【連載】

次世代アグリビジネス - 人材育成の観点から考える2030年の農林水産業

2 リアル「銀の匙 Silver Spoon」 - 農業高校における特徴的な取り組み(前編)

 

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前回は、グローバル化やデジタル化の進展など日本の農林水産業を取り巻く環境変化、そして「守り」から「攻め」に転じつつある農業水産業の政策の方向性について述べた。今回は農業にフォーカスをあて、農業高校において経営やマーケティングといったビジネスに関する教育への関心が高まりつつある状況と、農業高校で現在推進されている取り組みについて2回にわたり紹介する。

農業高校に足を踏み入れたことはありますか?

さて、皆さんは農業高校にどのような印象をお持ちだろうか。現在、農業高校は全国に約300校存在する(注1)。学区制を廃止している県もあるが、単純計算すれば都道府県あたり6~7校を抱えていることになり、高校の1学区につき1校は設置されているといったイメージだろうか。

これだけの数が存在するものの、近所に農業高校がある、あるいは自身が農業高校の出身である場合を除き、農業高校の敷地内に入った経験をお持ちの方は少ないと想像するが、実は農業高校は地域社会と密接に結びついている。例えば、実習用の農場に地元の幼稚園・保育園児や小学生を招き、高校生と共に農作業を行うことで農業の楽しさやおもしろさを体験してもらう取り組みを行う高校がある。また、農業高校で栽培した農作物を収穫し、近隣の住民と共に調理し、食べる中で、その土地の食材や食文化、調理方法を伝え合い、次世代に伝承するといった食育推進に関する取り組みを行う高校など、各校がそれぞれ特色のある、魅力的な活動を行っている。

前号でご紹介した漫画「銀の匙 Silver Spoon」には、育てた豚の肉をソーセージに加工して販売会を行うシーンが登場するが、前述のような取り組みに加え、地域社会との重要な接点となっているのが、校内に設置されている「校内販売所」である(販売所という形ではなく、地域の直売所などを間借りしたり、近隣を売り歩いたり、文化祭などの場で販売したりする学校もある)。実習で栽培した野菜や草花、さらには調理方法を学んで製造した加工食品、製菓なども販売している校内販売所も多い。

福島県立相馬農業高等学校での販売会の様子

高校生が実習で栽培、製造したものといっても侮るなかれ。野菜をはじめとする農作物は、丁寧に精魂込めて栽培されたものである上に、なんといっても採れたてである。ジャムやみそ、ベーコンなどの加工食品、さらにはまんじゅうやパウンドケーキなどの製菓についても基本に忠実に製造されており、作り手の顔が見える安心・安全な商品として総じて大人気である。1学期初頭から収穫の季節まで月に1回程度のペースで販売会を行う学校が多いが、どの学校も販売会当日には大勢の近隣の方が販売所に殺到し、入場規制をしなければならないほどの盛況ぶりなのだ。筆者も何校かの販売会を視察したが、どこもお客さんの熱気に包まれており、落ち着いた頃にはお目当ての商品が売り切れていることもしばしばだ。

この人気は、商品そのものが魅力的であることはもちろんだが、値段が安価であることも大きな要因であることは明白だ。校内販売所では、商品はほぼ原価で販売されるのが常である。栽培、製造、販売の過程でかかる人件費や生産者、製造者としての利益が加えられていないため破格の安さなのだ。

「ビジネスとしての農業」の指導状況

校内販売所は、自分たちが生産、製造した商品が金銭を伴ってやりとりされる「販売」のリアルを学ぶ場である。校内販売所を通じて消費者と直に接し、商品を手に取って喜んでもらうという体験は、生産者、製造者としての喜びを最大限享受するという点において、農業高校生にとって大変意義深い機会である。

一方、せっかくのリアルな学びの場であるならば、例えば商品の価格設定についても学びの要素とする余地はないだろうか。学校教育の一環として生産された商品で利益を追求しないという姿勢は理解できる。生徒が労働した分について労務費として価格に上乗せすることも現実的ではないだろう。しかしながら、「本来であれば労務費や利益も考慮してこのくらいの値段で販売しないと、商売として成り立たない」、あるいは「マーケットニーズに鑑みて、この商品の付加価値は高いから、この位の値段設定にしても売れるのではないか」ということを実際の販売商品で疑似的に計算してみる経験をしてもよいのではと思うが、そういったことを実施している学校は少ないようだ。

農業高校では、日頃の実習や課題研究の成果について、研究発表会のような形で校内外へむけて発表する機会が多いが、そのような場においても、生産・加工技術や生産物・製品の素晴らしさ、社会性の高さについて論じられているものは多いが、ビジネス性について論じられているものは極めて少ない。

すなわち、現在多くの農業高校の教育現場では、「よいものを作る」ことは丁寧に指導されているが、農業を「いかにビジネスとして成立させるか」、もっと平たく言えば商品価格を構成する要素を理解した上で、商品の付加価値を見極めて適切なチャネルで販売する「儲け方」については十分に指導されていないのが実情ということだ。この点、高校卒業後すぐに就農する生徒がいることも想定している教育課程としては手薄な部分と言えるかもしれない。前回の記事において、日本の農林水産業が"生産"セクターに限定されているビジネス構造から、"普通の"ビジネスに変化していくことを説明した。農業高校で「儲け方」を指導することに対する要請は、今後さらに高まると考えられる。

