前編では、完全人工光型植物工場、自然光型植物工場におけるIT化についてそれぞれ解説した。後編では、引き続き、日本の農林水産業における「デジタル化」の課題を考察するにあたり、「IT化」が中心となっている生産形態を種別ごとに見ていきたい。

3つ目は、露地栽培や旧来の施設園芸におけるIT化である。この領域は、最近まで、植物がより自然にさらされる環境であることから技術的困難が多く、また収益性が低いため、導入コストが障壁となり実証レベルにとどまっていた。しかし、最近ではさまざまなセンサやサービスが出始めており、これからのIT化における主戦場になるとみている。

例えば、KAKAXI社は、センサと一体型の小型モニタリングデバイスを生産者に無償で貸与し、内蔵したカメラで定期的に農場を撮影すると同時に温度、湿度、日照時間も測定し記録する(出典1)。このデバイスは、太陽光のみで稼働し、生産者のスマートフォンアプリと直接通信することで、これまではセンサそのものや、電源確保・通信確保にかかっていたコストについて、大幅な削減を実現したサービスである。他には、世界の水問題を解決するとも言われ、クラウドファンディングの資金集めの段階から話題になった「SenSprout」という土壌の水分量を計測するセンサを使ったプロジェクトがある。このセンサは、無線給電技術により電池交換が不要なだけでなく、銀ナノ粒子インクを紙に印刷する技術を用いて電子回路を作るため、センサの生産コストを大幅に削減している(出典2)。

今後のデジタル化に向けては、多様な条件下での露地栽培や旧来の施設園芸において、生産者がこれらのセンサデバイスを使いこなし、有用なデータの取得と分析ができるようになること、そしてそれを支えるソリューションが整備されることが前提となる。そこから先は、前述の植物工場と類似した発展を遂げると想定されるが、高付加価値化に向けては、よりストーリー性をもった訴求が重視される本領域においては、生産者の顔や作物ができるまでの過程などが伝わるマーケティングを組み合わせていく必要があるだろう。

そのデジタル化に向けたソリューションの一部として、前回紹介したJohn Deereが提供する、自社の農機に搭載したセンサや農場用センサなどから得た情報などを組み合わせ分析することで農業者を支援するサービスについても、国内農機メーカーが自動運転と組み合わせるなど同様の動きが見られる(出典3、4、5)。さらに酪農においても個体情報管理による生産管理が進んでおり、例えば、ベンチャーのファームノート社による酪農・畜産向け牛群管理システムや、SalesforceのCRM基盤を使った管理など、多様なアプリケーションが登場し始めている(出典6、7)。

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4つ目が漁業および林業である。どちらも、収益性の低さが構造的課題となっている産業であり、またフィールドが広いことから、これまでITの活用がなかなか進まなかった領域でもある。そのような中で、漁業では資源管理と流通において、IT化の進展が見られる。

例えば、公立はこだて未来大学では、マリンIT・ラボを設立し、水温のモニタリングを通じて、寄生虫が付きやすい水温に上昇する前に採取して歩留まりを高めた。また、水産資源管理システムを用い、資源量推定をリアルタイム化し、資源量の回復を実現している。

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さらに、流通領域においては八面六臂社が、生産者と飲食店をインターネットでつなぎ、データに基づくサプライチェーンの最適化を図るサービスを提供している(出典8)。一方、消費者向けには、長崎漁港が産地直売のEC化を果たしている例も見られる(出典9)。このようにデジタルによる資源管理とサプライチェーンの最適化が融合することで、冒頭に紹介したような、産業構造や顧客体験そのものを変えうる変化を、漁業においてももたらす可能性がある。まさにこれらを組み合わせた取り組みが、総務省の「IoTサービス創出支援事業」において、宮城県東松島市における「海洋ビッグデータを活用したスマート漁業モデル事業」として採択されている。この事業では、定置網のモニタリングを行うスマートブイによって、漁獲モデルを効率化するとともに、定置網を"いけす"に見立てて消費者・飲食店が直接発注できるような仕組みを目指している(出典10)。

これらの動きは、非常に希望が持てるものであり、これまで全体最適化による収益向上が難しいと言われてきた漁業が、近い将来デジタル化によって高収益産業となる可能性があると言えよう。

