デュアルコアAthlon64X2登場

朝出社したら、コンシューマー・チャネル・マーケティング部のМ君が眠そうな目をこすりながら、しかしかなり興奮気味に話しかけてきた。本社から到着した新製品のサンプルの性能評価を頼んでいたのだ。多分昨晩は性能試験ラボの中で徹夜だったに違いない。日本AMDでは新製品のサンプルが到着すると、いろいろな性能評価を行いその結果をもってマーケティングの計画を練るのだ。性能評価にはもちろんインテルの競合製品との性能比較も含まれている。М君によれば、"デュアルコア、ぶっちぎりで速いっす!!。どのベンチマークでやってもインテルに完全に勝ちます!!"、ということだ。М君が今回テストしていたのはK8シリーズで初めてのデュアルコア製品であった。 後にAthlon64X2として発表されたものである。

K8の基本設計は初めからマルチコアが念頭に置かれていた。今ではスマートフォンのCPUでさえデュアルコア(CPUコアが2つ同じチップに集積されている)になっているが、2000年の中期ではかなり先進的なものであった。

左が初代シングルコアのAthlon64、右がデュアルコアのAthlon64X2。よく見ると同じパターンのCPU部分・キャッシュメモリ部分がきちんと2パターン横並びになっているのがわかる

デュアルコアになると総トランジスタ数は単純に2倍になるが、チップのサイズが2倍にならないのはプロセス技術が130nmから90nmに進化したからである。このチップをAMDはコンシューマーPC用のAthlon64X2とデュアルコアOpteronのブランドで真正マルチコアチップとして大いにプロモーションした。

Athlon64X2のマーケティングイメージ

一方、インテルは対抗策としてPentium 4コアをMCP(Multi-Chip-Package)に封止したPentium Dをぶつけてきたが、この製品は1つのチップにCPUを2個集積するのではなく、2個の独立したCPUチップを基板の上で接続しただけのものだったので、CPU同士、あるいはCPUからキャッシュメモリにアクセスする場合にいったんCPUチップの外に出なければならないことになるのでそれだけアクセス速度のペナルティーが生じる。結果的に総合性能ではAthlon64X2の敵ではなかった。AMDの攻勢に対しインテルが苦肉の策を繰り出してきたわけである。

Athlon64X2の性能は非常に高かったので、特に秋葉原の自作派ユーザーには圧倒的な人気があった。我々はこのCPUをマルチタスキングに最適なCPUと位置づけ、ゲーム、グラフィック処理、MP3音楽編集などCPU負荷の大きいアプリケーションソフトのベンダーと組んでプロモーションを行った。たまたま私がまだ所有していたAMDプロモーション関係のがらくたから見つけたTシャツをご披露する。 右側のデザインはUSで作られたもので、"Smash the hourglass"というメッセージが入っている。最近ではさっぱり見なくなったがちょっと前のWindows(確かこれはもともとMacから始まったのかもしれないが)の作業中に処理時間がかかっているとこの砂時計のアイコンが出てきたものである。このTシャツのメッセージは、"Athlon64X2のパソコンであればCPU性能が高いので砂時計がでませんよ"、ということである。このままでは日本人には受けないので日本市場用には左のデザインを考案した(こちらは前述のМ君の作である)。マルチタスキングを無理なくできるCPUということで千手観音のイラストをあしらったものだ。これは今でも私のお気に入りのTシャツで、私が何気に着ていると若い女の子などからは"かわいい"などと言われることがある。

Athlon64X2のプロモーション用Tシャツ。右がUS、左が日本のデザイン

自作派の人たちには、Athlon64X2の生産過程で不良品になったチップを当時のドイツ・ドレスデンにある主力工場からわざわざ日本に送ってもらい、それをアクリル材に封止した携帯ストラップを作成して、リテール販売の時にチップにおまけとしてつけた。これは非常に評判がよく、後になってこのストラップがネットオークションで結構いい値段で売れられているのを見た時はさすがに驚いた。

Athlon64X2の実際のチップを使って制作した携帯ストラップ、きれいに2つのコアが並んでいるのがなかなか受けた

AMDにとってまさに乾坤一擲のK8アーキテクチャはその持てるポテンシャルを目いっぱいに花さかせ、AMDの業績に大きく貢献し、株価もみるみる上がって会社中がその成功に驚喜していた。

確かに王者インテルのK8への対応は完全に後手に回っていたし、やることすべてが裏目に出ていた。しかし私はその中にあって心の奥では常に一抹の不安を感じていた。インテルは必ず逆襲に来る。その時は満を持して開発した非常に革新的な新しいアーキテクチャで、一部の隙もないほどの攻勢をかけてくるに違いない。これは長年インテルを相手に戦ってきた私の確信であった。 私の予感は2008年にインテルが発表したコアアーキテクチャで現実のものとなった。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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