社会保険手続きの不便さを解消するサービスでユーザーをつかむ

「テクノロジーとKUFUで社会構造をハックする」をビジョンとして掲げるKUFUは2013年に創業した企業だ。当時を振り返って取締役副社長 兼 CDO(Chief Developer Officer)の内藤研介氏は「デザイナー、ディレクター、エンジニアが1人ずついましたが、デザイナーは他の仕事もしており、実質、2.5人でのスタートでした」と振り返る。

KUFU 取締役副社長 兼 CDO(Chief Developer Officer) 内藤研介氏

現在、社会保険・雇用保険の手続きを自動化するクラウド労務ソフト「SmartHR」が注目を集めているKUFUだが、この成功をつかむ前に2つのサービスを手がけていたという。

「最初はWebサービスを提供する側のスキルを可視化するサービスを、次にWebサービスのユーザー向けの口コミサービスを作りましたが、うまく成長しませんでした。当時は自分たちの思いつきでサービスを作っていたのですが、Open Network Labでスタートアップの支援プログラムを受け、ーザーの声に基づくサービスを作らなければいけないと教わりました。そこで、いろいろなリサーチをして生み出したのが『SmartHR』です」と内藤氏は語る。

代表取締役 兼 CEOの宮田昇始氏は、サラリーマン時代に難病をわずらい傷病手当金を受給し、リハビリに専念できた経験があるという。その時に社会保険のありがたみを感じたが、会社経営者となった後に手続きの煩雑さに課題を見い出したという。人事労務分野について、多くの人が煩わしさを感じながらもIT化が進んでいないと目をつけ、新サービスを提供しようと決定。サービスの開発をスタートさせたのが2015年2月のことだったという。

「私自身は前職はSIerで金融システムなどをメインに扱っていました。社会保険は知識のない分野でしたが、社会的意義が大きくやりがいがある分野ですし、業務の知識をキャッチアップして開発に生かすことは慣れていましたので『やれる』と判断しました」(内藤氏)

3人×9カ月の開発でサービスインを実現したAWS

開発開始からわずか9カ月、2015年11月にはSmartHRの提供が開始された。労務関連書類の手書きからの解放、Web申請利用による役所での待ち時間の削減、人事情報の効率的な管理といったことを実現するクラウド型の同サービスは、これまでにないサービスとして注目された。サービス開始から約1年で、2500社以上が利用するサービスとして急成長している。

「たった3人で、しかも9カ月という短期間でサービスインを実現できたのは、Amazon Web Services(AWS)を選択したおかげでもあります。サーバの調達やセッティングなどを自分たちでやらずに済むのは本当に楽で、小さくスタートさせたものを大きくスケールアップさせるのも容易です」と、内藤氏はクラウド基盤を利用するメリットを語る。

KUFUでは先行して提供していた2つのサービスでもAWSを利用しており、SmartHRを開発するにあたっては迷うことなくAWSを選択したという。では、先のサービス開発時にAWSを選んだ理由は何だったのだろうか。

「もともと、他のサービスは選択肢になかったのですが、やはり周囲にAWSのユーザーが多かったことが大きいですね。身近にユーザーが多いということは、質問できる相手が多いということでもあります。周囲に限らず、市場を考えてもユーザーが多いため情報量が多く、ノウハウが得やすいという点も重視しました」と内藤氏。

さらに、AWSの共有責任モデルも、「どこまでが誰の責任になるのかが明確でよい」と内藤氏は評価する。「ここから先は気にしなくてよいという部分が明確で、考えることがすっきりします」と語った。

大規模ユーザーにも迅速に対応可能に

AWSを採用したおかげで、SmartHRは大規模な企業での採用にも素早く対応している。

「リリース後は少しずつユーザーが増えて行く中、400人規模の会社でも採用してもらえました。その後は大規模なユーザーがついたことでPRもしやすくなり、口コミなどで利用してくださる方も増えました」と内藤氏。

今のところ、従業員数が5名以下の小規模な事業所の利用が多いが、これは労務の専門家が社内にいない状態で社会保険労務士に依頼せずに労務処理を行おうという考えで採用に至るからだという。また、社労士のサポートは受けているが、その社労士とのやりとりにSmartHRを使うという企業もあるようだ。しかしながら、SmartHR便利さを実感できるのはある程度大きな企業だという。

「企業規模が大きくなると人の出入りも増え、入退社の処理も多くなり、労務管理の負担が増します。紙ベースで作業をしていると、役所に持って行くだけでも大変です。そういった負担がSmartHRの利用で解消できます」と内藤氏。

覚悟して挑んだものの社会保険に関連する用語の難しさや、毎年のように変化する細かな仕様や書類様式に振り回されることも多いという開発現場には、非常勤や外部アドバイザーを含めて17名が関わっている。現在は社会保険に詳しいメンバーも加わり、より対応力も高くなっている状態だ。

「サポートはチャットを使って中央値5分程度で対応しています。専門スタッフ2名、兼任スタッフ2名の4名体制で、私が対応することもあります。対応の早さがお客さまの満足度向上をもたらし、継続利用につながると考えています」と内藤氏。社労士の資格があるわけではないため、あくまでもサービスの使い方を中心に一般的なアドバイスを行うにとどまるが、それでもユーザーにとっては心強い存在だ。

「SaaS型労務サービスならSmartHR」という存在になりたい

「大事にしているのは、お客さまの課題をしっかり聞くことから始めるということです」と内藤氏。実装されている機能の多くがユーザーのリクエストを受けて追加したものだという。

例えば、昨年10月には、PCやスマートフォンで年末調整ができる「ペーパーレス年末調整機能」が公開された。同機能を利用すれば、従業員は年末調整に関する知識がなくても、スマートフォンから質問に答えていくだけで、過剰に納めた所得税の還付を受けることが可能になる。また、従業員からの書類の書き方に関する質問や入力漏れが減ることで、人事労務担当者も書類の配布や回収、内容確認やデータ化に要する時間やコストを大幅に短縮できる。

「SmartHR」の従業員のダッシュボードの画面。ダッシュボードから年末調整の手続きが行える

「まずは需要の多い分野からサービスの提供を始めましたが、これからは育児休暇への対応といった発生件数は少なくても需要のある分野など、対応できる手続きを増やしていきたいと考えています。従業員自身が申請などに利用できるような機能もいいですね。必要とされている機能をきちんと見極めて追加していきたいですね」と内藤氏は語る。

SmartHRのサービス開始時はほとんど存在しなかった競合も徐々に増えてきている。今後、ますまず伸びが予測される分野と言えるだろう。そうした中、先行サービスとなるSmartHRを生み出したKUFUは、海外サービスからもヒントを得たという。

「海外で労務分野のサービスが大きく伸びていたことがサービス開発のヒントの1つでしたが、社会保険のシステムが日本とは違っているのでそのまま持ってきては意味がありません。先行する国のトレンドを見ながらも、日本企業の需要に応えたことが、受け入れられたポイントだと思っています。これからは、労務分野でSaaSと言えばSmartHRと思っていただけるように成長していきたいです」と内藤氏は目標を語ってくれた。