【連載】

カーエレクトロニクスの進化と未来

82 クルマの全体最適化を容易にするメンターのソフトウェア

 

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クルマ全体のエレクトロニクスをまるで眺望するかのように設計できるツールが現れた。クルマや航空機、宇宙船のように巨大なシステムを設計する場合に、全体を眺望できれば個々のサブシステムの設計はよりしやすくなる。同時に、サブシステムの設計者全員がシステム全体を鳥瞰でき、自分はシステム全体のどこを設計しているのか、一目で理解できるようになる。こういった巨大システムの設計に便利なツールCapital System製品を2種類、米Mentor Graphics(日本法人はメンター・グラフィックス・ジャパン)がリリースした。

最近では、巨大なシステムの中で動く個別のシステムはサブシステムとは言わず、やはりシステムと呼ぶ。System of Systemsという言葉で表現している。クルマでは、エアコンやインテリア照明、エンジン点火装置、排気装置、エンジン冷却装置、ギアボックス、トランスミッション、パワーウィンドウ、パワーステアリング、ブレーキ、ABS(横滑り防止)、アクティブセイフティ、エアバッグ、航行コントロール、適応型の航行コントロール、電源、バッテリ管理などさまざまなシステムをECU(電子制御ユニット)が担う。クルマ全体で数十~数百モノECUをどのように配置し、それをワイヤハーネスでどうつなげるか。Mentorの新製品はこれを一目で見られるツールである。

クルマでは、個々のシステムがプリント回路基板(PCB)ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク情報、電気配線システムからできている(図1)。個々のシステムの機能や特長を記述するのに、パワーポイントやエクセル、あるいはワードなどさまざまなアプリケーションソフトを使っているため、ハードウェアの記述とソフトウェアやネットワーク情報の記述データの交換程度しかできない。

図1 ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク情報など現場の記述はいろいろなアプリで統一とれていない (出典:Mentor Graphics)

そこで、今回の新製品(図2)は、データ駆動型のソフトウェアともいうべきもので、全体に適用できるだけではなく、ハード、ソフトなど個々のテクノロジーにも使え、さまざまなECUシステムをエレガントに接続する。

図2 Capital Systemのコンセプトは抽象化してまず鳥瞰すること (出典:Mentor Graphics)

新製品の1つ「Capital System Capture」は図2の左上の図のように、全体の機能や特長を記述し、大まかな接続情報も加える。このツールを使って製品を記述すると、いろいろなソースから集められた機能設計の抽象化を作り出し見える化できる。信号を通して機能や配線を捉え、このあと機能レベルを実行するためのガイダンスを提供する。これらの機能はハードウェアとソフトウェア、ネットワーク情報(IOマルチプレクサ)、電気の量を表わしている。

このソフトのメリットは何か。ハードとソフト、ネットワーク、電気配線など各専門の設計者のコラボレーションを育成できる。コンセプトの段階から、これらのチームとのやり取りをスピーディにできる。システム設計者のために設計を再利用できる。

もう1つの新製品「Capital System Architect」は図3のように、記述された機能や特長をクルマの上にマッピングする。クルマのどこにパワートレインやシャーシ、ボディ、ADASシステムなどを配置し、それらをつなぐか、を一目で見えるように鳥瞰図を書く。Capital System Architectは、いろいろな機能のモデルを集め、それらをロジックのプラットフォームに落としていく。その結果、ロジックと物理的な中身を構築するごとに修正しながら出力するような形に合成する。そして、ユーザーが定義したルールと制約条件を使って制御していく。設計の狙いが正しく行われているか、作りつけのDRC(デザインルールチェック)を使って検証する。その出力は、個々の工程での設計プロセスとツール(ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク情報、配電用ロジック)を実現するための提案形式になっている。このようにして鳥瞰してそれぞれのシステム設計者にまるで落とし込むように仕様を手渡す。

図3 機能モデルをクルマに物理的にマッピングする (出典:Mentor Graphics)

このプロセスのメリットは何か。各ECU特有の最適化をするとコストがかかるが、全体を鳥瞰するため、そのコスト上昇を避けることができる。目標を達成するために各設計者とコラボレーションしてやり取りし、全体最適を図ることができる。この手法は開発から生産設計へとシームレスに流すこともできる。

