さまざまな業界でスマートフォンやタブレットの導入が進んできている。こうしたスマートデバイスの活用で業務を改善し、効率化を図るためにはさまざまな工夫が必要となる。今回、Androidスマートフォンを導入した神奈川県川崎市上下水道局の事例を紹介する。

大都市の水道事業を支えるAndroidスマートフォン

川崎市は人口143万人を数える東西に長く伸びた政令指定都市で、総面積144.35平方kmの30%を丘陵地帯が占めている。人口に対する水道の普及率はほぼ100%。年間1億8000万立方m以上の配水量で、家庭用が微増、産業用が減少傾向にあり、全体の水需要は横ばいだという。

世帯数66万8000以上の家庭や企業に対して川崎市上下水道局は水の供給を行っており、供給した水の量に応じて水道料金を徴収している。この料金徴収には、検針員が家庭などを回り、水道メーターの数字から前月の利用量を引き、当月の利用量を算出。それを元に料金を設定する形になっている。

川崎市上下水道局は昨年度から、この検針員が持ち歩くデバイスとして、Androidスマートフォンを採用している。このAndroidスマートフォン導入の狙いと効果を、上下水道局サービス推進部営業課課長補佐営業担当の石川 進氏と、同・主任の杉木 道明氏に聞いた。

効率化、コスト削減、サービス向上の効果

これまで、川崎市上下水道局では、検針員が持ち歩くデバイスとして専用のハンディターミナルを利用していた。この端末は堅牢なものではあったものの、いくつかの課題があったという。

例えばバッテリが1本2万円と非常に高価で、全体として保守・運用コストがかさんでいた。専用の端末ということで汎用性もなく、拡張性も薄い。

また、検針へ出向く際には、端末に各家庭のデータを保存するため、端末紛失による個人情報流出の危険性もあったという。それに加えて、入力した利用量データをシステムに登録するためには、検針員が事業所に戻ってから端末のデータを吸い出す必要があった。そのため、時間と手間がかかり、実際のところデータ転送に数時間かかっていたそうだ。

以前は手書きのメモを使って計算していたため、2000年から利用していたハンディターミナルもミスの減少や、効率化を図れた側面もあった。

しかしながら、"その先"を考えて2011年2月頃からスマートフォンの導入を検討し、2013年6月から実際の運用を開始した。また、スマートフォンの導入に合わせて、上下水道局のシステムも刷新を行っている。

実際の検針作業。メーターを確認し、Androidスマートフォンで入力を行う

入札によって端末・ネットワーク・システムの開発を担当したのはKDDIらのグループで、端末とネットワークをKDDIが提供。現在の端末は「G'zOne TYPE-L CAL21」。端末自体は市販のものと同等で、これに独自のソフトウェアカスタマイズを行っている。

もともと、導入の検討段階で、市内の電波状況からNTTドコモとKDDIに通信キャリアを絞っていたという。その時点でAndroidスマートフォンの採用を決定したという。iPhoneや第3のOSとしてWindows Phoneが今後台頭すると言われていた時期だけに、ほかの選択肢も検討できたはずだが、石川氏は「これからAndroidが主流になる」という認識もあり、採用を決めたという。

セキュリティ周りも万全に

個人情報を取り扱うだけに、セキュリティ周りも万全の対策を取っている

採用した端末は、音声通話など通常のスマートフォンとしての利用ができない仕様になっており、検診や料金徴収といった必要な機能のみ利用できる。

検針員がIDとパスワードを入力すると、その日に検針する家の情報にアクセスできるようになる。データは端末にダウンロードせず、中間サーバー経由で取得するため、端末の紛失・盗難といった"万が一"の事態にも、個人情報漏えいの危険性がない。

このセキュリティに関しては重要なポイントで、リモートロックやリモートワイプの機能、業務以外の機能制限といった端末側の対策に加え、認証の強化といったシステム側の要件も定められている。

さらに、これまでのハンディターミナルとは異なり、1台の端末に複数の機能を持たせることができるというのもスマートフォンの強みだ。

これまでは、検針や料金徴収といった目的ごとに端末が異なっており、複数の端末を管理しなければならない非効率な業務運用を行っていたが、今回のシステムではそうした目的をボタンから切り替えて利用できるようになったことで、全体のコストダウンや効率化に繋がった。

専用端末からスマートフォンになり、身軽になった検針員

検針員は、Androidスマートフォンを使ってメーターの数字を入力し、同時に導入されたBluetooth接続のプリンターで印刷も行う。

これまでは、事務所に戻らないとシステムに登録できなかった各データも、LTE回線を使ってリアルタイムに登録されるようになり、データを吸い出す時間も不要となった。

また、検針員が回っている間に料金などの問い合わせがあった場合でも、検針員が戻るのを待つことなく、回答できるようになったという。そういった細かい面でもサービス向上に繋がっているといえるだろう。

普段持ち歩く端末とプリンター。特に端末は小型化し、胸ポケットにも収められるので持ち運びが楽になったという

バックエンド側のシステムも刷新され、検針員が入力した情報はすぐに事務所のオペレーターが確認できる

左右を見比べてもらえるとわかるが、検診時のメモを入力して送信すると、それが即座に反映される

刷新された検針システムでは、こうした実利用環境の改善に加え、コスト削減効果が大きいという。市販のスマートフォンを導入したことで、保守・運用コストを大幅に削減。ペーパーレス効果も手伝って、「最低でも年間1000万円のコストダウンは確実で、このまま行けば1500万円程度の削減効果があるのではないか」と石川氏は話していた。

今後、さらなる拡張も

川崎市上下水道局 サービス推進部
営業課 主任 杉木 道明氏

石川氏によると、導入当初は従来の専用端末と異なる操作性に検針員たちも戸惑いを隠せなかったという。特に年配の検針員などは、操作方法に不満があったようだが、「2カ月の研修で使いこなせるようになった」そうだ。

現場の検針員からは、タッチパネルでの誤操作を懸念する声があったほか、誤操作を防止するために繰り返し表示される確認画面に不満を漏らしていた。この点に関して石川氏は、「こうした業務では、実際に利用してみないと分からないことが多い。KDDIや(ソリューションの構築を担当した)大崎データテックと共に、現場の声を聞きつつ改良していく体制ができている」とコメント。こうした継続的な改良が容易にできる点も、Androidスマートフォンが持つ1つのメリットと言えるだろう。

ちなみに、一般利用ではAndroidスマートフォンのバッテリーに不満が出るケースをよく耳にするが、利用用途を制限しているため、それほど大きな問題にはなっていないようだ。

検針員には予備バッテリーとモバイルバッテリーを支給していざというときに備えているが、だいたい5~6時間はバッテリーが持ち、モバイルバッテリーを使えば1日の作業はカバーできるという。

ハンディターミナル時代と比較して「バッテリー持ちは同等か少し長く持つようになった」(検針員)ということなので、バッテリーのコスト削減と、モバイルバッテリーで充電できる利便性などは有利な点だろう。

石川氏は、アプリの改善、改修を図ると同時に機能の追加も検討しており、今後のさらなる拡張性にも期待を持っているという。

Androidスマートフォンを活用することで、川崎市上下水道局は、業務の効率化、コスト削減、サービス向上といったメリットを実現している。

法人用途ではシステム運用の容易さからiPhoneが大きなシェアを占めているが、このような特定業務に特化した運用を検討する法人であれば、安価なAndroidスマートフォンを検討するのも悪くないのかもしれない。