カーエレクトロニクスを大きく分けるとIT系と制御系でできている。制御系にはエンジン制御からシャシー系、ボディ系、メーター系などさまざまある。IT系ではカーナビゲーションシステムをはじめカーオーディオやテレビなどのインフォテインメントがある。ワイパーやドアミラー、パワーウィンドウなどのボディ系ではマイクロコントローラ(マイコン)で制御することが多い。しかし、IT系では画像処理や物体認識など計算量の多いコンピューティング処理がメインの仕事となる。

カーエレ全体のシステムで見ると、頭脳に相当するのがシステムLSIあるいはSoCと呼ばれるシステムを概念に採り入れたチップである。頭脳がSoCなら手足となるのがマイコンである。マイコンで手足を動かす。2012年9月にルネサスはカーエレ用のマイコン「RH850」を発表していたが、このほど既報のとおりIT系を司るSoCのR-Car H2を発表した。SoCは複数のCPUをはじめ、キャッシュメモリやレジスタ、インタフェースなどを集積したもので、高度で重い計算を行う用途が多い。

CPUには、4コアのARM Cortex-A15とやはり4コアのARM Cortex-A7を集積し、高性能のA15コアと低消費電力のA7コアのキャッシュ内容を一致させるコヒーレンシ技術を考慮に入れたbig.LITTLEアーキテクチャを採り入れている。この結果、高性能ながら消費電力を下げることができた。例えばコンピューティングパワーをさほど要求されない時には1個のA15コアではなくクアッドコアA7コアを使えば5000DMIPSの性能を維持したまま消費電力を1/4に減らすことができる(図1)。

図1 big.LITTLEで性能を維持したまま消費電力を下げる

最近の半導体ビジネスでよくみられることだが、SoCのビジネスは単なる半導体チップを販売するだけではない。ユーザーが差別化するためのアプリケーションソフトウェアを開発するツールや、チップを実際にどう使うと、どの程度の性能が出るのかを評価するためのハードウェアボードも提供する。SoCチップで何ができるのかをユーザーに示さなければ売れなくなってきているためだ。この結果、チップの発表と同時にソフト/ハード開発ツールも提供しなくてはならない。

グラフィック機能を強化

逆に、こういった評価ボードなどからユーザー(ティア1メーカーや自動車メーカー)へ提案する機能を知ることができる。今回ルネサスが発表したデモには、アイコンを立体的に表わし、それも無数にあるように3次元的に前後にアイコンを配置するといったスクリーンの見せ方がある(図2)。これは、アイコンを多数見せることができる方法である。これはImagination Technologies(IMG)のグラフィックスIP、PowerVR シリーズ6を集積したことで実現した。

図2 R-Car H2が搭載されたデモボード
実際の動画デモ。3次元的にアイコンを増やすことができる(wmv形式 5.63MB 8秒)

このグラフィックスIPを使えば、地図情報やグラフィックの図面情報を3次元的に回転させたり、視点を変えたりすることがスムーズに行える。図3は、3次元的な地図情報を空から眺めているかのように見えるグラフィックスを撮影したもの。簡単なジョイスティックのようなボールを回転したり少し引っ張ったりすることで回転と高度を表現できるようになっている。手の動きとスクリーンの動きがスムーズに応答している。

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図3 3次元の地図をジョイスティックのようなボールで制御することで、画面を自由に動かすことができる(wmv形式 11.1MB 16秒)

いずれのデモもグラフィックス機能の性能が大幅に向上したことによって、スムーズに動いて見られるようになった。これらのデモから、ユーザーはグラフィック性能が上がったことで立体的な表現力が増したことを知るようになる。これによって、カーナビであれば従来のバードビュー表示を平面的からもっと立体的に短時間で見せることができるようになる。

IMGのグラフィックス機能は立体的な表現だけにとどまらない。光の描写、陰影、強さなどあたかも光源から光が出たように表現できるようになった(図4)。より現実的な表現をグラフィックスでできるようになる。このような光の効果を採り入れたダッシュボードやモニタ画面を表現できる。

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図4 光の効果を取り込む チップの性能が上がったことで映像効果が可能になった(wmv形式 24.9MB 39秒)

こういったグラフィックス機能を使えば、ダッシュボードから機械式のメーターを取り去ってしまうことが可能である。すでにクルマ関係の展示会でもデモされているが、液晶画面上にメーターを表示させるのだ。このためには表示されるメーターの「針」はギザギザなくスムーズに表されなくてはならない。このためのアンチシーンエイリアス機能を強化し、滑らかな斜めの線を表示する機能が必要である。このR-Car H2にはこの機能が集積されている。

画像認識性能もリアルタイム処理を可能に

グラフィックス以外の機能に関しても、リアルタイムに画像認識できる回路の性能を従来の4倍も上げており、走行中に道路標識を素早く認識できるようになる(図5)。これはルネサスが開発した高速の画像認識エンジンであり、道路標識を人間の眼と同じ速さで認識できる。このことでクルマメーカーは制限速度を超えている場合には注意を促したり、あるいはブレーキを自動的に掛けたりすることができるようになる。また進入禁止、追い越し禁止などの注意も音声で促すことができる。

図5 走行中に道路標識を認識する

駐車場では、クルマをまるで上から見ているようなサラウンドビュー機能も汎用のクルマにも付けることができるようになる。このために、4台のカメラからの画像を合成し1枚の絵につなげる画像補正技術も開発している(図6)。R-Car H2では、この認識処理の速度を従来よりも4倍高めている。このチップが量産されるようになれば高級車だけではなく大衆車にもサラウンドビューモニターを搭載できるようになる。

図6 大衆車にもサラウンドビュー機能

さらにカーステレオを豊かな音場で聞けるようにするための24ビットのDSPを搭載している(図7)。AAC+7.1チャンネルの音や、AC3+5.1チャンネルの音を楽しむことができる。このDSPによって、100を超えるさまざまなコーデック規格に対応している。すなわち、どのような音源でもクルマのカーステレオで再生できるようになる。iPhoneやアンドロイドスマホに取り込んでいる音楽を自由に聞くこともできる。

図7 24ビットのオーディオDSPも集積

ブルーレイをデコードする場合のH.264の1080p60をはじめ、4系統の1080p30のコーデック規格にも対応できる回路も搭載している(図8)。これをOpenMAXやGstreamerなどの標準APIインタフェースで提供する。すでにパートナーにDVDやWi-Fi Allianceの新規格Miracastなどのソリューションを開発依頼している。地デジとブルーレイ、Miracastを組み込んだ車内AVシステムができる。ドライバーはテレや映像を見ることはできないが、家族や仲間の同乗者を楽しませることはできる。

図8 フルHDのビデオコーデックも内蔵

ルネサスが提供するR-Car H2ソフトウェア開発環境は、OSやミドルウェアはルネサスから提供し、ハードウェア評価ボードとBSP(ボードサポートパッケージ)もまとめてパートナーが提供する。パートナーとのアライアンスはマイコンビジネスだけではなくSoCビジネスを成長させていく点で極めて重要になる。

図9 ルネサスのR-Car H2搭載デモボード(左)とR-Car H2部分の拡大画像(右)