ダークマターの分布の予言

東京工業大学の牧野淳一郎 教授は、京コンピュータを使った巨大シミュレーションでダークマターの分布を予言するという研究についての発表を行った。

京コンピュータによるダークマターの分布シミュレーションについて発表する東工大の牧野教授

昔は、宇宙は星や星間ガスなどの物質からできていると考えられていたが、色々な証拠から、物質だけでは渦巻き銀河の腕のような形状が作れないことから、光で観測できないダークマター(暗黒物質)があると考えられた。また、宇宙の膨張が加速しているという観測から、宇宙を膨張させるダークエネルギー(暗黒エネルギー)があることが考えられている。

ビッグバンの名残の宇宙背景輻射の分布を観測から、宇宙の中の物質、ダークマター、ダークエネルギーの比率を推定することができ、現在では、欧州のPlanck衛星の観測結果から導かれたダークエネルギーが68.3%、ダークマターが26.8%、通常の物質が4.9%という比率が信頼できる結果と考えられている。

このダークマターやダークエネルギーの正体を突き止めるというのが、現在の宇宙研究の最もホットなテーマである。

ダークマターの正体は?。毎秒1億個のダークマター粒子が人間の体を通り抜けているが、それが体の原子とぶつかるのは1000年から1億年に1回程度? (出典:京コンピュータシンポジウムにおける牧野教授の発表スライド)

ダークマターの候補としては、超対称性理論で予測されるニュートラリーノのという素粒子というのが有力な予想で、理論から予想される性質から直接、間接にダークマターの存在を検出する努力が行われている。最近、国際宇宙ステーション(ISS)で陽電子を観測する実験を行っているグループが、観測される陽電子の数が予想より多く、これはダークマター粒子の衝突で作られた可能性が高いという発表を行っている。

ニュートラリーノは中性で電荷を持たず、他のダークマター粒子や物質粒子とは重力で引きあうという相互作用しか行わない。

毎秒1億個ものダークマター粒子が我々の体を通り抜けているが、それが体を構成する原子とぶつかるのは1000年~1億年に1回と、ほとんどのダークマター粒子は無害で通り抜けてしまう。

しかし、稀にはダークマター粒子同士が衝突することがある。衝突が起こると、ガンマ線や電子、陽電子などが作られる。前述の国際宇宙ステーションでの観測は、この陽電子を観測してダークマターの存在を実証しようという研究である。

ダークマターが濃く集まっている部分では、衝突が頻繁に起こるが、薄い領域では衝突の頻度は低くなる。ビッグバン直後に作られたダークマターが、現在、どのように分布しているかが分かれば、どの程度のガンマ線や電子、陽電子が出るかが計算でき、それを狙った観測を行って、理論的予測と一致すれば、ダークマターの存在の証拠となる。

また、ダークマターは通常物質の5倍あまり存在し、銀河や銀河団の形成に大きな影響を及ぼしたと考えられ、宇宙の発展を理解する上で、その分布がどのような振る舞いをするかは重要な情報である。

ということで、牧野教授のグループはダークマターの分布をシミュレーションで求めるという研究を行ってきた。

これまでの牧野教授のグループのダークマター分布のシミュレーション結果 (出典:京コンピュータシンポジウムにおける牧野教授の発表スライド)

ダークマターは、最初に地球質量程度のかたまりで作られたと考えられており、上の図はこの地球質量程度の10億個程度のダークマターの分布をシミュレーションした結果で、数個の高密度の塊とベールのような構造ができている。下の図の、地球質量より大きなサイズを想定した計算ではより多くの高密度の点とそれらをつなぐフィラメント構造が見え、異なった分布になる。

計算能力の制限で、これまではこのような計算は100億粒子程度までしかできなかったが、京コンピュータの利用で、より大きなシステムのシミュレーションができるようになる。本当は、ビッグバン初期にできたと考えられる多数の地球サイズのダークマターの塊から、銀河ができる過程をシミュレートしたいのであるが、これは京コンピュータでも能力が足りないという。

牧野教授のグループは2012年11月のSC12で京コンピュータを使った重力多体シミュレーションで2兆粒子の計算を行い、ゴードンベル賞を獲得している。この技術を使って、京コンピュータで1光年程度の領域のダークマターの分布をシミュレーションで求めることを目標としている。

この研究が短いタイムスケールで我々の生活に役に立つとは考えにくいし、効果を金額に換算することも難しい。しかし、宇宙の成り立ちは人類が太古から考えていたテーマである。ダークマターは宇宙の成り立ちの理解の最前線であり、素粒子研究の最前線でもある。その意味で、この研究は人類の知識の地平を広げる努力の一環として重要である。