今年も日本から物理学、医学生理学の分野でノーベル賞受賞者が出た。日本の技術の底力を改めて感じさせられた。そのめでたい授賞式後の晩餐会の記事を読んでいてこの閑話を書くことを思いついた。西洋風のディナーでのマナーについてである。

本連載はあくまで私がAMDに務めた経験を綴るものであって、テーブルマナーのいろいろな小難しいルールについて知っているという自信はないし、間違っているかもしれない。ただグローバル企業で長年働いた日本人として、現在現役で活躍している人たち、あるいは今後世界に飛び出す人たちに、失敗を通して学んだ私自身の経験から気が付いた点について脈絡なく書いてみようと思い立った次第だ。

私が経験したディナーは主に米国でのものであり、マナーはヨーロッパの国々などであればそれぞれ微妙に違うのであろうが、基本は大方同じであると思う。マクドナルドでヘッドセットを付けラップミュージックを聞きながらハンバーガーを頬張るアメリカ人でも、ビジネス環境でのディナーでは一応のマナーをだれでも心得ていると分かったことは、かなり新鮮な経験であった。裏を返せば、自分が知らないことでいろいろと誤解を招いた、あるいは恥ずかしい思いをしたわけだが、知ることによってその後ディナーを楽しめる余裕ができた。

(写真:@ママカメラ)

さて、ノーベル賞の記事によれば、ストックホルムの市庁舎の大広間での晩餐会では、1350人のゲストが集まり、260人の給仕によって料理とワインが振舞われたという。これはたいそう大きなディナーである。しかも、出席者たちは皆選ばれた人たちであり、写真を見ると皆正装で、さぞかし華やかなのであったことが察せられる。私が経験したディナーはせいぜいAMDのカンファレンス、レセプションなどでのもので、ストックホルムでの晩餐会と比較できるものでもないが、基本的なマナーは心得ているつもりである。

大勢でのディナーの心得

以前にAMDのセールスカンファレンスについての話を書いたが、私が経験したディナーの最大規模のものはハワイでのカンファレンス最終日のディナーである。600人の従業員が一堂に会して食事をするものである。

まず服装であるが、会議初日に渡される日程表にはきちんとドレスコードが書いてある。ドレスコードというのはそのディナーあるいはレストランに来るゲストに前もって知らせる服装の指示書である。日本の場合ではだいたいその場のメンバー、雰囲気に合わせて"阿吽の呼吸"で判断して来るのでこんな指示書は必要ない、しかし米国などではそれぞれの人たちが違った解釈をするので収拾がつかなくなるのを避けるためにこれがある。大勢のディナーの場合一般的なのはビジネスカジュアルである。この場合は襟付きのシャツにジャケットというのが無難。要するにゴルフクラブに行く服装と考えればいい。 ディナーの前に必ずカクテルがあるので、ちょっと前に現れ、できるだけ多くの人と知り合えるように積極的に話しかけよう。こういう場面は普段話せないようなお偉方に自分をアピールする絶好のチャンスである。臆せずに行きたいものだ。

夕食会場のドアが開いて着席となる。よく知った人と同じテーブルになり、気楽に夕食を楽しむのも有りだが、せっかくのチャンスであるから全然話したことのないような人たちのいるテーブルに行くのも面白い。テーブルについて目があったらニコっとして自己紹介、社内のディナーなら名刺の交換などはちょっとダサいだろう。英語で、しかもいろいろな国の訛りで名前を(ファーストネームで)呼び合うのでワインを飲んで気が楽になってしまうと混乱してしまうこともあるが…

大きな会食では丸テーブルなどで10人くらいが同席することになる。そこにまず給仕がワインを注ぎにくる。よく見ているとわかることであるが、必ず女性を先にして次々と回ってゆく。そう、ディナーではレディーファーストなのである。これはどこでも一貫していることなので間違えないほうが良い。前菜の前にパンがバスケットなどに積んで配られることが多いが、この場合は目の前にバスケットが置かれた場合でも自分の分を先に取るのではなく、周りの人に"パンはいかが?"と配ってから、最後に自分の分を取る。塩、コショウ、バターなどは目の前に置かれてない場合には近い人に"コショウを回して(pass)いただけますか?"と言って回してもらう。他人の面前で、いきなり自分で乗り出して取るのはお下品だ。

