【連載】

巨人Intelに挑め! – 最終章:インテルとの法廷闘争、その裏側

7 日本における公共調達の話

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文部科学省のパソコンはどこのCPUを使っていますか?

当時コンシューマー市場ではK6の後継となるK6-2プロセッサが非常に成功していた (著者所蔵イメージ)

私はその日、部下のYと一緒に文部科学省(文科省)の総務部にいた。私たちの名刺には「公共調達推進室」とあり、私は室長で部下のYは部長である。私たちの面会の相手は「文部科学省調達課」という名刺を差し出した。早速私が切り出した。「文科省の事務所で使うパソコンの調達仕様書にはそのスペックの条件としてメモリXXGB以上、OSバージョンXX、とか書いてある中のCPUの欄にはIntel Pentiumと書いてありますね?」。相手はぽかんとした表情で聞いている。私の部下のYが一気呵成に続ける、「WTO(世界貿易機構)の「政府調達に関する協定」は、ウルグアイ・ラウンドの多角的貿易交渉と並行して交渉が行われた結果、1994年4月にモロッコのマラケシュにて作成され、1996年1月1日に発行された国際条約です。日本も本条約の締結及び交付を行いました。その協定によると公共調達の仕様書には『その業務に絶対的な必要性があり、代替品がない場合を除いてはいかなる製品、メーカーの指定もしてはならない』、とあります。文科省のパソコンにインテルCPUである絶対条件とはあるのでしょうか? もしそうでなければ、この仕様書は国際法上問題がありますね」。相手は呆気にとられた表情であるが、明らかに慌てている。会議室テーブルを離れデスクに戻り、他の人間とこちらを指さしひそひそとやっている。相手が1人から3人に増えた。Yがまた続ける、「ここに我々の弁護士が用意した文科省宛の抗議文を用意いたしました。英語で申し訳ありません、外資系なものですから。内容は今お話しした事情でございます。ところで我々AMDはインテルCPUと同等、あるいはそれ以上の性能のCPUを販売しております。AMDのCPUを使用したパソコンのリストはこちらでございます。AMDのCPUを搭載したパソコンは性能もよくリーズナブルな価格で大変売れております。今後、文科省のパソコンの調達対象リストにこれらを加えていただけますでしょうか?」。

家電量販店などで売られている個人ユーザー向けではなく、企業系・官公庁などで使用されるパソコンの商流とはCPUからたどると次の図のようになる。AMDのCPUは個人ユーザー(コンシューマー市場)ではその優秀なコストパフォーマンスですでに大きな成功を収めていた。しかし、企業ユーザー向けのパソコンでの実績は非常に限られていた。その理由は次のものだと考えている。

  1. 安定的な市場である企業ユーザー向けのパソコンでは、インテルがパソコンメーカーにかなりの圧力をかけていてこの領域ではAMDのCPUを搭載したパソコンは限られた選択しかなかった。この件についてはAMDのインテル相手の訴訟の中で事実が明らかになっていった。
  2. 官公庁、地方自治体などの公共調達のパソコンの現場では主に事務処理のためのパソコンが主であり、それほどのパフォーマンスは要求されていない。調達の担当もほとんどが技術に明るくはない総務系の人たちである。故に仕様書などは中央省庁が書いているものをほとんどコピーしている。基本的に保守的な人たちなので「パソコンと言えばマイクロソフトのウィンドウズとインテルCPUと相場が決まっている」という不文律に盲目的に従う。
  3. 故に、パソコンメーカーからすれば官公庁向けのパソコンにわざわざAMDのCPUを使用するのにはよほどの理由がない限りやらない。この結果、パソコンの仕様書にはデフォルトでIntel Pentiumと書いてしまう。

公共調達は仕様書に書いてあることがきっちり守られるので、ここでIntel Pentiumという指定をされてしまうとAMD CPU搭載のパソコンは初めから調達の対象外となってしまい我々には大きな問題であった。

公共調達推進室が始動

公共調達の条件にブランドを指定することは前述のとおりWTOの国際条約に抵触するということは本社でも認識しており、多くの場合が"CPUはインテル"と指定されているのは日本に限られたことではなかった。その状況を打開すべくAMDの各国にチームが編成された。チームと言っても新たな人間を雇う余裕などはなく、皆他の仕事との兼任である。実際日本AMDの"公共調達推進室"なるものの実体は室長の私と部長のYの二人だけの"チーム"であるが、わざわざ名刺を作成して、わざとらしく英語の"抗議文"なるものを携えて官公庁、地方自治体を片っ端から回ることとなったのだ。しかし、この活動は非常に効果があった。折しも、日本のノートパソコン大手がAMD K6-2プロセッサを搭載したコストパフォーマンスの高い製品を発売し、協業という形で中央省庁を始め、地方自治体を積極的に訪問した。ターゲットとなる官公庁の次に挙げられる特徴を逆手にとって利用した形になった。