こういったツールが出てきた背景には、ADAS(先進ドライバー支援システム)や自動運転のようにIT系と車体の制御系の2つを利用するシステムが大規模化してきたためである。図4のように、例えば前方のクルマや障害物に衝突しそうになる時に自動的にブレーキがかかるようなシステムは、レーダーシステム、障害物との距離を計算するシステム、クルマのスピードを測定するシステム、ブレーキ制御システム、計算した結果危険を知らせる警報システム、警報をLCDに表示するシステム、警報をLEDに点滅させて知らせるシステム、などECUだけでも数が増えてしまう。それらをつなぐワイヤハーネスの情報も必要だ。それぞれのECUだけを手掛けていてはADASシステム全体としての最適状態を把握できなくなってしまう恐れがある。

図4 Capital System CaptureでADASシステム全体を見通す (出典:Mentor Graphics)

このCapital Systemsは、各ECU内部を詳細に表現しない。むしろ、全体のECUやネットワーク、配線のハーネスなどを把握し、鳥瞰できることであり、詳細を表現することではない。しかし、各ECUの設計段階に入り、それぞれの詳細設計に取り組んでいる時にハードウェアやソフトウェアで変更があれば、すぐさま設計者全員に変更点をフィードバックして再評価・検証することができる(図5)。こうしておけば全体から自分が設計するECUへの影響を把握でき、全体最適に近づくことができるようになる。

図5 変更点があれば素早くフィードバックし設計者全員が情報を共有できる (出典:Mentor Graphics)

この新製品ツールは、各ECU設計者同士のやり取りを初期の段階からでき、変更点などの確認評価もできることが最大のメリットだ。だからこそ、クルマ全体の最適化するための時間が短縮でき、しかも間違いのないクルマを作ることができるようになる。

