AMDに24年勤務する間に、実に数多くの人物に会い、それらの個性豊かな人との出会いが自分を成長させたのだなとつくづく感じる。今から思い出せば前述した、CEOのジェリー・サンダースをはじめ、 何人かのシリコンバレーのレジェンド達と直に接する機会を得たことは私の大きな財産だと思っている。そのほかにも、各国のAMD社員、カスタマー、競合各社、その他業界人など、いろいろな人たちと知り合い大きな影響を受けた。

今回の番外編では、先日ふと思い出したAMDの同僚の話を書いてみたい。とにかく個性的で破格な人物で、彼に対する大いなる敬意をもってこの話を記したい。AMDヨーロッパの営業マンジョン・ハミルである。

ジョンの英語は米国人でもわからない

ジョン・ハミルのスケッチ (ちょっと優男に見えるが、中身は野獣…)

彼を思い出したのが、つい先日、この歳になってお恥ずかしい話だが、何年ぶりかで不覚にも二日酔いしてしまった朝であった。その絶妙なタイミングに、むかむかする胃を抑えながら思い出し笑いをしてしまった。

ジョン・ハミルはちょうど私と同じ年代でAMDに入社してきたと思う。当初彼は営業、私はマーケティングだったので直接話す機会は入社後5-6年たってのことであったが、その後なぜか意気投合して良い友達になった。 知り合う前からいろいろなうわさを聞いていて面白い人物だなと思っていたが、実際に会ってなるほどと思った。

USの会社に勤めていて本当に良かったと思うものの1つに、たくさんの地域から集まった人に会って、いろいろな個性、文化に接する機会があったことが挙げられる。当たり前の話だが、これらの多種多様な人々の共通言語は英語である。

しかし共通言語の英語にもいろいろなバージョンがあることを身をもって体験できたことが非常に貴重であったと思う。なにしろ仕事を進める必要があるのであるから、中学校で習ったような"これはペンですか、鉛筆ですか"などと言う意味のない会話はあり得ないのであって、常に実質的な目的をもって会話するので皆必死である。 ジョン・ハミルはスコットランド人で普通の日本人から見ればいわゆる西欧系であり、英語圏(このように言ったらスコットランドの皆様は激怒するであろうが…)であると思えたのだが、この人の英語が一番わかりづらかった。しばらくたって、そう感じるのは私だけではないことが判明した。

それは、私がテキサスのヒューストンに当時Compaqの担当であった彼を訪ねた時である。Compaq本社に一緒に訪問する前に時間がなかったのでマクドナルドで昼食をとることにした。店に入ると、彼がもじもじしている。すると、いきなり"お前が注文してくれ、俺は席を確保するから"、と言うので"なんで?"、と聞くと、彼は気まずい顔をして、"多分ここではお前の英語のほうがよく伝わるだろう、あいつらに何度も何度も聞き返されるのは嫌なんだ"、と彼が真顔で言った時には思わず笑ってしまった。

USの会社では共通言語の英語のアクセントについては皆でジョークを飛ばすのが当たり前である。それによって誰も怒ったりしない。その中でも、スコットランド人のジョン・ハミルの英語は、多分本人がアメリカに迎合しないためにわざとやっていたのだろうと思うが、 所謂スコティッシュの典型で大変にわかりづらい。

かっこよく話そうとすれば、007の往年の俳優ショーン・コネリーのようになるが、ジョンはスコットランド丸出しの英語で、USの人にとってもわかりづらいらしい。

いろいろな社内のミーティングで彼が話すと、決まって誰かが、"おい、通訳を呼んで来い"、などと言う。そんなことを衆目の中で言えたのも、彼がだれにとっても、AMDの営業戦士の中で傑出したセンスを持っており、人物的にも愛すべき輩であったことを意味していた。

最終面接での伝説

ジョンが採用されたときの逸話にこんなものがある。ジョンはAMDのイギリス支社長デイブ・ブランドと最終面接に臨んでいた。

デイブ: お前がジョンか? お前は自分で営業センスがあると言っているようだが、どれだけのものか私にわからせてくれ、私が納得したら採用だ。

ジョン:わかりました。私の優れた営業テクニックについて何なりとお聞きください。

デイブ:そうだな。。。 ここに私のお気に入りのモンブランのペンがある。私は、このペンを何年も使っていて大変気に入っている。この俺に、モンブランのペンをもう一本売ってみろ。

ジョン:なるほど、素晴らしいペンですね。ちょっと拝見してもよろしいでしょうか?

