アンガラー川の流れのように

アンガラー川は、ロシアの南東部を流れる長い川だ。バイカール湖を起点に、イルクーツク、ブラーツクといった都市を通過し、最終的にイェニセーイ川と合流し、その水は北極海へ流れ込む。全長は1,779kmで、日本一長い信濃川の約5倍もあり、東京と沖縄を直線で結んだ距離よりも長い。

このアンガラー川の名を冠するアンガラー・ロケットは、その名に違わず、開発には20年以上もの歳月が費やされた。

1992年9月15日、ロシア連邦政府は、ロシアだけの力で造ることができ、なおかつロシアの地から打ち上げることができる、新しい大型ロケットの開発を承認した。このロケットにはアンガラー川に因んでアンガラーと名付けられた。そしてRKKエネールギヤ社とフルーニチェフ社、GRTsKBマケーエフ社に、ロケットの構成の検討が依頼された。この3社はどれも、ロケットやミサイルの開発では大手である。

ロケットの設計に際しては、鉄道を使って輸送する都合上、全長に制限が設けられた。エネールギヤ社が提案したのは、RD-180ロケットエンジンを使う第1段を3基束ねるというもので、今のアンガラーのモジュール式設計に通じるところがある。第2段もゼニートの第2段エンジンRD-120から派生したRD-146を使うという、比較的手堅くまとまめられたものであった。なおマケーエフ社案は最終的に、エネールギヤ案に吸収された。

一方フルーニチェフ社が提案したのは、燃料タンクを酸化剤タンクの外側に配置するという奇抜なものだった。ただ、見た目はともかく、タンクを並列に配置する方法自体はプロトンでも採用されており、その発展型と見ることもできよう。

どちらの案も全長は60m以下で、打ち上げ能力もほぼ等しい。ただエネールギヤ社案の全備質量は905tだったのに対し、フルーニチェフ社案は640tしかない。これは奇抜なタンク配置や、上段に液体酸素と液体水素を使う高効率なロケットエンジンを使っているおかげで、全体の効率が高くできたためだ。

フルーニチェフ社によるアンガラーの初期案 (C)Khrunichev

アンガラーの初期案の比較。左がエネールギヤ社案、右がフルーニチェフ社案 (C)Khrunichev

1994年8月、ロシア政府はフルーニチェフ社に開発の契約を与えた。エネールギヤ社は残念賞として、アンガラーの第2段の開発を担当することになった。その理由として、エネールギヤ社案は構成そのものは無難であったものの、RD-180ロケットエンジンや第2段用のステアリング・エンジンなどを新しく開発する必要があり予算的に厳しかったこと、一方でフルーニチェフ社案は、上段に高性能な液酸液水エンジンを使うことが好まれたためであったようだ。ただ、これには異説があり、当時フルーニチェフ社にはエーリツィン大統領の娘とその夫が勤務しており、それが有利に働いたともされる。

1995年1月6日、エーリツィン大統領はアンガラーの開発を「国家にとって特に重要な計画」と位置づけた。一方で、当時のロシアの経済状況は非常に悪かったため、完成時期は2005年を目指すとされた。だが2014年の今になってみると、この予測さえ甘かったということになる。

またこの頃になると、カザフスタン政府との間でバイコヌール宇宙基地の使用に関して合意ができていたため、バイコヌールが使えなくなるかもしれない、という危険は解決されていた。ロケットも既存のものを使い続けられる見通しが付き、さらに2000年代に入ると、完全ロシア製となったソユース2ロケットや、ロシア製部品の比率を上げたプロトーンMが登場し、ロシアにとってアンガラーを開発する必要性は失われつつあった。一方でロシア軍だけはアンガラーの必要性を強く訴えていた。彼らにとっては外国に依存することそのものが気に食わないことだったようだ。

だが、資金難からフルーニチェフ社は思うように動けず、1996年はほとんど無為に過ごし、1997年のはじめになってようやく設計がまとまった。ところが第2段が予定よりも重くなる見込みとなり、またフルーニチェフ社案の肝であった液体水素エンジンも開発できる見通しが立たない有様であった。そこで同社は根本から検討をやり直し、1997年7月7日にまったく新しいアンガラーの姿を示した。タンクを並列にする案は消え、第2段の液体水素エンジンも消えた。そしてRD-191ロケットエンジンを使う第1段を束ねる形となった。それは皮肉なことに、当初エネールギヤ社が示した案と瓜二つのものであった。

またこの時、第1段の基数などを変えることで小型ロケットから大型ロケットまで造るというという、現在のアンガラーに近い方針が示された。これは当時、小型衛星の需要が大きく増えるだろうという機運が高まっていたことが背景としてある。

