仕様を手渡す。

図3 機能モデルをクルマに物理的にマッピングする (出典:Mentor Graphics)

このプロセスのメリットは何か。各ECU特有の最適化をするとコストがかかるが、全体を鳥瞰するため、そのコスト上昇を避けることができる。目標を達成するために各設計者とコラボレーションしてやり取りし、全体最適を図ることができる。この手法は開発から生産設計へとシームレスに流すこともできる。

こういったツールが出てきた背景には、ADAS(先進ドライバー支援システム)や自動運転のようにIT系と車体の制御系の2つを利用するシステムが大規模化してきたためである。図4のように、例えば前方のクルマや障害物に衝突しそうになる時に自動的にブレーキがかかるようなシステムは、レーダーシステム、障害物との距離を計算するシステム、クルマのスピードを測定するシステム、ブレーキ制御システム、計算した結果危険を知らせる警報システム、警報をLCDに表示するシステム、警報をLEDに点滅させて知らせるシステム、などECUだけでも数が増えてしまう。それらをつなぐワイヤハーネスの情報も必要だ。それぞれのECUだけを手掛けていてはADASシステム全体としての最適状態を把握できなくなってしまう恐れがある。

図4 Capital System CaptureでADASシステム全体を見通す (出典:Mentor Graphics)

このCapital Systemsは、各ECU内部を詳細に表現しない。むしろ、全体のECUやネットワーク、配線のハーネスなどを把握し、鳥瞰できることであり、詳細を表現することではない。しかし、各ECUの設計段階に入り、それぞれの詳細設計に取り組んでいる時にハードウェアやソフトウェアで変更があれば、すぐさま設計者全員に変更点をフィードバックして再評価・検証することができる(図5)。こうしておけば全体から自分が設計するECUへの影響を把握でき、全体最適に近づくことができるようになる。

図5 変更点があれば素早くフィードバックし設計者全員が情報を共有できる (出典:Mentor Graphics)

この新製品ツールは、各ECU設計者同士のやり取りを初期の段階からでき、変更点などの確認評価もできることが最大のメリットだ。だからこそ、クルマ全体の最適化するための時間が短縮でき、しかも間違いのないクルマを作ることができるようになる。