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インデックス

連載目次
第91回 冗長構成に向いたARMのCortex-R52安全管理プロセッサ
第90回 GNSS+GPSの測位チップで、測位精度を向上させたu-blox
第89回 ADAS/自動運転のシミュレーションデータからビッグデータ解析まで可能に
第88回 酔っ払い運転をテクノロジーで防ぐ
第87回 クルマにも大容量ストレージが搭載される時代が到来
第86回 ゴムまりのようなタイヤのコンセプトカーをGoodyearが提案
第85回 車内での音声認識を確実にするNuanceの騒音抑制技術
第84回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(後編)
第83回 ルネサスのクルマ用半導体の戦略と戦術(前編)
第82回 クルマの全体最適化を容易にするメンターのソフトウェア
第81回 クルマのコンピューティング機能を高めたR-Carシリーズの狙い
第80回 衝突防止レーダー時代が到来
第79回 東京モーターショーで高成長を確信したクルマ用半導体の未来
第78回 ビデオと音声を同期しながらEthernetで通信できる - Connected OSの背景
第77回 ルネサスのV2Xチップ、欧米で実証実験
第76回 ビデオ映像を1ms以下の遅延でイーサネット伝送できるルネサスのSoC
第75回 自動運転のクルマを目指し、さまざまな手を打つZMP
第74回 どっこい、鉛蓄電池も進化する
第73回 ADASの進化にはプログラマブルSoCで対応
第72回 クルマのナンバープレートが消える日
第71回 Infineon、HEV/EV用のIGBTモジュールの次世代版を開発中
第70回 車内ワイヤレスネットワークによりハーネス除去を目指す英国ベンチャー
第69回 クルマの安全性向上と共に増えるFPGAの実装
第68回 ルネサス、ソリューション提案を本格化-未来のクルマのロードマップを示す
第67回 コネクテッドカーをよりセキュアにするNXP
第66回 ルネサスの制御マイコンRH850はソフト開発の負担を軽減
第65回 欧州のクリーン化で世界を攻めるInfineon
第64回 画像合成・認識・視点変換・座標変換を搭載したADASチップをルネサスが実現
第63回 クルマ用組み込みシステムのすべてを設計できるMentorのツール
第62回 後発組としてニッチを狙うMaxim
第61回 新自動車用マイコン「Traveo」で富士通の強みを発揮するSpansion
第60回 トヨタグループが開発を進めるSiCパワー半導体とは何か?
第59回 小型モータ駆動用のパワー半導体に特化するON Semiconductor
第58回 ダイナミックレンジ120dBの1280×1080画素CMOSセンサチップ - OmniVision
第57回 カメラの映像処理がクルマの安全技術を握る
第56回 SIM-Driveが研究開発から実用化フェーズにギアチェンジ
第55回 プラグインハイブリッドに有利な欧州のCO2規制
第54回 Maxim、カーエレを市場/製品/製造/品質/供給の各戦略から攻め切る
第53回 車車間、車路間通信規格802.11pチップをNXPがSDRで実現
第52回 ボディ制御ECUをハード/ソフト同時設計できるツール - ルネサスとSynopsys
第51回 バッテリ状態をスマホで可視化できるユニットをパナソニックが発売
第50回 携帯電話で培った低消費電力とエコシステムを生かすARMのCPUコア
第49回 FSL、外から360度クルマが見える映像を合成するチップを開発
第48回 加速感を重視したスポーツカー仕様のSIM-Driveの第3号車
第47回 カーエレの頭脳から近未来のクルマを予測する
第46回 ニッケル水素電池でアイドリングストップの回生エネルギー能力を引き出す
第45回 APEV、EVプラットフォーム戦略をベースに学生向けデザインコンテストを開始
第44回 カーレースのデータを次世代安全システムに生かすフリースケール
第43回 通信ネットワークのクルマ応用を推進するNXP
第42回 鉛蓄電池を大事に使おう
第41回 メルセデス・ベンツのクルマに見る衝突防止システム
第40回 シャーシの基本設計を見直し、480kmの走行距離を実現したTeslaの新型EV
第39回 海外企業としてはじめてデンソーから技術開発賞を受賞したInfineon
第38回 専用チップにより一段と高まるクルマの音声認識レベル
第37回 富士通がカーエレのソリューションビジネスに本格参入を宣言
第36回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(後編)
第35回 e-Summit 2012 - ADASに参入するEDA/通信半導体/FPGAの各企業の戦略(前編)
第34回 クルマ用のイーサネット規格は安全性見地から標準化と相互運用性で
第33回 居住性追求もやはり"燃費"が良いインホイールモータ - SIM-Driveの第2号車
第32回 小さなモータ駆動用マイコンで大きな自動車市場を攻めるFreescale
第31回 インホイールモータ応用を狙うSiCインバータを三菱電機が開発
第30回 エネルギーハーベスティングによるタイヤ空気圧モニタリングシステム -IMEC
第29回 モータ駆動用インバータを1/10に小型化できるSiCトランジスタ
第28回 インホイール・モーター車の実用化を早めるSIM-DriveとDassaultの提携
第27回 ソフトウェア無線技術を生かしカーワイヤレス分野を着実に伸ばすNXP
第26回 中国BYD、独自のトップダウン式垂直統合システムで急成長
第25回 携帯端末用マルチプロセッサ、カーインフォテイメントにも威力を発揮
第24回 車載用SoCをハイエンドからローエンドまで広くカバーするルネサス
第23回 ルネサス、車載向け「V850」マイコンシリーズが90nmを採用し第4世代に突入
第22回 クルマのインテリアデザインの革命児になるか、有機ELライティング
第21回 電気自動車普及協議会が設立 - 注意すべき点はEVのガラパゴス化
第20回 電気自動車とスマートグリッド構築の実験をナノオプトが開始
第19回 トヨタと米電気自動車ベンチャーの提携の先にあるもの
第18回 エンタメ系半導体でシェアをじわじわ獲得 - NXPがソフトウェア無線を推進
第17回 クルマの中でもホームエンタテインメントと同じ環境を構築 - Roviの戦略
第16回 電気自動車はクルマのデザインを見直す時代に - 差別化はデザインで
第15回 EVの航続距離を伸ばすインホイール・モーター技術 - SIM-Driveが開発を加速
第14回 Freescale、SiGeのBiCMOSプロセスで77GHzのミリ波レーダーを開発
第13回 エコブームに乗り電気自動車が相次いで発売される
第12回 より大容量のリチウムイオン電池開発を極秘に進める自動車メーカー
第11回 電気自動車のエンジンはずばりリチウムイオン電池だが、充電方法にも大革命
第10回 電気自動車に向くモーター駆動用パワーデバイスはSiのIGBTか、SiCのFETか
第9回 電気自動車の実用化に向け、その問題点と解決策を探る
第8回 パッケージの上からチップIDがわかるX線装置と記録インクを東レが開発
第7回 半導体の産地偽装に対処する強い味方、チップやECUのトレーサビリティ
第6回 カーナビ用OSにHMIツールなどを付加 - 進化を続けるMicrosoftのクルマ戦略
第5回 ハイブリッドカー専用のパワーモジュール - Infineonが開発中、150℃保証
第4回 画像認識プロセッサの品種拡大で最高車種から低価格車種まで狙うNECエレ
第3回 "より安全に"を加速するFreescale - 横滑り防止にはセンサで対応
第2回 最先端65nm技術を使ったルネサスの車載半導体から見える自動車の近未来
第1回 エレクトロニクス化をひたすらつっ走る自動車

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