伝統野菜の復活をめざせ! - 福島県立会津農林高等学校の挑戦

このような中、単に「よいものを作る」だけではなく、もう一歩踏み込んだ取り組みを実施している例として、福島県立会津農林高等学校の挑戦を紹介したい。会津農林高校は地元農家と連携し、生産がほぼ途絶えていた会津伝統野菜の普及に取り組んでいる。会津伝統野菜は、会津地方で古くから親しまれ栽培されてきた会津古来の在来種で、代表的なものに余蒔胡瓜(よまききゅうり)や会津小菊南瓜(あいづこぎくかぼちゃ)がある。地域にねざすこのような伝統野菜を栽培し、普及に努めることは伝統文化継承の側面も大きいが、ビジネス的な視点から言えば、付加価値が高く、差別化を図れる品の再発見と捉えることもできる。

実際、余蒔胡瓜は農業生物資源ジーンバンク(農業分野に関わる遺伝資源について探索収集から特性評価、保存、配布および情報公開までを行う事業)(注2)に保存されていた種を会津農林高校が取得し、栽培実験するところから始まったが、現在出回っている一般的なきゅうりとは異なる味わいの野菜として認識され始めている。地元の直売所で販売することはもちろん、小学校の地産地消給食で出すなど、地道な普及活動によって、現在では生産農家も増え、地元のスーパーマーケットが定常的に取り扱うようになり、少量ではあるが市販されるようになった。筆者も余蒔胡瓜をいただいたが、食感は柔らかく青臭さがなくて非常においしい。煮物にすると冬瓜に近い見た目だが、うまみが凝縮されており独特の味わいだ。

複数年にわたる取り組みの中で生徒達は、他にはない付加価値がある品を発掘する、おいしいから売れる、売れるから生産者が増える、生産量が増えるからマーケットでの存在感が増す、という基本的なビジネスの構造について身をもって体験していると言える。

余蒔胡瓜

余蒔胡瓜の再発見と普及は1つの成功事例であるが、他方、苦戦を強いられているのが会津小菊南瓜である。会津小菊南瓜は、会津伝統野菜のなかでもシンボリックな存在で、古くは江戸時代に会津藩で記された農業指導書「会津農書」にも登場する。皮が固く長期保存が可能なため、戊辰戦争の折には保存食として重宝されたらしい。みずみずしくねっとりとした食感が特徴で上品な甘さがあるのだが、濃厚な甘みを持つ西洋かぼちゃに慣れた現代人の舌には少々物足りなく感じることもあるようで、なかなか思うようには普及していない。

会津小菊南瓜の収穫の様子

販売会などを通じて、「普通のかぼちゃとどう味が違うのか」「どんな食べ方ならおいしくいただけるのか」という消費者の疑問に触れ、「ただ一生懸命生産するだけではなく、消費者にわかりやすく魅力を伝え、受け入れられる形で流通させる必要性に気づかされた」とは、会津農林高校野菜専攻班の生徒の談である。現在、会津農林高校では会津小菊南瓜の普及をめざし、効果的なプロモーション方法の検討や適切な販売チャネルの開拓と並行して、フリーズドライ化の上で粉末状に加工し、かぼちゃスープの素とするなど、新しい商品の開発にも着手している。

まさにこれは、農業高校が主体となって会津伝統野菜をキーワードに6次産業化しつつある姿であり、政府が企図する攻めの農業を具現化しているのではないだろうか。そういった意味で、全国の農業高校の先駆けとなる取り組みと言える。今後、会津伝統野菜がどのように地域や市場に浸透していくのか注視していきたい。

次号も引き続き、実際の農業高校において現在進行形で推進されている特徴的な取り組みについて紹介する。

参考

1) 文部科学省(2014)
http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/shinkou/genjyo/021201.htm
2) 独立行政法人 農業生物資源研究所 遺伝資源センター
https://www.gene.affrc.go.jp/pdf/misc/pamphlet-gb2014.pdf

著者プロフィール

藤井篤之(ふじいしげゆき)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 シニア・マネジャー
入社以来、官公庁・自治体など公共サービス領域のクライアントを中心に、事業戦略・組織戦略・デジタル戦略の案件を担当。農林水産領域においては輸出戦略に精通している。
また、アクセンチュアの企業市民活動(CSR活動)において「次世代グローバル人材の育成」チームのリードを担当。経営・マーケティングに関する農業高校向け人材育成プログラムの企画・開発を行う。

久我真梨子(くがまりこ)
アクセンチュア株式会社 戦略コンサルティング本部 マネジャー
企業の事業戦略・組織改革などに関するコンサルティングと並行し、教育機関に対して、カリキュラム改組から教材開発、実際の研修実施に至るまで踏み込んだ支援を行う。
人材育成に関する豊富な知見を活かし、アクセンチュアの企業市民活動において、農業高校向け人材育成プログラムを提供している。

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インデックス

連載目次
第8回 日本の農林水産業に迫る変化(グローバル化×デジタル化)-デジタルアグリ(2)
第7回 日本の農林水産業に迫る変化(グローバル化×デジタル化)-デジタルアグリ(1)
第6回 日本の農林水産業に迫る変化(グローバル化×デジタル化) - デジタル化の波
第5回 日本の農林水産業に迫る変化(グローバル化×デジタル化) - マーケティング
第4回 日本の農林水産業に迫る変化(グローバル化×デジタル化) - 新市場を求めて
第3回 リアル「銀の匙 Silver Spoon」 - 農業高校における特徴的な取り組み(後編)
第2回 リアル「銀の匙 Silver Spoon」 - 農業高校における特徴的な取り組み(前編)
第1回 「銀の匙 Silver Spoon」の大ヒットから考える日本の農林水産業が目指す姿

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