スマートフォン+レシーバーで実現するウェアラブルトランシーバー

BONXは2014年11月に設立されたばかりの若い企業だ。事業内容はウェアラブルデバイスの企画・開発・販売。現在手がけているのは、耳かけ型のレシーバーを利用した「ウェアラブルトランシーバー」である。その正体はスマートフォンとBluetoothで通信して会話を実現するツールなのだが、必要な時だけ接続して会話を成立させるが、つなぎっぱなしにはしないというトランシーバーのような使い方ができるところがミソの製品だ。

ハードウェアの開発から自社で手がけており、デザインや技術などに関しては各分野で実績のある人々が関わっているが、立ち上げメンバーはCEOである宮坂貴大氏と、CTO/COOである楢崎雄太氏の2人だ。両名ともに東京大学からボストン・コンサルティング・グループへ就職したという経歴を持っている。

「宮坂はもともとスノーボードが大好きで、学生時代は雪を追いかけて全国を巡るような生活をしていたようです。その後、就職したわけですが、サーフィン動画を撮るために作られたというGoProにあこがれ、自分の好きなスノーボードとITを組み合わせれば、現場でのコミュニケーションの問題を解決できると考えたのがBONXの原点です。そこで、大学で音に関する研究をしていた私に声がかかりました」と楢崎氏は語る。

BONX CTO/COO 楢崎雄太氏

スノーボードの現場で発生するコミュニケーションの問題は、主にトランシーバーの技術的な課題だった。トランシーバーの通話可能距離は見通し何メートルと表示されるように、障害物があると著しく短くなる。雪山は見通しのよいほうだが、それでも数十メートル程度が現実的な通話距離だという。

「カッコイイ技を決める瞬間を撮影しようと思うと、事前に綿密な打ち合わせが必要になりますが、トランシーバーは数十メートル程度の距離でしか使えない上に、走者が木の影などに入ってしまうと通話できなくなる。だったら、スマートフォンで対応しようというのが始まりでした」と楢崎氏。

スマートフォンならば無線免許も不要で、距離に依存しない通話が可能だ。しかし、単純に電話でBluetoothイヤフォンを利用するのでは、通話がつながったままになり、会話をするうえでも不便な上に通話料も高く、バッテリーの消耗も激しくなる。そこで、VoIPアプリケーションを使ったグループ通話の採用を決定した。

ウインタースポーツの現場で使うには、ボタンを触らないでも使える完全ハンズフリー機能、激しい運動でも外れにくいこと、防水防塵・耐衝撃性があること、手袋をつけても使えるボタンの使いやすさなどの要素が必要となる。こうした要素を詰め込む形で出来上がったのが「BONX」だった。

サービス拡大にもAWSならマルチリージョンで対応可能

柔らかなイヤーフックで装着しやすい、Bluetoothイヤフォンに、2つのマイクを組み込むことで装着者の発話と周囲の雑音を分けて通話時の雑音を軽減。さらに、人の声にあたる音域を識別することで、装着者の発話をトリガーに起動し、通話を開始するというハンズフリーな通話も実現。雪山での利用を想定して、電波強度の低い場所でも通話が途切れづらい工夫を盛り込みつつ、短時間ならば途切れた時にもグループ通話に自動復帰できる機能も組み込んだ。

「BONX」のスマホアプリとBluetoothイヤフォン

こうした工夫がスノーボードだけでなく、アクティブな趣味を持つ人々に受け入れられた結果、BONXはクラウドファウンディングで2500万円を獲得し、華やかなスタートを切った。

「アメリカでもクラウドファウンディングを実施し、10万ドルの目標金額調達に成功しました。もちろん、日本での成功から考えて、理想的にはもう少し伸びてくれるとありがたかったのですが。でも、B2C向けウェアラブルデバイスのマーケットは圧倒的にアメリカのほうが大きいので、製品は日米同時にローンチする予定になっていますし、マーケティングチームはすでにグローバルに組成しています」と楢崎氏は語る。このグローバル指向が、クラウドサービスの選定にも大きな影響を与えたという。

BONXはユーザーのスマートフォン同士でP2P通信を行うのではなく、サーバを介して通話を実現する。そのため、音声データが頻繁にアップロード/ダウンロードされる形になり、十分なメモリ容量や処理能力がサーバに必要となる。利用の拡大によって、トラフィックがどの程度発生するのか、サービス開始時点で予想するのは難しい。クラウド利用に向いたサービスと言えるだろう。