  1. 公共調達なのであるからもともとの原資は税金なのでコストパフォーマンスのより高いものを選ぶのは大原則である。
  2. 官公庁・地方自治体の役人たちはとかく"XX協定違反"、"XX条項違反"などということに敏感である。国内の行政にかかわることが仕事であるほとんどの役人にとって、"国際条約違反"などと言われていきなり英文の"抗議文"などを持ち出されたらビビるのも無理はない。
  3. 実際、協業したパソコンメーカー製のAMD CPU搭載製品はコストパフォーマンスがよく、対抗したほとんどのインテルCPU搭載パソコンよりも安価であった。我々があらかじめ用意したベンチマーク結果で性能がいいことを提示すればインテルCPUを搭載した高価なパソコンを採用する特別の理由はない。
  4. 官僚の世界は厳格な階層社会である。中央官庁を抑えてしまえば縦割りの地方自治体にも自然と影響力が及ぶ。

こんな感じでパソコンメーカーと協業していろいろな省庁・地方自治体にお邪魔することになった。次第に似たようなケースがあまりにも多くなり私と部下のYでは回り切れなくなった。最後には実際の訪問は余程大きな案件か重要ポイントのみに限ることになり、通常の場合は電話とファックスの対応になった。「はいこちら日本AMD公共調達推進室です。要件を説明した書類一式と当社のCPUのベンチマークをファックスいたしますのでよろしくお願いいたします」、という具合にどんどん乱発した。

唯一対応が違った経済産業省

しかし、私とYが訪問した省庁の中で唯一我々の主張が通用しなかった省庁があった。経済産業省(経産省)である。我々が訪問した時の面会メンバーのいでたちから違っていた。いつもの訪問では大抵はくたびれた鼠色のスーツに室内用のサンダル履きといういわゆる役人スタイルの人々であったが、経産省のメンバーはビシッとしたピンストライプのスーツに趣味の良いネクタイを締め、ピカピカの革靴を履いていた。我々の説明をひとしきり聞くと、「最近AMDさんもシェアを伸ばしているようじゃあないですか? 市場に競争が生まれるのは大変いいことであると思います。しかし、この問題は御社の認知度の問題であると思います。AMDさんもインテル社のテレビコマーシャルまでとは言いませんが、ブランド力を高める企業努力をされることをお勧めします。ちなみに経産省の調達仕様書には、「Intel Pentium、もしくは同等・それ以上の性能を持ったCPU」と明記してありますが何か問題がありますでしょうか?」、とやり返された。これには私もYも一言も返す言葉がなく早々に退散した。さすが経産省の役人は違うと思った。

著者プロフィール

吉川明日論(よしかわあすろん)
1956年生まれ。いくつかの仕事を経た後、1986年AMD(Advanced Micro Devices)日本支社入社。マーケティング、営業の仕事を経験。AMDでの経験は24年。その後も半導体業界で勤務したが、今年(2016年)還暦を迎え引退。現在はある大学に学士入学、人文科学の勉強にいそしむ。
・連載「巨人Intelに挑め!」を含む吉川明日論の記事一覧へ

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インデックス

連載目次
第16回 【総集編】世代ごとにたどるAMD CPUの歴史(ダイジェスト版その3)
第15回 【総集編】世代ごとにたどるAMD CPUの歴史(ダイジェスト版その2)
第14回 【総集編】世代ごとにたどるAMD CPUの歴史(ダイジェスト版その1)
第13回 公正取引委員会がインテル・ジャパンを強制調査した"あの日"
第12回 極秘プロジェクト「スリングショット」秘話
第11回 吉川明日論のマーケティング小話 - "使った時のあのいい感じ"
第10回 インテルの市場独占支配力と顧客に与えるプレッシャー
第9回 インテルのAMDビジネスへの妨害
第8回 【番外編】半導体サプライチェーンの事など
第7回 日本における公共調達の話
第6回 【番外編】半導体屋おじさんたちの会
第5回 米国の民事訴訟の特徴:ディスカバリー
第4回 証人尋問の思い出
第3回 インテルの市場独占の成立過程とその弊害について
第2回 AMD対インテルの法廷闘争の歴史
第1回 序章:2014年の奇妙な記事

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