電気自動車(EV)の航続距離を伸ばす決め手となるインホイール・モーター(IWM)車。この研究開発会社であるSIM-Driveは、フランスに本社を置く3次元CADの大手Dassault Systemesの日本法人ダッソー・システムズと、3年間の業務提携合意に達した。SIM-Driveは産業界から会費を集めてIWM車を開発する研究開発企業。今回の提携は、IWM車の実用化を早めようとする狙いがある。

電気自動車の車輪ごとにモーターを埋め込むIWM車は、トランスミッション系機械部分を持たないため、モーターのエネルギーを車輪にじかに伝えることができる。このため、エネルギー効率が高く、航続距離が長い。会社として第1号のIWM車である「SIM-Lei」は日産自動車の電気自動車リーフとほぼ同じ電池容量で、1.6倍の航続距離を達成している。加えて、大きな体積と重量の内燃エンジンを持たないため、自動車の形状設計の自由度が大幅に上がる。メリットはそれだけではない。4輪独立に動かすモードにもできるため、特に縦列駐車は容易である。

SIM-Driveは、3つのフェーズからなるビジネスモデルを打ち立てた。最初の先行車開発では、30社程度の産業界に会費として1社あたり2000万円を集め、自由に情報交換しクルマを試作開発する。次に技術移転フェーズとして各会員はその技術を持ち帰り、工場への技術移転に取り組む。最終フェーズでは量産を開始する。つまり、研究開発から量産まで一貫してIWM車を市場へ出すことが最終目的となる。

3D CAD、解析ソフト、PLMまで統合

今回、ダッソーと提携した狙いは、SIM-Driveのこの目的と合致する。すなわち、ダッソーが2008年にリリース、改良を重ねて1年に数回リリースと称するバージョンアップを行っている製品「CATIA V6」は、開発用の3次元CADの域をはるかに超え、開発から量産まで使えるソフトウェアだからである。3次元CADにさまざまなシミュレーションモデルを取り込み、PLM(製品ライフサイクル管理)ソフトウェアまでも合体している、巨大なソフトウェアプラットフォームとなっている。

ダッソーが最初に開発してきたCATIAはV5までは文字通り、3次元CADだった。要はモックアップを作る代わりに3次元の模型をグラフィックスで見せるだけのCADツールだった。それがV6からは、総合的な解析ソフトウェアであるSIMULIAをCADに組み込むと同時に、PLMソフトウェアであるDELMIAも組み込んだ。SIMULIAは有限要素法を使った解析ツールや、2つ以上の物理量を解析する連成解析(例えば、構造と熱、電流と熱、磁場と熱、構造と電流など)ツール、解析データや解析プロセスなどの管理ツール、モデリングなどを含む総合的な解析ツールである。3次元CADの形状に沿った熱の分布や電流分布、電界分布などを観察するのに有効だ。

ダッソーのDELMIA V6を使うSIM-Driveのモデル(出典:ダッソー・システムズ)

DELMIAは生産工程の定義から計画、作成、モニタリング、制御に至るまでと、さらには工場の作業現場のシミュレーションなど3次元CADに組み込むことで、生産工程を可視化する。バーチャルプロダクションという場合もあるが、工場そのものをバーチャルに見せられるため、生産工場の設計や効率向上、素早いタイムツーマーケットなどに有効である。この巨大なソフトウェアは3次元の形状とビヘイビアをすべて盛り込み、電気的特性、メカメカニカル特性、ソフトウェアまで統合したものとなった。

設計の容易化で生産を早める

今回のプロジェクトにこのV6を応用することは、V6を一元管理し、みんなで共有して使えるという意味である。3次元的に形状を見る設計だけではなく、電気的特性、熱的特性なども見える化できるため、設計が容易になる。さらに生産工場に移管するためのラインの見える化もバーチャルにできるため、ライン構築を早められる。

今回の提携をダッソー側から見るとどうか。IMV車開発に参加する30数社の会員企業のほとんどがこのV6を使うようになれば、それだけ顧客が増えることにつながる。会員企業にはモノづくりを手掛ける企業だけではなく、地方自治体や商社、建設会社などもあるが、自動車だけではないモノづくりを手掛けている企業にとって、V6が開発試作から生産管理や製品終了までのソフトであるからこそ、V6の使い手(顧客)となりうる。

だからこそ、11業界、13万社の顧客を持つダッソーにとって、航空産業から、自動車、造船、産業機械、ハイテク、建築、民生機器、医療・薬品などの業界がグローバルソーシングやグローバルサプライチェーンをモノづくりに生かすのにこのV6は有利に働く。ダッソー・システムズ代表取締役社長の末次朝彦氏は、「SIM-Driveと長期提携した理由はまさにモノづくりが抱える問題、グローバルサプライチェーンやスマートデバイス、環境、安全基準、スマートカーなどへの転換が必要になってくるからだ」と述べている。V6がモノづくりの業界標準となれば、コピーエグザクトリ戦略は採りやすくなる上に、共通のサプライチェーンを通じた部品コストの低減も可能になる。

新しいイノベーションを期待

3D体験による新しいイノベーションの創出へ(出典:ダッソー・システムズ)

「3Dモデルが単なる研究開発から社会生活や教育、ビジネスにまで広がってくると、言葉で説明するよりも3Dモデルで説明する方がわかりやすい。つまり3D体験が新たな言語となりうる。SIM-Driveの研究開発会社に集まる知恵を進化させることで、新しいイノベーションが期待できる」と末次社長は述べている。さらに「CADの発展形態から見ると新段階に来たといえる。最初はCAD、形だけの3次元化、さらにデジタルモックアップ化、そして生産用にはPLMが登場し、そして今回のV6では設計から生産まですべてを3次元化で見える化できるようになった」、とする。

SIM-Driveはダッソーとの提携と同時に、3年目の先行車開発事業として第3号募集を開始した。1号、2号と同様、30数社を会員として集め、次のIMV車を設計試作する。ちなみに第1号「SIM-Lei」車は、これまでの電気自動車と比べて明確なメリットを実証できた。2号はスポーツカーか何かと思われたが、清水社長は「どのようなクルマを開発するのかどうかは参加企業が決めることであり、まだ発表できない」として、3号車のコンセプトは来年2月22日までの募集締め切り以降に決めることになる。

共通のプラットフォーム(出典:SIM-Drive)

SIM-Driveの概念は、モーターを駆動するインバータや電池、さらに取り付けるモーターなどは共通のプラットフォームにしておき、その上に搭載する車体のデザインで差別化を図る方法である。車体のデザインによって航続距離が変わることは十分にあり、性能の差別化も可能である。共通のプラットフォームを標準化しておけば、低コスト化が可能になり、世界的な競争力を持てるようになる。ちなみに第2号事業にはドイツのBoschやフランスのPSA Peugeot Citroenも参加している。