産業技術総合研究所(産総研)は、独自に開発・改良した二経路干渉計を用いて位相測定を行うことによって、電子波の位相変化が人工原子の内部構造を反映することを実証したと発表した。今後、高精度な位相測定による新たな物理現象の解明および電子波の位相制御を用いた量子情報デバイスなどへの応用が期待されるという。

同成果は、 東京大学 大学院工学系研究科の樽茶清悟 教授(理化学研究所創発物性科学研究センター量子情報エレクトロニクス部門部門長)、山本倫久 特任准教授(同 創発物性科学研究センター量子電子デバイス研究ユニットユニットリーダー)と産総研 物理計測標準研究部門の高田真太郎 研究員ら、仏ネール研究所のクリストファー・ボイヤレ博士らによるもの。詳細は、英国科学雑誌「Nature Communications (Nature Publishing Group)」に掲載された。

研究で用いた二経路干渉計の模式図 (出所:産業技術総合研究所Webサイト)

これまで、電子波が原子によって散乱される際に生じる位相のずれは、原子内の電子軌道の形が関与することが理論的に指摘されていた。その一方で、1997年にNatureに掲載された論文では、電子を10個以上内包する人工原子による散乱で生じる位相のずれが、電子数を1変化させるごとに元に戻るという、軌道に依存しない振る舞いが報告されたが、その起源は未だ解明されていなかった。

そうした状況を受け、同研究グループは2017年6月、電子波の位相のずれを精密かつ信頼性高く測定できる独自の二経路干渉計を用いて、多電子の人工原子でも位相のずれが軌道の形を反映することを明らかにし、Physical Review Bにて詳細を公開していた。

今回の研究では、新たに架橋構造を取り入れて制御性を高めた干渉計を開発し、その片方の経路に人工原子を組み込み、人工原子内の電子数を1個単位で変化させながら、入射した電子波の位相変化を観測した。その結果、隣り合う2つの透過振幅のピークの間で、位相にπの跳びが現れて位相が元に戻る場合と、位相が滑らかに積み上がる場合の2つの異なる振る舞いが観測された。

研究グループが調査した人工原子は数十の電子を含んだものであり、これは1997年と2005年に行われた実験の結果から推定する振る舞いとは異なるものであった。さらに、人工原子の対称性を変化させるなど詳細な実験を行うことにより、人工原子によって散乱された電子波の位相のずれが、当初の理論予測通りに内部の電子軌道の形に依存することを明らかにした。

多くの電子を含む人工原子によって散乱された電子波に生じる位相のずれの測定結果。(b)は電子の干渉から得られた、人工原子を通って散乱される電子波の透過振幅で、(a)は、(b)で表される電子数の変化に対応した電子波に生じる位相のずれを示す。これにより、位相のずれが人工原子内部の電子軌道の形に依存していることが示唆された (出所:産業技術総合研究所Webサイト)

研究グループは同成果に関して、「20年来の電子の散乱位相の問題に決着をつけるもの」とコメント。加えて、同技術は人工原子の内部構造を探る方法として有用であり、散乱問題が関わるさまざまな物理現象の解明や、電子波の位相を情報のリソースとする量子情報デバイスにも利用できると説明している。