フルーニチェフ社はその後約3年をかけて設計を固めた。また1999年6月には、フランスのパリで隔年ごとに開催されているパリ航空ショーに、アンガラーの実物大模型を持ち込んで展示も行った。2001年には、RD-191エンジンの開発を担当するNPOエネルゴマシュ社が、初の燃焼試験を行っている。

だが、肝心のロケットの開発は資金難と、技術力の衰退から、実際のところほとんど進んでいなかった。後に語られたところによれば、1994年から2005年まで、フルーニチェフ社はロシア政府からほとんど資金提供を受けることができず、ほとんど自社資金だけで開発を続けていたとされる。

2002年、フルーニチェフ社は大韓民国に接近した。ちょうどその頃の韓国は、海外から技術を導入して衛星打ち上げロケットを開発する方針を打ち出しており、話し合いの末、KSLV-1、後に「羅老」という名前で呼ばれることになるロケットの第1段として、アンガラーのURM-1を提供することになった。

この頃になると、ロシア経済も回復しつつあり、アンガラーおよび羅老の第1段の開発は、ようやく本格的に動きだした。2004年末にはURM-1の試験モデルを使った各種試験が始まり、2005年からは羅老の第1段の製造も始まった。2006年には、アンガラーが打ち上げられるロシア北西部アルハーンゲリスク州にあるプレセーツク宇宙基地へ、アンガラーを輸送するためのプラットフォームが送られた。エネルゴマシュ社によるRD-191の燃焼試験も着実に続けられていた。2007年には、アンガラーのURM-2に使われるRD-0124と、フルーニチェフ社が開発したジンバル・システムの試験も行われ、成功している。

そして2009年7月30日、URM-1を地上の試験設備に据え付け、実際にタンクに推進剤を充填した状態での、初の地上燃焼試験が実施された。試験は無事に成功した。

この試験を待った後、2009年8月25日に韓国は羅老の1号機が打ち上げるが、しかし失敗に終わる。続く2010年6月10日に打ち上げられた2号機も失敗。そして2013年1月30日に打ち上げられた3号機で初の成功を収めた。

前2回の失敗のうち、1号機は韓国側が開発したフェアリングが正常に分離できなかったことが原因であり、第1段は正常に飛行していた。したがって、アンガラーのURM-1に関していえば、3度の飛行経験と2度の成功経験があるということになる。なお、2号機の失敗は、韓国とロシアの双方が相手側の責任だと主張し、議論は平行線を辿った末、決着はついていない。

羅老ロケット (C)Khrunichev

羅老ロケットの打ち上げ (C)Khrunichev

一方ロシアでは、URM-1の試験が2009年に完了し、続いて2010年11月にはURM-2の燃焼試験も始まった。2012年にはアンガラーのモックアップ(模型)がプレセーツク宇宙基地へと運ばれ、同時期にプレセーツクへ送られた起立装置や、発射台の設備と接続する試験が行われた。そして2013年、実際に打ち上げられるアンガラーが、プレセーツクへと輸送された。

アンガラーの1号機は、最小構成であるアンガラー1.2の形を取っていた。ただし第2段には、通常のアンガラー1.2で使われるブロークIではなく、URM-2が搭載された。その理由については明らかにされていないが、おそらくURM-2の飛行データを取りたかったのではないかと推察される。ちなみにブロークIはソユース2.1bの第3段として、すでに飛行実績がある。またこの打ち上げでは、衛星を軌道には乗せず、第2段と衛星を模した重りは共に、プレセーツク宇宙基地から約5,700km離れた、カムチャツカ半島にあるクラー試験場に落下させることとされた。

このアンガラーの1号機には、特別にアンガラー1.2PPという名前が与えられた。PPとはロシア語で「初打ち上げ」を意味する「Первого Пуска」の頭文字から取られている。

アンガラー1.2PPは、モスクワ時間2014年7月9日16時00分(日本時間2014年7月9日21時00分)に、プレセーツク宇宙基地の35/1発射台から離昇し、ロケットは順調に飛行を始めた。ロケットの第1段は3分42秒後に燃焼を終えて分離、その2秒後に第2段に点火し、続いてフェアリングを分離した。離昇から8分11秒後に第2段の燃焼が終了し、第2段と衛星を模した重りは結合されたまま放物線を描いて落下を始めた。そして離昇から21分後、クラー試験場に予定どおり着弾し、飛行試験は成功した。

アンガラー1.2PPロケットの打ち上げ (C)Ministry of Defence of the Russian Federation

(次回は12月28日に掲載予定です)

参考

・http://www.russianspaceweb.com/angara_origin.html
・http://www.russianspaceweb.com/angara_development.html
・http://www.russianspaceweb.com/angara1_pp_preflight.html
・http://structure.mil.ru/structure/forces/cosmic/news/more.htm?id=11968384@egNews
・http://ria.ru/defense_safety/20140709/1015301609.html