説明を行ったNTT 物性科学基礎研究所 量子光制御研究グループの武居弘樹 上席特別研究員

NTTは11月20日、光の量子的な性質を用いた計算機「量子ニューラルネットワーク(QNN)」をクラウド上で体験できるシステムを開発し、11月27日より同システムを公開すると発表した。また同日、NTT物性化学基礎研究所(神奈川県厚木市)にて報道陣向けの説明会を実施した。

同システムは、革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の山本喜久 プログラム・マネージャーの研究開発プログラムの一環として、NTT 物性科学基礎研究所 量子光制御研究グループの武居弘樹 上席特別研究員、本庄利守 主任研究員、情報・システム研究機構 国立情報学研究所(NII)情報学プリンシプル研究系の河原林健一 教授、加古敏 特任准教授、および東京大学 生産技術研究所の合原一幸 教授、神山恭平 特任助教らが開発したもの。

日本生まれの量子コンピュータ

革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)の山本喜久 プログラム・マネージャー

「QNNは、日本で生まれた世界最大規模の量子コンピュータ」と同研究開発プログラムのマネージャーを務めるImPACTの山本喜久氏は説明する。

近年、ノイマン型コンピュータの限界を克服する新技術として量子コンピュータの可能性に注目が集まっている。量子コンピュータを実現するハードウェアは、ゲート型、アニール型、ニューラルネットワーク型の異なる3つのアプローチがあり、現在インターネットを介して実機を体験できるクラウドウェブサイトは、IBMのゲート型15ビットマシン、D-WAVEのアニール型2000ビット、1万2000結合マシンが存在する。また、Googleも2018年春にはゲート型49ビットマシンを公開する予定となっている。

今回、日本から公開されるニューラルネットワーク型2000ビット、400万結合マシンは、これまでの限界を30倍以上拡大した、2000ビットまでの「組み合わせ最適化問題」を解くことができる。同マシンを用いることで、創薬におけるリード最適化、無線通信における実時間リソース最適化、圧縮センシングにおけるスパース推定、機械学習におけるボルツマンサンプリング、そのほか、スケジューリング、ハードウェア検証、ソフトウェア検証など、さまざまな分野でブレークスルーを起こすことが期待される。

QNNは世界最大規模の量子数、結線数を有している

コンパクト設計でデータセンタへの設置が可能に

今回、NNTなどはこれまで光の実験装置であったQNNをデータセンタなどに設置できる筐体に納め、光回路の安定化制御機構の導入により長時間安定に動作するQNN計算装置を開発した。

筐体に納められたQNN計算装置

QNNは、光パラメトリック発振器(OPO)と呼ばれる新型レーザの量子力学的な特性を生かして、さまざまな最適化問題の解を従来の計算機に比べて高速に得る新しい計算機だ。長い光ファイバリング中に配置された位相感応増幅器と呼ばれる光増幅器をON・OFFすることで、数千個におよぶ多数のOPOパルスを生成する。このパルス間に、解きたい問題に対応する相互作用を入れると、多数回の周回のあとにOPOパルス群は、最も安定となる位相の組み合わせをとる。すでにImPACTプログラムでは、1kmの光ファイバリング中で発生した2000個のOPOパルスの間に、測定・フィードバックにより任意の相互作用(問題)を導入することで、最大2000要素の最適化問題を瞬時にして解くQNNを2016年に報告していた。

量子ニューラルネットワーク(コヒーレントイジングマシン)の概念図

不休での最適化計算を実現

また、従来のQNN実験では、温度変動による1kmの光ファイバの長さ変動によりOPOパルスが不安定化するため、長時間の安定動作は困難だったが、新しいQNN計算装置では、光学システムの温度安定制度の向上と共振器位相のフィードバック制御の改良により長時間安定動作を実現し、1週間以上にわたり安定して大規模最適化計算が行えることを確認している。

光パルス繰り返し周波数の自動制御と光学系の精密温度制御により1km光ファイバリングの長期安定化を実現。ベンチマーク問題を24時間連続して解き続けても、安定した解探索を実現した

クラウドシステムの提供へ

同社は、長時間安定動作が実現された上記QNN計算装置を一般のユーザーに体験してもらうために、QNNクラウドシステムを構築し公開するという。NIIの研究開発グループが運営・管理するこのシステムは、ユーザーが直接触れるWebページを提供するWebアプリケーションサーバと、神奈川県厚木市のNTT物性化学基礎研究所に設置されているQNN計算装置との計算リクエスト・結果リスポンスのやり取りを制御する計算タスク制御サーバから構成されている。

QNNクラウドシステムの構成概要

これによってユーザーは、複雑で専門的技術が必要であった光学実験装置の調整を必要とせずに、QNN計算装置を体験することが可能となる。今回の公開では、大規模かつ難しい組み合わせ最適化問題の1つである、「MAXCUT問題(最大カット問題)」について、最大2000要素からなるQNNにおいて、すべての要素間に結合があるような難しいケースをこのクラウドシステムを通じてQNN計算装置上で解くことができる。

「MAXCUT問題(最大カット問題)」のイメージ図。5つのノードで最適解を求めた場合

QNNで求められる最大数の2000ノードで最適状態を計算すると、計算時間は5ms以下であった

今後の予定としては、2018年4月よりユーザー作成問題の入力機能の追加、同年9月よりシミュレーションによるアルゴリズムの公開、2019年3月より、「地図塗り分け問題」などを解ける、磁場項を用いた各種アルゴリズムを実機で解く機能を提供していくとのことだ。