太平洋やフィリピン海から西に動いてきた海底、つまり海のプレート(岩板)が、日本が載っている陸のプレートの下に潜り込む境界付近では、しばしば巨大地震が起きる。2011年3月の東日本大震災を引き起こした東北地方太平洋沖地震もそうだった。海のプレートが潜り込む際に地盤が変形して徐々にひずみがたまり、それが限界に達したとき、急にずれて大地震になる。ずれてしまうと、地盤のひずみは解放されて小さくなる。

図 陸のプレートの下に潜り込む海のプレート。図の向こうから手前に潜り込んでいる。上側の陸のプレートは描かれていない。海のプレートが潜り始める場所が「海溝軸」。「津波発生領域」の南端(図の右)からずれが始まり、北(図の左)へずれが移動していく。ずれの終わる水色の領域で発生する低周波微動が、潮位と密接に関係している。(片上さんら研究グループ提供)

この岩盤のずれが、急にではなく、ゆっくり起きる場合がある。それが「ゆっくり地震」と呼ばれるものだ。ゆっくり動くので激しい揺れになることはないが、ひずみが解放されることに変わりはない。そして、ゆっくり地震が起きたすぐそばには、巨大地震に向けてひずみをためている岩盤があるかもしれない。これに、ゆっくり地震が影響を与える可能性もある。だから、ゆっくり地震は、けっして大地震と無縁ではない。

京都大学博士課程の片上智史(かたかみ さとし)さんらの研究グループは、海岸に潮の満ち干をもたらす「潮汐」という海面の上下動とゆっくり地震に関係があることを突き止め、このほど発表した。プレートの境界では、海のプレートが陸のプレートの下にかなり潜り込んだ先の深いところでも、そして手前側の浅いところでも地震は起きる。深いところのゆっくり地震については、これまでにも潮汐との関係が指摘されていたが、浅いところでは、今回が初めてだという。浅い部分で岩盤が急に大きくずれると、巨大な津波が発生する。この研究が注目されるのは、巨大津波を引き起こす可能性のある海底下で、岩盤のひずみがどう解放されるかを扱っているからだ。

片上さんらが分析したのは、南九州の太平洋沖で2013年6月に起きたゆっくり地震だ。ここでは、海のプレートである「フィリピン海プレート」が、日本列島が載っている「ユーラシアプレート」の下に南東から潜り込んでいる。そのプレート境界付近の岩盤がゆっくりとずれた。東西70キロメートル、南北150キロメートルくらいにわたり、南の端から北に向かって、1か月ほどかけてゆっくりずれたことが、海底地震計の記録から分かっていた。

潮汐との関係がみつかったのは、このゆっくり地震にともなって発生した「低周波微動」だ。南から始まったずれが北に移動し、もうすぐずれが止まるという北の端の領域で、微動の発生が海面水位と関係していた。水位が低いときにかぎって発生した場所もあれば、高いときに発生した場所もあった。この領域の微動が海面水位と関係する理由について、片上さんは、「いったん岩盤がずれ始めると、ずれやすさが高まり、最後のほうでは海面水位の変化というわずかな刺激に反応するようになるのではないか」と話している。

片上さんによると、プレートの潜り込みが深い部分でおきるゆっくり地震は、水位が下がったときに発生する確率が高いとされている。今回の浅い部分のずれでは、水位が低い場合も高い場合もあった。その理由は、今後の研究課題だという。

日本列島の太平洋沖、フィリピン海沖には、海のプレートが陸のプレートに潜り込む境目に、日本海溝、南海トラフ、琉球海溝などの大きな海の溝が走っている。巨大地震を起こす可能性があるこれらの溝の正体を明らかにしていく研究は、来るべき大地震や大津波の切迫感を社会に伝えるためにも大切なものだろう。

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