ルネサス エレクトロニクスが発表した、車車間・路車間(V2X)通信向けSoC「R-CAR W2R」の事業戦略は、実はしたたかなものを伺わせる。単にチップの製品を開発しただけではない。半導体メーカーは、システムメーカーからの要求待ちではなく、積極的に一緒に開発、確認していくことが勝ちパターンとなっている。それも海外のユーザーを相手に共同開発する。

欧州・北米と共同試験

少なくともルネサスはクルマに関しては積極的にグローバルのシステムメーカーとの共同開発に力を入れている(図1)。V2X(Vehicle to X)普及に向け、欧州の普及促進団体「CAR 2 CAR Communication Consortium」に参加し、もちろん国内でも「ITS Connect推進協議会」にも加わっている。そして、欧州でETSI準拠の相互接続試験、北米でもUS DOT接続試験を始めている。相互接続試験(インターオペラビリティ)は、クルマ同士が通信するために絶対不可欠な試験であるため、この試験をいち早く進めることはV2X通信市場で極めて大きなプレゼンスを勝ち取ることができる。

図1 グローバルに実証実験を展開する (出典:ルネサスエレクトロニクス)

なぜこういったインターオペラビリティが重要か。たとえルネサスのチップが他社よりも優れていたとしても、実際に使ってみて問題が起きれば、信用は傷つき回復が難しくなってしまうからだ。V2Xの規格を満足したとしてもノイズに弱く誤動作するとか、実際の通信距離が足りなければ使えない。だからこそ、実証実験が必要なのである。クルマから見ると、まったく新しい機能である。人の安全に深くかかわる機能である。だからこそ、グローバルな顧客に対して、このチップを載せてクルマ同士がつながり、クルマと交差点の通信設備とつながることを証明しなければならない。

見通しの悪い交差点での事故を回避

では、V2X通信では何が問題か。V2Xでは特に、見通しの悪い交差点で別のクルマが近づいていることがわかれば、衝突を避けることができる。さらには、2台前のクルマの挙動が居眠りなどで不自然な時、前方のクルマが視界をさえぎっているため、見えづらい。このような場合、玉突き衝突の危険がある。あらかじめ、挙動不審車がわかっていれば注意を払うことができる。要は近くにクルマがいることがわかっていれば、事故を回避できる。V2X通信は見えないクルマの挙動を知るための通信といえる。さらに、道路情報や救急車やパトカーのような緊急車両の接近、死角からの2輪車の接近にも有効だ。

図2 V2Xのフィールド試験を自社でも行う (出典:ルネサス エレクトロニクス)

ルネサスは欧州の法人でもフィールド試験を行っており、車と車の通信している間に別の妨害電波を発するクルマが来た時の影響についても試験を行い、信号レベルとエラーレート、車間距離などさまざまなデータをとっている。見通しの悪い交差点でも60m手前で通信が成り立つことも確認している。

RFとベースバンドを1チップ集積

では、ルネサスが開発したこのチップ「R-CAR W2R」はV2X通信を行う上で何が優れているか。このチップに送信用のパワーアンプ(PA)や受信用のLNA(ローノイズアンプ)、送受信スイッチ、さらにアプリケーションレイヤを含むチップ「R-CAR E2」、各種のインタフェースなどをボードに搭載して(図3)、そのまま使えることだ。

図3 V2X通信のホスト「R-CAR E2」と一緒に使う (出典:ルネサス エレクトロニクス)

欧州のV2X通信に使う5.9GHz帯(5.875-5.905GHz)の周波数は実は同地域で用いられているETCと非常に近い(5.8GHz帯:5.795-5.815GHz)。この2つの通信ではそれぞれの周波数帯は微妙に離れており、互いの干渉は許されない。このチップは、互いの帯域外のノイズレベルは欧州の標準化団体である「ETSI(European Telecommunications Standards Institute)」の定めた規格を十分下回っているため(図4)、ノイズ除去回路が不要になる。もし、チップレベルでノイズレベルが満たされない場合、ノイズを除去するためのフィルタが必要になる。つまりコストアップになる。このチップを使えば、ユーザーにはコストを安くできるというメリットがある。

図4 ETSIのノイズ規格を満足 (出典:ルネサス エレクトロニクス)

また、欧州のV2X通信では、Wi-Fi規格の一種である、IEEE802.11pという規格を使う。データレートは最大27Mbpsとさほど早くはないが、通信到達距離は700m以上確保している。これは外付けのPAに依存するが、この規格では最大28.8dBm(クラスD)と決められているため、それをオーバーすることはできない。ルネサスはLNAやPAは自社で持っていないため、これらのメーカーともディスカッションするという。この規格に使うデジタル変調方式には、BPSK、QPSK、16QAM、64QAMがある。

ではこのチップにはV2X通信に必要などのような回路を含むだろうか。ここでは、大きく分けてRF部とベースバンド部を1チップに集積している(図5)。RF部では、アンテナからバイパスフィルタBPF、さらにLNAを経てマイクロ波信号はこのRF回路に入る。RF回路では局部発振器を集積、PLLで周波数を調整する。この局部発振器からの信号を入力とのビートを採り、周波数を下げて信号を抽出する訳だが、このRFからベースバンド部に入り、デジタル変復調する。さらにビット誤りやタイミング制御などを行うMAC層も集積している。制御用のデジタルインタフェースとして標準的なUARTやI2C、SDIOなどを集積しており、ホストの「R-CAR E2」とはSDIOで通信する。

図5 RFとベースバンドを集積した1チップソリューション (出典:ルネサス エレクトロニクス)

ルネサスは、図5の外付け部品を最適設計した小型モジュールの評価ボードを提供するだけではなく、図3のターンキーサービスのV2Xスターターキットも提供する。ホストのR-CAR E2には、V2Xのドライバやファームウェア、ITSプロトコルスタックなども集積しており、ユーザーごとにアプリケーションを実装すればよいようになっている。チップのサンプル出荷は2015年10月を予定している。