前菜に続いてメインディッシュ(アメリカではEntreeと言うことが多い)が運ばれてくるが、自分のものが来たからと言ってすぐに食べ始めるのはやめよう。テーブルの皆の分が揃うのを待って手を付けるべきである。自分の分が遅い場合には"どうぞ先に始めてください"と言うくらいの余裕も必要である。いくつかの料理が運ばれる場合、おしゃべりに夢中になって自分の分を食べ終わらないでダラダラしていると、次の皿が運ばれる時間を遅らせてしまい、テーブルの皆が迷惑するということも覚えておこう。残す場合には給仕に言って下げてもらう。日本で和気あいあいの居酒屋では終わった皿を次々に積んで給仕に片付けてもらってゆくと効率的でいいが、これもご法度である。

こんなことを気にしていたらディナーを楽しめないと思うかもしれないが、だんだん慣れてきて他の人が(特にアジア系の人たち)ただ知らないという理由で間違えをしているのを見ると残念だし、やはり"郷に入れば郷に従え"という格言がいかに意味深いかということがわかると思う。知っていれば自信がつき余裕をもってディナーを楽しめるというものだ。

(写真:@ママカメラ)

レストランでのディナーの心得

数が限られた人数でのレストランでのディナーは、アジェンダがあらかじめ決まっているような肩肘張ったビジネスディナーは別として、知った人たちでお喋りをしながらやるものは格別に楽しい。ホストが決まっている場合と、割り勘の場合があるが、払いをだれがやるか、ワインをだれが選ぶかなどが違うだけでマナーには大きく違いはない。

まずレストランにつくと受付の人がいて、予約などを確かめたうえでテーブルに案内されるが、勝手にずかずかと入ってはいけない、どのテーブルに案内するかは、最初は店が決めるが、気に入らなかったらその理由を行って替えてもらってもいい。この受付のひとは注文を取らない。

皆が着席すると、早速そのテーブル担当の給仕がやってきて飲み物の注文を取る。日本人だと大抵"とりあえずビール"となるが、たまにはおしゃれなものも飲んでみるのも良い。例えばジェームズボンドよろしく、"ボンベイサファイア(ジンの銘柄)のマーティーニをアップ(冷やしているが氷なし)で、できるだけドライ(ベルモットはごく少な目)に、オリーブは1つ"、などと気取って注文するとなんだか自分がかっこいい気分になってディナーがいよいよ楽しくなる。このドライマティーニはジンベースとウォッカベースがあるが、どちらも非常に強いので2つ以上飲まないほうが良い(自身の経験上の忠告である)。

給仕について書いておこう。女性でも、男性でもまず"いらっしゃいませ、今晩あなたのテーブルを担当するXXです"、と自己紹介をする。テーブルを担当するというのはそのテーブルのお客へのサービスの全般に責任を持つということで、彼らにとっては腕の見せ所のまさに真剣勝負の仕事場なのである。と言うのも、基本給が低く抑えられている彼らは、お客のチップ(通常15-25%)で稼がないといけないからだ。実力主義でサービスの評価によってチップの額が決まるので、ひたすら客に尽くすわけである。思わず見とれてしまうような若いきれいな美人ウェートレスがウィンクをしたからと言って、あなたに気があるなどと決して思ってはいけない。あくまでビジネスなのである。

日本の場合は、何か要望があると"すみません!"と言えば近くにいる給仕が対応してくれるのが当たり前だが、あちらではそのテーブル担当の給仕しか客の要望を聞くことはできない。最近知人に聞いた話だが、同じレストランに2日続けて行って(これも珍しいことだが)、前日の給仕と違う人がテーブルについてチップの額を前日より多くしたら(多分計算を間違ったのだろう)、店を出る時に前日の給仕が血相を変えてやって来て、"昨日の私のサービスに何か問題があったのですか?"、と聞かれ、あたふたしたという話を聞いた。

(写真:@ママカメラ)

一通りドリンクの注文が終わると、本日のお薦めの説明がひとしきり始まる。この説明は大抵の場合早口でまくしたてるので、英語をよく解さない人にとってはかなりきついプロセスであるが是非微笑をたたえながら少なくとも聞いているふりをしていたいものだ。できれば質問もしたい。慣れてしまえば、こんなやり取りもレストランでディナーをする時の大きな楽しみになるはずだ。

話題については本当によく知っている仲間内で集まる場合以外は、宗教と政治の話は自分で切り出さないほうが無難である。何かとデリケートな話題が多い昨今は特にそうである。

ディナーはいろいろな意味で究極のコミュニケーションの場であると思う。必ずしも高級レストランである必要はない。食べたもの、飲んだワインももちろんだが、その時の人々、その人たちとの会話を後になって思い出せるような意味深いものにしたいものである。まさに一期一会である。

(次回に続く)

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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