「スタートアップでそれだけのサーバを必要とするのならば、クラウド以外に選択肢はありません。われわれも最初からシステム基盤としてクラウドサービスを考えていました。多くの業者の中からAWSを選択したのは、運用のスタッフが以前から利用していて慣れていたというのが一番の理由でしたが、グローバル対応を考えていたので各国展開ができるマルチリージョン対応であることは必須条件でした」と楢崎氏は語る。

仮にサーバが日本にしかないとなれば、北米で通話したいユーザーが2人いるのに、音声データは一度海を越えて日本へ送られ、また日本から北米へと送る必要がある。当然、遅延が発生し、見通せる距離にいる人との会話なのに、無駄な通信遅延が発生してユーザビリティを損ねるおそれがある。これを回避するためにマルチリージョンに対応しているAWSは最適だったという。

「マルチリージョンの利用については、AWSの専門家からアドバイスを受けています。難しいことを質問すると、担当の技術者が直接出てきてくれる。こんな小さな会社に何人も尋ねてきてくれるのです。AWSはスタートアップに好意的で一緒に成長しようという気持ちを強く感じますが、本当にかゆいところに手が届くという印象ですね。機能もどんどん増えていますし、使いやすいです」と楢崎氏はAWSについて語った。

業務用トランシーバーのリプレースとしての需要も大

BONXは開発のきっかけがスノーボードというホビー系の用途を目指したものだったこともあり、「両手がふさがっていても利用できる」「汚れた手で機器を操作する必要がない」という操作性から、釣りなどを含めたアウトドアホビーの分野で広く受け入れられてきた。

「私も実際に使ってみると、便利だというだけでなく楽しいんです。スノーボードはそれほど上手ではなくて、少し前に小さなジャンプにチャレンジした程度なのですが、うまくいったと思った瞬間に離れて見ていた仲間たちから声がかかると本当に楽しい」と語る楢崎氏は、自身もスケートボードやロードバイクなどいろいろなスポーツをたしなむが、開発メンバーもそれぞれ得意なアウトドアホビーを持っているという。

「ロードバイクでツーリング中に仲間と話せるものがほしいとか、釣りをしている最中に気軽に話すためにはこういう風に使いたいとか、実際にその分野で遊んでいる人がどのような機能を欲しているのか、どう使うのかがわかるチームなのはよいところだと思います」と楢崎氏。チームメンバーで誘い合って出掛け、BONXを利用してみることもよくあるようだ。

しかし、BONXの用途は、そうしたアウトドアホビーのシーンにとどまらず、B2Bの領域にまで広がって行こうとしている。具体的には、業務用トランシーバーのリプレース需要がかなりあるという。

「カラオケや居酒屋の客引きで路上に出ている人が店舗と連絡をとるのに利用しているなど、トランシーバーはいろいろなところで使われていますが、コストの問題があります。そこで、誰でも持っているスマートフォンを利用して通話できるBONXが注目されているようです。メディアで取り上げられると、かなりの問い合わせが来ます」と楢崎氏。

倉庫などでの利用ならば発話検知での利用が可能だが、街中の路上で利用する場合は往来の声もあるため、発話検知では常時接続に近い状態になりかねない。その場合はモードを切り替え、ボタンを押して通話を開始する一般的なトランシーバーのような利用を行うことも可能だという。

「イヤフォンを耳にかけた時の外側になる、大きな丸い部分がボタンになっていて、モードの切り替えや発話などすべての操作ができるようになっています。初代は内側の部分だけがボタンだったのですが、新しいバージョンでは全体をボタン化することで操作性を向上させるだけでなく、防水性もよくするなど工夫しました」と楢崎氏は2016年11月に発売予定の新バージョンの特徴も教えてくれた。

B2B分野には大きな需要があり、それらに対応していくことでスケールメリットも期待できる。しかし、BONXは業務機器を提供する企業になりたくて立ち上げられた企業ではない。開発中にいろいろと迷い、悩むこともあったというが、常に基本的なものとしてスノーボードをする時にこう使いたいという要望は確認しあいながら進んできたともいう。今後もより楽しく、アクティブに利用できるウェアラブルトランシーバーとして成長してくれるだろう。