広島大学と東京大学は、世界最高エネルギー分解能を有する時間・角度分解光電子分光装置を用いることで、トポロジカル絶縁体における非平衡状態の持続時間が結晶内部の絶縁性とディラック点位置によって支配されていることを突き止め、結晶の表層にいるディラック電子の光に対する応答時間を飛躍的に長くすることに成功したと発表した。

この成果は広島大学大学院理学研究科 JSPS特別研究員の角田一樹氏、同大創発的物性物理研究拠点の木村昭夫教授、東京大学物性研究所極限コヒーレント光科学研究センターの辛埴教授、石田行章助教らを中心とする研究グループによるもので、10月26日、英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載された。

時間・角度分解光電子分光によって観測した、トポロジカル絶縁体(Sb1-xBix)2Te3のバンド分散(出所:ニュースリリース※PDF)

「トポロジカル絶縁体」は、物質の内部は電気を通さない絶縁体にも関わらず、表面では金属的な振る舞いを示す。この金属的なトポロジカル表面状態では、質量ゼロの電子(ディラック電子)が存在しており、さらにこれらが持つ電子スピンの向きが電子の運動方向に垂直な方向に揃っている。これにより、トポロジカル絶縁体は高移動度、不純物に散乱されにくいというこれまでにない機能性を持つ、次世代デバイスに応用されることが期待されている。しかし、結晶中に存在する欠陥などの影響によって結晶内部も金属的になってしまい、表面に存在するディラック電子の情報が覆い隠されてしまうという問題があった。

また、最近では、トポロジカル絶縁体に赤外線パルスを瞬間的に照射した際に生じるディラック電子の動的性質が注目されており、光を利用した機能デバイスへの応用が期待されている。しかし、結晶内部が金属的な場合、光パルス照射後に生じる非平衡状態の持続時間は長くても数ピコ秒程度であるため、持続時間が短すぎて応答を電気的に読み取ることができない。

この研究成果で可能となるトポロジカル絶縁体からの電気信号検出(出所:ニュースリリース※PDF)

そこで研究グループは、キャリアチューニングによって絶縁性の高いトポロジカル絶縁体を作成し、電子構造とディラック電子の動的性質の観測を試みた。トポロジカル絶縁体(Sb1-xBix)2Te3(Sb:アンチモン、Bi:ビスマス、Te:テルル)に着目し、アンチモンとビスマスの比率を制御することによって結晶内部の性質を金属から絶縁性へ変化させ、その電子構造と超高速キャリアダイナミクスをポンプ・プローブ法を利用した時間・角度分解光電子分光によって詳細に観測した。

結晶内部の絶縁性をキャリアドーピングにより制御し、各ドープ量での電子構造と超高速キャリアダイナミクスを系統的に追跡した結果、結晶内部が金属的な場合は非平衡状態が数ピコ秒以内で終了するのに対し、絶縁性が高くなると非平衡状態が約100倍長くなることを実験的に実証した。

トポロジカル絶縁体の表層は金属だが、この応答の持続時間を少なくともナノ秒域まで延ばせることが、この研究で実証された。金属であるにもかかわらずその応答時間を延ばすことができた鍵は、トポロジカル絶縁体の内部と表層の両方を上手く制御することにあることが明らかとなった。この指針に基づいて、さらに光応答の持続時間が延びることが期待される。

また、今回達成されたナノ秒域の応答であれば、既に電子デバイスでも捉えることが可能であり「金属の光応答を電気的に捉える」ことが視野に入ってくる。特に、トポロジカル絶縁体の表面金属層は磁石であるという特異な性質があるため、光、電子デバイス、トポロジカル絶縁体、磁性、を組み合わせたまったく新しい光スピンエレクトロニクス機能に繋がることも期待されるとしている。

時間・角度分解光電子分光の模式図(出所:ニュースリリース※PDF)