まずは"ありがとうございました!!"

2015年3月2日に最初に掲載されたこのシリーズ(「巨人インテルに挑め!! - とある男の回想録」は今回で最終回になる。本編は前回のAMDとインテルの和解で全編終了となったが、2年間以上続いたこのシリーズを終えるにあたって、まずはご愛読いただいた読者の方々に謝意を伝えたい。

"ご愛読本当にありがとうございました!!"

私のペンネームの吉川明日論のところをクリックすると、今までの話のリストが出てくる。数えてみるとなんとこの最終回で84話目である。書き始めた時にはこんなに長期に連載が続くとはまった思っていなかった。偶然にひょんなところで会ったマイナビニュース編集部の方にすすめられて書き始めた連載だが、私が過ごした半導体業界での経験を思い出しながら書き綴っていたらこんなになってしまったというわけだ。連載などまったくの素人である私がこれまで何とか続けられたのも、タイムリーにいただいた編集部の方々のご助言と、業界を中心とした読者の方々のおかげである。この場を借りてお礼を申し上げさせていただく。

還暦を迎えて、30年以上お世話になった半導体業界の仕事から引退し、24年過ごしたAMDでの経験をメインにしたこのシリーズもさすがにネタ切れになってしまった。しかし、全部で84回も続いたのだから充実した仕事人生だったのであろうと勝手に解釈することにしている。確かにAMDでの24年は長いようであっという間だった。その間には286からK8まで驚異的なマイクロプロセッサ・アーキテクチャの進化があったし、2μmから65nmまで微細化した驚異的な半導体微細加工のイノベーションがあった。半導体以外でも、ジョイントベンチャー、企業合併、日米貿易摩擦問題、から訴訟問題まで大変幅広い経験をさせてもらった。これも、やはり最先端の半導体業界に身を置いたおかげであると思う。

AMDでの経験は何事にも代えられない貴重なものであったが、AMDでの経験をこれほどまでに充実したものにしてくれたのは競合インテルのおかげである。このシリーズではもとAMD社員の一方的な見方でインテルを書いてきたが、やはりインテルは偉大な企業であると心から思っている。パソコンからスマホへと主たるプラットフォームが変わり、クラウド、IoT、AIと新しい分野に半導体アプリケーションが移ってゆく中で、現在の半導体市場を眺めると、常勝の横綱インテルの地位はかなり揺らいでいるように見える。2位のSamsung Electronicsは果敢な投資で猛追し、新興勢力がどんどん力をつけるという相変わらずの下剋上の状況が続くが、常勝横綱インテルの地位は結局は揺るがないと信じて疑わない。

半導体業界での仕事人生30年を振り返って

今では仕事は引退して憧れの大学生活に戻っている筆者あるが、半導体業界での30年はもしかすると他の業界では得られないような経験に満ちていたのかもしれない。下記が雑感である。

  • 半導体は前例となる産業がないところが特徴である。大学での経済学、経営学の授業ではいろいろな産業の歴史的分析を行うものがある。通常どの産業でも、黎明期→成長期→絶頂期→成熟期→衰退期というように時間軸に沿って繰り返されるある一定のパターンが見られるものである。しかし半導体業界は黎明期から50年以上たっているのに、まだまだこの歴史的パターン化では説明できないような何かが起こっている。最先端を走っている産業では経験則に基づいたビジネスの決定では必ず行きつかなくなる。想像力の問題なのだ。そういえば、米国半導体協会(SIA)が創立25周年を記念して作成した本のタイトルは「Beyond Imagination(想像を超えて行け)」というものであった。まさにその通りだと思う。

SIA:米国半導体協会の設立25周年記念ブック、ムーアの法則で有名なGordon Moore氏の言葉で始められる (著者所蔵イメージ)

  • 業界自体は激しい競争をその継続エネルギーとしているので、その中で働いている人間は時々疲れ果ててしまい、"そろそろ潮時か?"と考える時期が来る。そういう時に限って次に控える新しいものが"おいでおいで"と言って誘って来る。そうするとまた半導体屋のアドレナリンが充填されて、"この顛末だけは最後までは見届けよう"、となり、ついつい居続けてしまう。

  • 業界の関心はどんどんソフトウェアに移る。しかし、どんなソフトウェアもハードウェアがなくては動かない。ハードウェアは普及すると必ずコモディティ化して価格競争になる。半導体はその最たるものだ。集積度を増して価値を上げ、新しいアイディアをそのチップに込める。半導体はまさに産業のコメなのである。

  • AMDをはじめ、たまたま入った半導体業界であったが、務めた会社がすべて外資系であったことも大きな要因だった。ろくに泳げないのに海の中に突然放り込まれたような状態であった。日本人だけに囲まれていたら経験できない状況に無理やりおかれたのがかえってよかったのだと思う。新しいことにリスクを恐れずに積極的に挑戦することの重要さを教えてもらった。

前述のSIAのブックに掲載されたTIのJack Kilby氏の世界で初めて考案された集積回路のスケッチと説明書き (著者所蔵イメージ)

今後の吉川明日論

先日、マイナビニュースの担当編集と連載を終えるにあたって今後のことを話した。大学生になって半導体とはまったく関係のない勉強をしている現在の私であるが、半導体を巡るいろいろなニュースについては常にチェックしている。私としてはせっかく読んでくださる方もいることだし、業界にまつわる話題で面白そうな事柄についてコラム形式で不定期に書いてみたいという申し出をしたところ、快諾いただいた。AMDの昔話とは違ってリサーチも多少必要なので、どのようなものに仕上がるかはまったく予想がつかないが、吉川明日論のコラムという形で再発進することとなった。

最後に半導体業界の皆様のさらなるご健勝、ご発展を祈念してこのシリーズは最終回といたします。今後ともよろしくお願いいたします。

(吉川明日論)

☆ご愛読ありがとうございました。吉川明日論先生の次回作にご期待ください--

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
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