車輪の中にモータを埋め込む「インホイールモータ」方式の電気自動車を作る産学共同コンソーシアムである「SIM-Drive」の先行開発車第4号(図1)がベールを脱いだ。「SIM-HAL」と名付けられた第4号は、開発車として最後のクルマになった。SIM-Driveはこれから実用化フェーズに入る。

図1 SIM-Driveの先行開発車第4号の「SIM-HAL」

SIM-Driveは実用化を早めるために、4つの手法を用いる。まず、これまで開発してきた1号車「SIM-LEI」、2号車「SIM-WIL」、3号車「SIM-CEL」、そして今回の「SIM-HAL」の事業化に関心のある企業に対してパートナーを組もうと呼びかけた。ただ、すぐにはパートナーは現れない。このため、同社はタジマモーターと共同開発することで提携した。タジマモーターは競技用の自動車や電気自動車の規格・開発・製造する会社だ。SIM-Driveの代表取締役社長である田嶋伸博氏がタジマの代表取締役会長でもある。両社のパートナーシップは田嶋社長のリーダーの元に開発を加速するという意味がある。

次に、SIM-Driveはさらに実用化を加速するため、EVコンバージョン事業も積極的に行う。これは、従来のガソリン車のボディをそのまま使って、電気自動車(EV)に改造するというビジネスだ。すでにシトロエンのDS3(FF)やトヨタ自動車の86e(AWD)、ベンツの280SL(FR)を手掛けており、今回トヨタのスポーツカー86eを公開した(図2)。こういったビジネスに対してもパートナーを求めている。

図2 トヨタのスポーツカー86をEVに改造した「86e」

3番目には、航続距離を延ばすための事業化である。レンジエクステンダー(Range extender)と名付け、バイオ燃料で発電する「ハイブリッド型」で距離を稼ぐ。ただし、ガソリンエンジンに後戻りはしない。このバイオ燃料システムは、慶應義塾大学と静岡理工科大学、タジマと共に、SIM-Driveが共同開発している。通常時は電気自動車として走行し、中長距離走行時にはレンジエクステンダーとして使う。災害時には電源車としても活用する。

そして4番目がモータ自身の開発である。1~3号車まではモータは、SIM-Driveが開発したものを使ってきたが、今回の4号車では「モータSS」(図3)を新たに開発し、重量当たりのトルクをこれまでよりも少ない63%の電流密度で、1.5倍に上げた。これまでのモータと比べ、小型軽量に関しては35%軽くなり、モータの損失は20%減少した。このモータはローター部分を多極に分け、それぞれの溝を付けた構造にした(図4)。SIM-Driveのモータはこれまでもアウターロータ方式を採用してきたが、今回もそれを踏襲した。今回の4号車には3号までの16インチではなく17インチのホィールを採用した。

図3 新開発のSS(SIM Super)モータ

図4 3号車の開発と同時にモータの試作にも着手

モータ開発において目標としたのは、小型軽量、大きなトルク、効率向上、そしてコギングと呼ばれる小さな振動がないこと、である。4号車に使ったSSモータは3号車までのモータと比べ、最大トルクや損失、定格出力、モータ重量、コギングなどの点ですべて改善されている(図5)。モータの厚みは、3号車の144mmに対して目標は100mm以下で結果は90.7mmで収まった。最大トルクは、3号車の850Nm@600Armsに対して650Nm@500Armsを目標としていたが、結果は、620Nm@500Armsとやや下回った。定格出力は、3号車の20kWに対して25kWという目標を定め、これはクリアできた。モータ重量は3号車の51.1kgに対して、30kgの目標を定めたが、結果は33kgとやや増えた。EV特有のコギングに対しては、3号車では13.2Nmトルクもの振動があったが、今回は1Nm以下という振動の少ない特性を示した。

図5 ほとんどの項目で3号車を上回るモータ性能を示した

今回の4号車開発に集まった企業は、わずか8社。1~3号車までの開発では30数社が参加したが、4号車の開発では少ない人数と開発資金に制約があった。そこで、高性能で実用的なマシンを製作するため、車体設計には3号車の車体の形状・骨格をベースにし、モータという基幹技術に集中した。3号車の車体には航空機をイメージするデザインを取り入れて空気抵抗の削減を追求したが、4号車ではそのデザインをやめクルマ本来のデザインに変えた。

製作にはタジマモーターを活用した。静岡県磐田市にあるタジマの開発部門では、骨格車体の加工や外殻造形と型取り作業をしている間に、新川崎にあるSIM-Drive本社で機構品や電機品を製作する。骨格車体ができたら新川崎へ運び、機構品や電機品、さらにバッテリを取り付けた。その間、磐田では外殻製作を進めており、部品を取り付けた4号車を磐田に搬送し外殻を取り付け、塗装や内装作業を進めた。クルマが完成に近づくと新川崎に再び運び、最終調整と性能を検証した。表1に4号車の仕様を示す。

表1 SIM-HALの仕様

フル充電での航続距離の実験値をまだ公表していないが、計算値では404km(JC08条件)走行する(表1)。航続距離は、モータの改良だけではない。軽量化と電池容量を上げたことも大きい。電池容量は35.1kWhとリーフの24kWhよりも約1.5倍もある。