一方、林業においては、ドローンや衛星による画像解析を生かし伐採計画を最適化するサービスや森林GIS(Geographic Information System:地理情報システム)の改善に向けた取り組みが始まっている(出典11、12)。昨今の国産材普及策やバイオマス発電の進展もあり、林業が活発になっていく中で、今後は伐採現場やサプライチェーン全体を最適化していくような取り組みも望まれる。

最後に、新たな顧客体験という意味で、農業体験などのこれまでとは少し異なる視点でのサービス事例を紹介したい。例えば、「ファミーゴ」。こちらは、ご近所の農家を見つけてつながり、近くの農家から顔が見える関係で新鮮な作物を購入できるサイトである(出典13)。また、「あぐりつーりずもNora」は、農業を含む田舎暮らし体験を提供するサービス(出典14)。野菜収穫のみを体験するものであれば「ヤサイコ」というものもある(出典15)。これらは、昔からあるアグリツーリズムや直売を、顧客体験としてデザインしたサービスと言える。さらに、遠隔農場「テレファーム」というものもある。このサービスは、農場ゲームでの栽培シミュレーション結果に応じて、実際の有機栽培農場から作物が届けられるというサービスである(出典16)。C2F(Consumer to Farmer)とも言える事例であり、今後は、ドローンによってリアルタイムで農場を見られたり、3Dプリンタによって消費者が考えた道具を農場にリアルに転送したりするなど、新たな技術によってより面白いサービスも登場するかもしれない。

図表4:日本の農林水産業におけるIT化の現状とデジタル化に向けた課題一覧(出典:アクセンチュア)

変化に対応するには

これまで見てきたように、農林水産業におけるデジタル化に向けた動きは日本においても急速に進展している。冒頭で提示した、3つのIT化によるバリューチェーンのデジタル化がもたらす変化、および事例の最後に提示した顧客体験の変化が広がることで、生産と消費が密に交わり、農林水産業の世界観はデジタル化によって大きく変わるのではないだろうか。

一方で、その変化を支える人材育成の現状はどうであろうか。新たな産業構造に適した人材が育たなくては、日本の農林水産業はこの変化をリードすることができず、産業をさらに発展させていくことはできない。

そこで、次回からは再び教育現場の話題に戻り、農林水産業における人材育成の現状と課題について論じたい。

出典

出典1:KAKAXI ホームページ
出典2:SenSprout
出典3:農業経営を見える化するKSAS(クボタスマートアグリシステム)(クボタ)
出典4:2016年2月17日発表ニュースリリース(井関農機)
出典5:2015年1月14日発表ニュースリリース(日立造船、日立製作所、ヤンマー)
出典6:ファームノート ホームページ
出典7:本川牧場の事例(セールスフォース・ドットコム)
出典8:八面六臂 サービス概要
出典9:産地直送 長崎漁港がんばランド ネットショッピング
出典10:総務省「IoTサービス創出支援事業」
出典11:2013年7月5日発表ニュースリリース(住友林業)
出典12:住友林業、日本情報経済社会推進協会「森林情報高度利活用技術開発事業」
出典13:ファミーゴ(マイファーム)
出典14:アグリツーリズモNora(JIN)
出典15:ヤサイコ(マイファーム)
出典16:遠隔農場「テレファーム」(テレファーム)

著者プロフィール

藤井篤之(ふじいしげゆき)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャー
入社以来、官公庁・自治体など公共サービス領域のクライアントを中心に、事業戦略・組織戦略・デジタル戦略の案件を担当。農林水産領域においては輸出戦略に精通している。
また、アクセンチュアの企業市民活動(CSR活動)において「次世代グローバル人材の育成」チームのリードを担当。経営・マーケティングに関する農業高校向け人材育成プログラムの企画・開発を行う。

久我真梨子(くがまりこ)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 マネジャー
企業の事業戦略・組織改革などに関するコンサルティングと並行し、教育機関に対して、カリキュラム改組から教材開発、実際の研修実施に至るまで踏み込んだ支援を行う。
人材育成に関する豊富な知見を活かし、アクセンチュアの企業市民活動において、農業高校向け人材育成プログラムを提供している。