日体大が37年ぶりに神宮大会制覇!

第48回明治神宮野球大会
第6日
大学の部 決勝戦
● 星槎道都大 0 - 3 日体大 ○

 初優勝を狙う星槎道都大と1980年以来37年ぶり2回目の優勝を狙う日体大の決勝戦。

 星槎道都大は準決勝から連投となった左の福田(3年・横浜創学館)、日体大は準決勝で温存された右の東妻(あづま)(3年・智辯和歌山)が先発した。

 日体大・東妻は140キロ台中盤の速球で3回までノーヒットピッチング。一方、スライダーなど変化球を駆使する星槎道都大・福田は、3回裏、二死二塁のピンチで日体大の5番・谷津(4年・向上)に中前打を許すが、中堅・石黒が好返球を見せて本塁突入の走者を刺すなど、バックの守りにも助けられ、序盤3回まで毎回得点圏に走者を置きながら無失点で切り抜ける。

 0-0で迎えた5回に試合が動く。日体大は一死から2番・坂本(4年・松阪)が四球を選び出塁すると、3番・船山(3年・日大三)が左翼席前列へ2点本塁打を放ち先制する。

 日体大は6回裏にも、二死一・三塁で一走・上西(2年・宇部鴻城)がスタートを切り、ディレイドで三走・馬場(2年・八戸学院光星)もスタート。鮮やかな重盗が決まり、リードを拡げた。

 先発の東妻はその後も速球を中心に5回から3イニングをパーフェクトに抑えるなど、9回105球で2安打完封。日体大が3-0で星槎道都大を破り、37年ぶり2回目の日本一に輝いた。

▼ 日体大・東妻の一問一答

-日体大として37年ぶりの優勝、おめでとうございます。
「ありがとうございます」

-優勝の重みはどう感じていますか。
「まだいまいち実感は湧いていないです。目指していたものなので嬉しいですが、実感がないというのが素直な答えです」

-ご自身のピッチングとしては、前回登板が打者11人で9奪三振。今回は省エネでしたね。
「この前とではだいぶ状況が違うので。今の自分の調子に合わせたピッチングを、心がけていました。今日はそれなりの調子で、それなりのピッチングが出来ていたので、それが一番だと思います」

-決勝戦で投げる前に気をつけていたこととかありますか。
「とりあえず先制点は取られないようにしようと。流れが相手に行ってしまうと、決勝戦ではどうなるかわからないので、向こうに(点を)与えないように意識しながら投げていました」

-ご自身のなかで、今日のピッチングで一番良かった点はありますか。
「ストレートが低めに集まっていたことが、一番良かったと思います。外野フライとかもあまり打たれていない。低めにゴロを打たせて打者をアウトに出来ていたので、それが一番いい点かなと思います」

-プロ注目選手と呼ばれていることもありますが。
「自分のなかでは、そんな奢るというか自信があるわけではないので、今のままではプロに行っても通用する投手ではないなと思います。まだ来年も成長できる時間もあるので、この冬しっかりと鍛えて、春、秋とここに戻って来られるように頑張りたいです」

-具体的にどの辺りを強化したいですか。
「スピードはそこそこ去年のトレーニングで出たと思うので、あとはコントロールをしっかりと、今のスピードでコーナーや高さを突けるようになれればと思います」

-監督に伺ったところ、序盤緊張が見られたということなんですが、本人はどうでしょうか。
「やっぱりいつもより緊張してしまって、腕が振れていなかった。球が垂れるというか、低めを狙っていたんですけど、狙いすぎて垂れていたので、そこは緊張のせいか硬かったんですけど。2イニング目以降は、慣れきたというか腕が振れてきたので、修正できたかなと思います」

-仲間が5回に点を取ってくれました。そこは少し気持ちも楽になれましたか。
「すごく楽になりました。やっぱり先制点を取ってくれたのが、気持ち的にも楽な部分があって、それ以降のイニングは力まずにコントロールを意識して投げられたので。先制点が自分のなかで安心感になったかなと思います」

-8回には初めて三塁に進まれましたが、あの辺は何か意識して投げられましたか。
「僕のなかで、二塁三塁にランナーがいた時はギアを上げようという意識があるので、いつもより腕が振って変化球やストレートを、コースを狙うというよりも強いボールをキャッチャーのミットまで届けるという意識で投げました」

(取材・ニッポン放送アナウンサー洗川雄司)


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