そこで、ジョンはやおらペンをデイブから取ると、いきなり両手で掴み、目の前で真っ2つに折ってしまった!!

ジョン:これでもう一つモンブランをお買いになる理由ができましたね。

呆気にとられたデイブであったが、ジョンのあまりにもユニークな、しかし効果的な"営業テクニック"に舌を巻き採用が決まった。言うまでもないが、デイブはその後怒り狂い、ジョンは全く同じモンブランのペンをロンドン中探しまくり弁償する羽目になった。ウソのようだが、本当の話である。

こんなこともあった。例年行われるUSラスベガスでの展示会Comdexに合わせて世界からAMDの営業幹部が集まり会議を開いた。有名ホテル、ベラージオのバンケットルームには100人以上の営業、マーケティングの男女が豪華なレセプションルームに集まっていた。

スコットランド人男性の正装キルト (C) amaguma / PIXTA(ピクスタ

ホスト役のスティーブ・ゼレンシック(通称:Z)がお気に入りのウォッカベースのマティーニを片手に談笑している。ブラックタイである(晩さん会用の正装である、これが実に似合っている、やはり洋服は肩幅の広い背の高い人用にできているのだ…)。

Zのブラックタイも決まっていたが、もう一人見事な身なりの人物がいた。スコットランドの民族正装のキルトに身を包んだジョンである。バッグパイプこそ持ってはいないが、腰のところに家紋をあしらったメダルのようなものを付けてきりっとした立派な正装で、 スカートのようなキルトは触ってみるとかなり厚手のもので、重厚な感じだ。本物を見るのは珍しいので皆ジョンを囲んでスコットランドの話で盛り上がっていた。

好物のビールグラスを片手にした得意満面のジョンの話によると、正装のキルトをまとう場合はその下に何も穿かないのだそうである。私は、多分そうなるだろうなと思っていたので、その場を離れて難を逃れたが、ジョンはビールを次々におかわりした後で幾人かの人にそれが本当であるという"証拠"を見せて回ったらしい。

"おれの体はビールで維持されている"

ジョンはビールしか飲まない。というか、もっと正確に言えばビールしか摂らないと言った方がいいだろうか。夕食のテーブルでワインは一切飲まず、食事にもあまり手を付けずひたすらビールを飲み続ける。"おれの体はビールで維持されている"、とジョンはよく言っていた。

ヒューストンに出張してジョンと夕食を一緒にとることになった。私もビールは大好きなのでビールがうまいところへ行こうという話になって、ジョンがよく行くビールバーへ行った。そこにはカウンターの背に壁いっぱいの棚に100種類以上のビール瓶が置いてある。

"おい、今晩はあの一番上の棚の左端から始めて、一番下の右端まで行くまで終わらないぞ"、ジョンが嬉しそうに言った、私も若かったので、"望むところだ!!"と受けて立った。そのあとのことはよく覚えていない。その後、ジョンから私のことをなぜか"Mad Dog(狂犬)"と呼んでいたのを思い出す。

ジョンがこよなく愛したビールの決定版、Boddingtons. 日本でも入手可能。缶に仕掛けがしてあり開けてグラスに注ぐとクリーミーな泡がトップを覆う。ロンドンのパブで飲むように是非常温でグラスにゆっくり注いで飲みたい。あてはFish & Chipsなど。

先日久しぶりに二日酔いした朝に、30年くらい忘れていたこれらの思い出が一気に湧き上がり、人間の脳にある記憶領域の容量の偉大さと不思議さに思いを寄せた次第である。

(次回に続く)

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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