トヨタ自動車がSiCトランジスタを開発していることを明らかにした。トヨタとデンソー、豊田中央研究所の3社による共同開発だ。これまではデンソーが積極的にSiCパワーMOSFETとSBD(ショットキバリアダイオード)を開発してきたが、トヨタがSiCパワー半導体を開発していることを公表したのはこれが初めてである。豊田中研とデンソーは基礎研究で先行し、2007年からトヨタも参加したという。

図1 トヨタとデンソー、豊田中研が共同開発したSiCパワートランジスタ(右) 左はSiのIGBTパワートランジスタ (出典:トヨタ自動車)

トヨタがSiCトランジスタに力を入れるのは、単なる電気自動車(EV)だけではなく、PHV(プラグインハイブリッド)やFCV(燃料電池車)にも使えるからだ(図2)。これらモーターを回して動力とするクルマは、300~350Vのバッテリから600V程度に昇圧して3相モーターで120度ずつ回転角を駆動する訳だが、3対(6個)のトランジスタが順番にオンしていく。それを制御するのがPCUだ。

図2 PCUはEV、PHV、FCVなどに幅広く使える (出典:トヨタ自動車)

トヨタは、共同開発した耐圧1200V、電流200AのSiCパワー半導体(ダイオードとトランジスタ)を採用したパワーコントロールユニット(PCU)をハイブリッドの試作車に搭載し、テストコースを奏功した実験で、5%以上の燃費向上を確認した。2013年の12月にはSiC専用のクリーンルームを広瀬工場内(図3)に整備したという。

図3 トヨタの広瀬工場(出典:トヨタ自動車)

トヨタが発表したプレスリリースでは、SiCパワー半導体という表現をしており、パワーMOSFETなのか、MOSFET以外のデバイスなのか明確にしていないが、MOSFETであることは間違いなかろう。というのは、共同開発者のデンソーがパワーMOSFETの開発に取り組んできているためだ。さらに、Siと比べ、SiCパワー半導体の方がスイッチング損失は少ないため、高周波化が可能であると述べているが、SiCの方がSiよりもスイッチング損失が少ないのではない。SiではIGBTが使われているが、IGBTと比べてMOSFETの方がスイッチング損失は少なく、高周波特性が優れているのである。

IGBTは電子と正孔という2つのキャリヤをpn接合を通して抵抗を減らしているが、スイッチオンからオフへ切り替える場合には、少数キャリヤ (p領域には電子、n領域には正孔) が残ってしまうため、電流がだらだらとテールを描きいつまでも長く流れてしまう。MOSFETは多数キャリヤデバイスであるため、この少数キャリヤの蓄積時間がなく、スイッチングは素早く行われる。だからMOSFETなどのFETは高速なのだ。

SiCのSiに対するメリットは何と言っても耐圧が高いことだ。Siの1.1eVというエネルギーバンドギャップに対して、SiCのそれは3.26eVと高い。このため、pn接合の順方向電圧降下はむしろSiCの方が高く、順方向電流の損失は大きい。しかし、SiCの耐圧はSiの10倍もあるため、耐圧を上げるために不純物濃度を下げて高抵抗にする必要がない。Siでは耐圧を上げようとすると不純物濃度を下げ、空乏層が目いっぱい広がるようにして耐圧を確保する。その代償として、抵抗が高くなる。

多数キャリヤを利用するトランジスタであるMOSFETは、pn接合を電流が横切らないため、pn接合損失は問題にならない。このためSiCではMOSFET構造が大電力用途に向いている。ただ、J(接合型)FETという選択肢もある。これはドイツのInfineon Technologiesが採用している。JFETはノーマリオン動作(ゲート電圧がゼロの時でも電流が流れる動作)であるため、オフさせるためにはゲートにマイナスの電圧をかける必要がある。すなわちプラスとマイナスの電源が必要になる。これでは使いにくい。MOSFETはノーマリオフ動作のためプラスの電源だけでよい。そこでInfineonはゲートにSi MOSFETをカスコード接続することで、実質的にノーマリオフ動作できる回路を考案した。すでに商品化している。

JFETは電流がSiC半導体の結晶性が比較的良いバルクを流れるため、電流をたっぷりとれるのに対して、SiC MOSFETはゲート酸化膜とSiC半導体との界面状態の良くない領域を電流が流れるため、ゲート電圧を目いっぱいかけて電荷を発生させ、電流を確保している。このためオン電流損失がJFETよりも多い。しかし、使いやすいというメリットは大きい。

JFETにせよ、MOSFETにせよ、スイッチング損失が少ないため、高速動作をさせることができる。インバータ回路を構成する時のスイッチング周波数を上げることができるため、電荷エネルギーを溜めるコイル(インダクタ)Lと、コンデンサCを小さくできる。インバータ回路における最大の部品はコイル(体積で40%を占めるという)であるから、高周波化によってインバータを小型にできる。トヨタは将来、インバータ機能を持つPCUの体積を原稿の1/5を目指すとしている(図4)。

図4 PCUは現状の1/5の体積を目指す(出典:トヨタ自動車)

トヨタは、今後1年以内に公道での走行実験を開始する予定である。さらに、効率を改善することで燃費の改善を図っていく。